天使のしたいを無視した意
「死んでしまいました!!」
天使はいつもの調子で起き上がった。
呆れる程にいつも通りのカラッとした様子で。
「水姫さん!!ご無事だったのですか!?よかったです!!」
天使はその豊満な体で私を押しつぶすように抱き着いてくる。
先程まで、冷たく固かった体には、確かに温度があった。
「暑苦しいです。天使。離れなさい」
「いえ、少しだけこうさせてください」
天使は私を抱きしめる力を少しだけ強くした。まるでそちらも私の温度を確かめるように。私は仕方なくされるがままになる。
「よかったです。貴方が生きていて」
「……状況の把握が先では?」
「浦子さんがご無事そうなのは見えました。どうやら恵果さんは気絶しているだけなようですね。そして貴方が生きている。それだけで状況把握は十分です」
相変わらずのハイスペックだ。この一瞬で状況を推察するとは。
「神が助けにきてくれたのですね」
私は少し悩んでから頷く。この状況を説明するにはそれぐらいしか思いつかなかった。
「では、水姫さん、神様にお会いしたのですか!?」
天使は先ほどまで優しく抱きしめてくれていたのが嘘のように雑に揺さぶってきた。別に揺さぶってもポケットから神様がでてくるわけじゃないんだよ。ぶっ殺すぞ。
「どうでした?!私のこと何か言っていましたか!?」
いつも余裕そうにニコニコしている天使が、こんなにも必死な顔をしている。傑作だ。
まるで、恋する普通の女子高生のようだ。いや、間違いなく恋する女子高生ではあるのだが。
「……思っていた以上に冷たくてカッコ悪い奴でしたよ。貴方と対面するのが照れ臭いからって、生き返らせたらすぐに逃げてしまいました。貴方にそんな業を背負わせておいて、無責任な奴ですね」
天使はこの上なく嬉しそうに笑った。
「神様なのに、とても人間らしい、普通の感性をもった素敵な方なのですね。前よりもっともっと好きになってしまいました!」
天使はそのまま、気絶するように眠った。いや、私が眠らせたのだが。
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「全部見ていたよ」
冠堂会の玄関には宵華がいた。
動かない脚を懸命に引きずってきたのだろう。大きな着物の裾は汚れていた。
人魚が無理やり陸を移動したような痛々しさがある光景であった。
「全員生きています」
「そうか、よかった」
目元には涙の痕が見えた。白い肌だから目立ってしまう。
ショックだっただろう。信頼していた人間が殺人犯だったなんて。
自分のせいで多くの人間を殺してしまったと考えるかもしれない。
私には天使のように人を励ます術は無く。無言で宵華の頭を撫でた。
「妾、失恋した?」
恵果のことをはぐらかすかのように、ふざけた調子で宵華は言った。
その笑顔は今にも崩れてぐしゃぐしゃになってしまいそうだ。
「いいや、あと3つ歳をとってからまたアピールしてください。3年もあの女に私が捕らわれていると思えませんから」
「…好きな人にそんなこと言ったら駄目じゃよ。其方が買ってきてくれた少女漫画に書いてあった。」
「やはり、漫画なんて買い与えるべきではありませんね」
あはは、と宵華は乾いた笑いをした。その後私達は言葉が出てこなくなった。
しん、とした空間は、なんだか肌寒く感じた。同じことを考えていたのか、宵華は私に寄りかかるようにくっついてきた。
「水姫、いや、神様、其方はこれからどうするの」
「……神様という呼び方は嫌ですね。貴方ならその気持ちがわかるでしょう?」
「そうじゃな。ごめんね。」
「それに私、神なんかじゃありませんよ。せいぜい魔女がいいところでしょう」
「そうやって、また隠すんだ。水姫は意地悪じゃ。」
宵華にしては中々心にくる皮肉を言ってきた。反論の余地も無い。
私がこの少女を見殺しにしたことで、十数年間も神という立場に捕らわれていたのだからな。
「はい。私は意地悪な魔女なので、貴方に契約を迫りましょう」
「契約?」
きょとんとした顔が愛らしい。思わず私は頭を撫でた。
「貴方に脚を与える代わりに、貴方の持っている力全てを奪います」
宵華はポカンとその意味をゆっくりと咀嚼するように私の言葉を反復する。
長すぎる程の間が空いて、それから宵華の赤い目からツーっと涙が流れた。
「……妾に悪いこと何1つもないじゃん……其方やっぱり優しいね」
「どうでしょう?泡になって死んでしまうかもしれません」
「なんじゃそれ」と笑う宵華。もしかしたら人魚姫も知らないのかもしれない。
「……私は、天使を囮に使っていました」
「囮?」
なんとなく、懺悔をしていた。こんな小さな女の子に。
「はい。私は悔しい事に天使を好ましく思っています。すると、神子の力を持った人間の多くは無意識に神に贔屓されている天使に憎悪を抱きます。なので、自然と天使の周りに集まるのです。神子が。」
物分かりの良い宵華はそれだけの情報で「なるほど」と呟いた。
「天使を殺した人間を警察に突き出さなかったのは、神子を表にださないため。あと、集まった神子から力を取り返すためか」
「はい。大抵の人間は天使の異常さに慄いて避け始めるので再犯することはありません」
好いている人間をこんな風に利用する私は、神様だなんて堂々と名乗れる存在では無いだろう。天使の方がよっぽど向いている。
そう思いながらも私は、天使の愛しさと、神としての責任の間で、結局天使を利用する。
「そこで、改めて貴方に契約の提案をします」
これから言う契約だって、天使の異常性と有能さ、善良さ。そして好きな相手に尽くしたいというごくごく普通の望みを利用した、悪どい内容である。
そんなこと、宵華だってわかっているだろうに、宵華は笑って承諾した。
そういうところは、少しだけ、天使に似ている。
だからこそ、悪い神様に目を付けられないように守ってやろう。
天使のようにならず、普通に生きてほしいと思うから。
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