天使の姿態を無視したい~こうして事件はふりだしに戻る~

あまりにも早朝に起きてしまうのは、殺された天使を回収しに行くことが習慣となりかけているからだろうか。あまりにも不愉快だ。


そんな小さな不愉快を吹き飛ばすほど、不快な光景が広がっていた。


天使が首を吊って死んでいたのだ。


「何をやっているのです…?」


私の声は震えていた。今までの死に方と明らかに違う。こんな死に方は初めてだった。


同じ部屋で寝ていた浦子がゆっくりと起き上がって光景を目にする。


「~~っ天使ちゃん!?天使ちゃん!?」


顔を真っ青にして首を吊った天使に這い寄った。


「大丈夫ですよ。浦子さん。天使は死にませんから…」

「で、でも、これって…」


そうだ。こんな死に方自殺しかありえない。

しかし、あの天使が自殺なんてするわけがない。するわけがないのだ。

こんなにも世界を愛している天使が自ら世界と関わりを断つことなどありえない。神の意向を裏切るようなことをするわけがない。


「と。とりあえずおろした方がいいよ、ね?」


私と浦子で協力して天使を下にどさりとおろす。


「天使」


私は天使の死に顔を見るように髪を払う。


すると、無様な死に顔では無く、眠り姫のように美しい顔が現れた。

青かった顔に生気が宿る。


「……」


天使はゆっくりと目を開いて私と浦子の顔を交互に見てから、笑った。


「死んでしまいました!」



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「男はどうしておる?」


宵華は厳しい口調で言った。


「昨日から交代で見張っております。」

「そうか…すまぬ。天使。妾が匿っておきながらそんな目に合わせてしまうなんて」


宵華は申し訳なさそうに天使に言った。しかし、天使はその謝罪の重さと不均等なほどの軽い返事をした。


「いえ!慣れてますので」


不気味な程に天使はいつも通りだった。その様子に、冠堂会の連中は言葉を詰まらせる。

きっと全員心のどこかで疑っているのだ。天使は自殺願望があったのではないかと。表では明るく振舞っているがそのストレスを抱えているのでは。

そう疑わないと納得できないほど天使の振る舞いは普通の人間とかけ離れておいるから仕方ないとも言える。


私からすれば、知ったことないことだがな。


「男は、遠隔から攻撃ができるということでしょうか…」


恵果が不安そうにつぶやくが、すぐに宵華が否定した。


「それは無い。男の血は妾が吞んだからの。」


そういえば血を呑むことで力の受け渡しができるといっていた。つまり血を呑まれたらその能力を手放すことを意味するのだろう。


「そういえば、犯人は後天的に力が芽生えたような口ぶりでしたよね?もしや無自覚で血を呑んで無自覚で力を使っていたのでは?」


男の言い分を信じるならば、その説が一番納得できる。

しかし、普通に生活をしていて他人の血を呑むことがあるのだろうか?


「それに関しては私も聞いてみましたが、血なんて呑んだこと無いって言っていました。突如私が燃え上がってパニックになっていたところを、浦子さんに目撃されて、焦って追いかけたらまた、発火してしまった…というのが本人の言い分です」

「…そんな話信じたんです?見たところあの男は錯乱しているようでした。支離滅裂な事を言って惑わしているだけかもしれませんよ」

「いえ、実際あれ以来発火の力は発現しないようです。」


確かに、発火の力を自由に使えないと天使以前に殺された人間への説明もつかない


「でも血を呑まずに後天的に力が目覚める事例なんて聞いたことないのう」

「そもそも神子同士でないと力の受け渡しはできないはずですもんね~」


浦子の言葉にハッとする。


「誰か一度血を飲ませて神子かどうか調べたらどうですか?」


「さすが水姫さん!これであの方の話に信憑性が生まれますね!」

「ふむ、一度やってみようか」


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結局、会員の男の血を使って試してみたが、容疑者の男に変化は一切現れなかった。


事件が暗礁に乗り上げてしまったことで一気に疲労感が降ってきた私達は、一端リフレッシュするために入浴をすることになった。なぜだ。


「よかったですね!あの方の無罪が証明されて!」


全員が徒労感に襲われている中、天使だけは笑顔だった。

事件の解決から遠ざかったんだぞ。腹立つな。

やっぱあのまま首吊って黙っててもらった方がよかったか。


しかし、入浴の効果を舐めていた。緊張していた神経がやわらぐ感じがして頭がすっきりしてきた。天使のこの言動もギリ許せる。

いや、許せん。なんだそのフィクションみたいなプロポーションは。

胸がでかくて体が引き締まってて脚が綺麗で肌に傷一つないなんて。


「それにしてもこれからどうしようねぇ…事件はまだ続くのかなぁ」


浦子がため息と一緒にそんな言葉を漏らした。


「……今まで天使ちゃんを殺していた神子ってどんな動機だったとか参考にしていい?」


思わず出てしまった言葉が天使を傷つける可能性に思い至った浦子は、ハッとしてから慌てて「変なこと聞いてゴメン」と取り繕った。

いくら事件のためとはいえ”何故自分が殺意を向けられるか”を考えさせるというのは、いくら天使のような人間相手でも酷だ。

数週間の交流で感じたが島原浦子は、かなり空気と調和を気にするタイプだ。


「いえ、気にしないでください!それに、私は何故今までこんなにも殺させてしまうのだろうという疑問が、貴方達に出会えておかげでようやく解決できたのですから!」

「え…?」


天使は一瞬気まずくなった空気を浄化させるように笑顔を咲かせた。


「私が神に愛されているので、神子の皆さんは嫉妬しているのでしょう!!」


その頓珍漢な答えで、気まずくなった空気は再びいたたまれない空気になったわけだが。


「あなた方から神子と神の関係を聴いてやっと納得できたのです!神に愛されている私に神子の方々は嫉妬していると……」


私はため息をついてから、勢いで湯舟から立ち上がった天使を座らせる。


「どんだけポジティ…いや、馬鹿なんですか」

「うふふ、水姫さんももしや嫉妬しているのですか?」

「ぶっ殺すぞ」

「まぁ、口が悪いですよう!」


本当にコイツの相手をするのは疲れるな。


「あはは、天使ちゃん本当に神様に恋してるんだね。会いたいとか思わないの?」

「はい。恥ずかしがり屋でけっして姿を見せない神様ですが、私のことをいつも見守っています。その事実だけで私はいくらでもこの世界に無償の奉仕ができるのです」

「スケールでっかいね~大恋愛だ」


浦子は自然に笑ってから一息ついてから「私はとっとと神様に姿を現してほしいけどね」と切なげにつぶやいた。


「何故そう思うのです?」


神様が現れたら自分の能力を返却しなくてはならない可能性があるだろう。

これだけ便利な力を持っていたら、本来の持ち主に現れてほしくない人間がほとんどだと思っていた。

誰でも生まれつき当たり前に使えていた力を「私の物だから返せ」と求められれば理不尽に感じるだろう。


「私はさ、宵華様と遊園地に行きたいの」

「「遊園地?」」

「うん。宵華様に外の世界を見せてあげたい。遊園地に行って初めて見る物に目を煌めかせている宵華様が見たい。って夢があって、だから一刻も早く今の役目から解放されてほしい。」


意外だ。南雲恵果と違って、なんとなく今時風のイメージがあったこの少女、意外なことに宵華への愛は大きいようだ


「冠堂坂さんのことが大好きなのですね」

「うん。みんな宵華様のことを尊敬してるしかわいがってるよ。浦子なんて、就職しないで一生仕える気でいるし。」

「一生…それも、愛ですね!素敵です!!!」


愛、か。

天使が好きそうな言葉だな。私はそんな目に見えない不確実なものを信じる気にはならないが。


「宵華様の事が大好きで愛してるみんなは、私と同じ、今の立場からいち早く解放してあげたいって思ってるんじゃないかな。」


宵華のまるで罰を受けた人魚姫のような脚を思い出した。


神様があらわれたら、それも全部解決するのだろうか。

神様が一言、天使のことを「愛していない」というだけで天使は普通の人間になるのだろうか。

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