天使の慕いを無視したい~こうして犯人に遭遇する~

恋バナから逃れたい一心で「寮に大事なものを置いてきた」と嘘をついた。


「こんな夜に女の子一人なんて危ないですよう!私も行きます!」

「馬鹿なんですか。天使がついてくる方が危ないでしょう。立場わかってますか?」

「あ、それじゃそれじゃ、私と恵果もついていくよ~!そしたら安心じゃない?」

「わ、私もですか?」

「そしたら妾ひとりぼっちじゃ」

「だって、今外に出て天使ちゃんを狙う犯人が現れたら一石二鳥じゃない?私と恵果がいれば一瞬で逃げるなり隠れるなりできるし」


そんなわけで、私の他愛のない嘘のために計3人が同行することになってしまった。身から出た錆とはこのことか。


「うふふ、こんな夜にお友達と外出するなんて寮では考えられませんね!」

「そっちの学校厳しそうだもんね~」

「はい。その分とっても安心な学校ですよ!」


あれだけ殺人されておいて、よくそんな堂々と安全を保障できるな。

一般的には生徒が殺人事件に関わっていただけで安全とはいいがたい学校なんだよ。

……まぁ、天使の殺人に関しては学校は何も悪くないし、とばっちりであるわけではあるのだが。


「なんだか2人とも気が合うみたいですね…!」


控えめな態度で恵果が私に話しかけてきた。

どこにでもいそうな地味な少女だが、この中では最も便利な瞬間移動という力を持っている。侮れない。


「そうですね。浦子さんがとられて寂しいですか?」

「いえ、そういうわけでは!むしろ貴女に宵華様を盗られていることの方が…あ!」


口を塞いでいるが、今不穏なことを口にしかけたな。


「宵華のことを大事に思っているのですね」

「…はい!このまま一生仕えていきたいと思っています!」


思いの強さに比例するようにはっきりと言い切った。


「お、今聞き捨てならない会話してたな~恵果~?」


浦子がくるりと後ろを向いて、犬を撫でるように恵果の髪をもしゃもしゃと撫でた。

「やめてください~!」と楽しそうに2人はじゃれあっていた。

やはりこの2人は特別仲がいいようだ。


「恵果のやつ、高校卒業してからも大学行かないで宵華様に仕えるつもりだから進路相談で呼び出されちゃってさぁ」

「その話はやめなさい!浦子!」

「この子ちゃんとしてるようで意外と面倒くさがりだから」

「うーらーこ!!!」


なんだかほほえましい。

しかし、その一方で気づいてしまった。


恵果の隣にいたはずの天使がいなくなっていることに。


「天使!!!?どこだ!?」


振り返っても先を見ても天使の姿は見当たらない。

しかし、天使がいたはずの浦子の近くにはべっとりと大量の血が流れていた。しかし肝心の本体が見つからない。血はまだ凝固していない近くにいるはずだ。


「み、みんな私に捕まって!!透明になるよ!!!」


3人で温めあうように身を寄せ合う。近くに犯人がいるのか?!それより今度は天使の死体すら見当たらない。一体どんな方法を……


「おい!天使!起きろ!どこにいるのですか!!」


私はキレぎみに。叫んだ。すると、それに応えるように血が坂道であるはずの道路を登りだした。

その視線の先には


「死んでしまいました!」


月明かりの下、微笑んでいる天使が立っていた。

一気に脱力した。


「み、みなさんどこですか~?」


天使はいつものセリフを高らかに言ったものの、眉を下げてきょろきょろと辺りを見回しはじめた。

そうだ。透明になってるんだった。私達は浦子から離れて透明化を解く。


「ここだよ!天使ちゃん!」

「あぁ!透明になって隠れていたのですね!」

「大丈夫ですか?天使さん…血が…」

「今の一瞬で私を殺すなんてとんでもない手練れですね……」

「なんで、殺された直後にそんな武士みたいな感想が抱けるんですか」


私はため息をついて天使に駆け寄ろうとした。


その時、天使の微笑がスンっと消えた。


普段のほわほわしている態度からはありえない瞬発力で跳ぶ。

それが跳び蹴りの体制だと理解した時には、既に私の頭上をかすって真横にいるの頭に脚が当たっていた。


「え!?何何??」

「男!?」


背後から聞こえる声からして浦子と恵果も事態を把握できていないようだ。


私は恐る恐る振り返る。


「大丈夫ですか水姫さん!??」


そこには、男を締め技で固めている天使がいた。

そういえばコイツ。体育の成績もめちゃくちゃよかったんだったな。

いやそれにしてもだ。その勇敢さと判断の速さは現代人に産まれるには惜しかったのではないだろうか。戦国時代に生きていたら教科書に名前がのっていたかもしれない。


「いや、私は大丈夫ですけど…状況を説明してくれません…?」


天使は力強く男を締めながらも笑顔で「はい!」と答えた。行動と言動と表情の何もかもが結びつかなくて怖い。


反対側にいる浦子と恵果が男の顔を覗き込む。


「あ、この男って…」

「件の神子ですか!?」

「はい!この方です!物陰に隠れていました!!!」


完全にクロではないか。まさかそっちの方から出迎えてくれるとは。


「ち、違う、俺じゃ、俺じゃない…」


男は天使に絞められながら絞りだして言った。


「え、そうなんですか!?」


そして、その言葉を聴いた天使は素直に締め技を解いた。


「「「え」」」


私達が天使の所業に驚いている合間に男は天使から距離をとった。


「いやいやいや、天使ちゃんなんで拘束解いちゃったの!?」

「犯人ではないとおしゃっていたので…」


男も含めて天使以外の全員が絶句した。天使は意に返さず男に手を出した。


「しかし、あの夜、私とお話していた方であることは確かです。お話を聞かせていただけませんか?」


しかし、男は震えながら天使の手を叩き落とす。


「ば、ば、ば化け物!!!!!!!!!!!!!」


「まぁ化け物だなんて失礼ですね!!」と天使は呑気に言いながら再び手を差しだす。また丸焦げにされる気だろうか?

それにしてもおかしい。こんなに半狂乱になっているのに炎の力を使わないなんて。


「急に、急にお前が燃えたんだ!!!俺は知らない!!!!!知らねぇよ!!!」


「炎の力は貴女のものではないと?」


「俺は、ただ、ナンパしようと思っただけで!!!!なんで、なんでこんなことに!!!!俺じゃない俺じゃない俺じゃない俺じゃない」


男は半狂乱で逃げ出した。


「あ、待ってください!」


天使がそう叫んだ瞬間。まるでそれが呪文だったかのように男は転んだ。


「落ち着いてください。大丈夫ですよ。私は生きていますから。」


天使が男に駆け寄って、無理やり手を両手で握る。

男は「ヒッ」と声にならない悲鳴を上げる。


怖いだろう。死んだと思った女が両手を握って微笑んでくるのは。

怖いだろう。罵詈雑言を浴びせても微笑んで包み込んでくるのは。

怖いだろう。こんなにも神に愛されている女は。


お前がどういうわけでその女を狙ったのかわからないが同情するよ。


「よかったです。私は神に愛されていますから。」


気づいたら、男は縄で縛られていた。


恵果が瞬間移動で縄を持ち出し、浦子が透明になって結んだのだということは後から知った。


こうして、拍子抜けする程にあっさりとこの事件の中心人物は捕獲された。


しかし


翌朝、天使は首を吊って死んでいた。



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