天使の姿態を無視したい~こうして天使と心中しかける~

湯上りのせいか、浮ついた恋バナのような話のせいか、火照っている体を冷やしたかった。

それから、私は集団でいるよりも一人でいる方が落ち着く質だった。


そんなこともあって、恵果にこっそり教えてもらった冠堂会の屋上に登ってみた。


「屋上、風が気持ち良いですね。水姫さん。」


それなのに、よりによって一番2人きりになりたくない女が、先客として待っていた。


「うふふ、あからさまに嫌な顔をしましたね。」

「場所を変えます」

「あ~待ってくださいよう~」


そう言って天使は私の腕をつかむ。


「一緒にお喋りしましょ」


この女は見た目によらずやたら力が強く。全く振りほどける気がしなかった。

ただでさえ疲れているのに、余計な体力を使いたくなかった私は、ため息をついて天使が肘をついているフェンスに寄りかかった。天使はうふふと嬉しそうな笑いを漏らした。


「何故私が嫌な顔してるというところまでは理解できるのにそんなに嬉しそうなんですか。ムカつきます。」

「水姫さんのようにフラットに接してくださる方は他にはいませんから」

「フラットじゃなく邪険に扱っているんですよ」


確かにこの女は人から異常に好かれるか、病的に嫌われるかのどちらかであることが多い。私のようなどうでもいいといった態度をとる奴は稀なのかもしれない。

やはり一回コイツのこと殺して嫌いだという感情を出した方がいいな。


「そういえば水姫さん」


私がいつものくだらない悪態を心の中でついている時、天使はまるでそれがなんでもないことのように。世間話をするかのように言った。



「私、犯人わかっちゃいました!」



「……………………………………………………………………………………は?」


私が呆けている間に天使はニコニコと話を続けた。


「まだ確信をもてているわけではないのですが、まぁ、おおよそ正解かと!」


「…いや、いやいやいや」


私は頭を抱えた。


「まず。何故私に最初に言うんです。宵華や警察が先でしょう。私は無力な一般人なんですから」


第一私を巻き込まないようにするとかなんとか言っていたじゃないか。

思いっきり巻き込まれてさらに一番最初に犯人を伝えられるのか?それじゃあまるで物語の登場人物ではないか。私はあくまでも天使の死体を最初に発見する同席者程度で良いのだ。


「そうでしょうか?水姫さんは聡明ですからきっと、解決の糸口をつかんでくれるかと」

「犯人がわかったら解決でしょう」

「まだ、説得の余地があるかと!それに動機だけがわからないのです。」


天使は眉をハの字にして笑った。


「……まぁいいです。犯人は誰なんです? 名探偵」

「名探偵!素敵な響きですね!それでは水姫さんはワトソンくんでしょうか!」

「貴女の使いっぱしりなんて御免ですよ。モリアーティの方が好みです」

「それでは滝つぼで心中でもします?」

「それ、私だけ死ぬやつじゃないですか」


そんな与太話はどうでも良いから犯人を教えろ。


そう口に出そうとした時。


突如、貧血で後ろに倒れるような不快な浮遊感が襲った。


私を支えていたフェンスが崩れ落ちたのだと理解する前に、私は宙に放り出される。


「水姫さん!!!!!」


天使が咄嗟に手を伸ばすが。中指が触れただけで掴むまではいかない。


ここはビル5階ぐらいの高さだろうか。このまま背面のまま落ちたら確実に死ぬ。


死を自覚した途端、落下がスローモーションに感じる。


太陽が眩しい。


そう思った時光が全て遮られる。


目の前には、私より少し早い速度で落ちる影、天使だ。


広がる長い髪が大空で羽ばたく翼のようだった。


「何をやって……!?」


天使の必死な顔を認識した瞬間


背中から爆音をあびせられたような衝撃と共に


地面に着地した


しかし、想像していたような、全身が骨折して最悪原型が留まらないような着地ではなく、トゲトゲのクッションに着地したような、不快で普通に痛いが、大したダメージの残らない衝撃だった。


数秒遅れて私の隣に天使が同じようにバフッと着地する。

私達の落ちた先は幸いにも草木がやたら生い茂っている植木だったのだ。


「なんで貴女まで落ちる必要があったのです……」


私はそれだけ呟いて、深い呼吸をした。

心臓がドキドキと大きな音を立てる。温まっていた身体が一気に冷え込んだ。手足も震えている。

今、私は犯人に狙われていた。確実に殺されるところだった。


「あははははははははは」


私が深呼吸しながら事態を把握に努めていたら、突如天使が大きな声で笑い始めた。恐怖で気が狂ったのか?私はぎょっと天使の方に顔を向ける


「やはり私は神に愛されています!!!愛されていますよ!!」


たった今、生と死の境をさまよったというのに天使はキラキラと目を輝かせて興奮気味に叫んだ。


「きっと、私は神に愛されていますから。貴女と一緒に落ちれば、私もあなたも神は助けてくださると信じていました」


あまりにもまっすぐな瞳に「はは…」と乾いた笑いが湧き出た。


「すごいな。愛の力とは。こんなに咄嗟にでるものなのか…」

「はい!水姫さんが死なないでよかった。本当によかったです」


そう言って天使は植木の上に寝っ転がったまま私の冷えた手を温めるように両手で握った。


その手の暖かさに不本意にも甘えてしまった。

この女の信奉者はこうしてこの暖かさに依存し、この女を殺したものはこの焼き尽くされそうな暖かさに恐怖するのだろうな。

どちらも私は御免だ。私はすぐに手を振り払う。


「…私も、貴女が私の巻き添えなんかで死ぬのは不本意です。このような破滅的な行為は以後控えてくださると嬉しいですね。」


私がそう言うと、天使は珍しく沈んだ顔つきをしていた。


「いえ、今のは水姫さんの巻き添えなんかでありませんよ。寧ろ私が巻き込んでしまいました。」


どういうことだ。今、完全に私のよっかかっていたフェンスのみが崩れ落ちていた。私たち以外に人はいない。事故としか考えられない。


いや、ここはどこだ。冠堂会だ。人間には使えない神の力を使える集団。そんなことができる人間ばかりではないか。


「恐らく私が貴女に犯人を伝えようとしたからでしょうね。すいません。」


恐らく天使は確信している。犯人は神子だということを。


「なので、私は水姫さんに犯人を伝えません!!!」


「え」


いきなり突き放すな。いや、当たり前か。

私に犯人を伝えたら私も犯人のターゲットに入ってしまう。


「待ってください。ということは犯人は今の会話を聴いていたということに…」

「はい。恐らく今の会話も聞いているのでしょう。なので宣言します。私は水姫さんを巻き込みません。よって水姫さんは犯人を知りえないと」


天使は勢いよく立ち上がった。真っ白な翼のように見えた白くて長い髪には葉がたくさんついていて、間抜けだった。


「まかせてください。天使富慈美がすぐに解決してみせますから!」


今すぐ、その犯人とやらをとっ捕まえれば一瞬で解決するというのに。

それでも説得を諦めないのか。馬鹿なやつだ。

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