天使の慕いを無視したい~こうして恋バナにうつつを抜かす~

一足先にお風呂からあがると、ウキウキ顔を隠せていない宵華が待っていた。


「水姫~!隣!隣座ってくれ!!」


宵華の身体に会わない大きく高そうな着物の裾を踏まないように、気を付けながら座った。


「ねぇねぇ、水姫はなんでこんな危険な事に巻き込まれているのじゃ?天使の友達だから助けよーみたいな?」

「そんなわけないでしょう。アイツとは腐れ縁です。ルームメイトなので仕方なく面倒見ているだけです。」

「ふーん、其方優しいね」

「優しくないですよ。この件だって、私にまで危害が及んだら困るだけです。」


どちらかというと、天使のことを殺したいという感情が強いのだ。世の中に法というものが無かったらとっくに殺している。そんな事、こんなかわいらしい子に言えるわけがないが。


「そうだ、ねぇ水姫!恋バナしよ恋バナ!」


真面目な話をしていたと思ったら直角にカーブする超変化球を打ってきた。

さてはこの子、ちょっと不思議ちゃんだな。


「恋バナですか…何故…?」

「昨日水姫が買ってきてくれた本によると、女の子は恋バナが楽しいらしいのじゃ」


純情可憐だ。どこか達観していて、大人びているように感じていたが、精々中学に入ったばかりの年齢の少女なのだな。


「私と恋バナなんてしても面白くありませんよ」

「妾はね~水姫のことがだぁい好き」

「話を聞いていませんね。」


この少女は何故こんなにも私に懐いているのだろうか?

育った環境故に普通の人間という存在を物珍しく感じているのだろうか?


「恋バナですか!私も混ぜてください!」


突如、耳障りな声が宵華と私の愛おしい会話に無遠慮に混ざってきた。


「その声は、天使ですか…」


私は高そうな布のカーテンを開く。すると、そこにはあからさまにウキウキした表情の天使が立っていた。後ろには、天使の行動を諫めることができなかったのであろう南雲恵果と、ヘラヘラと笑う島原浦子もいた。勢ぞろいだ。


「良い良い、よかったら恵果と浦子も一緒に恋バナしようじゃないか女子会じゃ女子会♪」


宵華は、ニコニコと手招いた。天使は素直に私の隣に座った。


「こ、恋バナなんて…」

「いーじゃんいーじゃん宵華様が良いって言ってんだし」

「浦子、貴方は能天気すぎます」

「恵果がお固いんだよ。ほら」


浦子は渋る恵果の腕を引いて私達は円状に座ることとなった。


「水臭いですよ水姫さん。私が恋バナをしようと言った時は連れない態度だったのに」

「貴女は言わなくても一方的に惚気てくるでしょう。」

「そっか、天使は神様が好きなんじゃね」

「はい!!!!!」


宵華の言葉に、天使は耳が痛くなるほど大声で力強く返事をした。


「いや、天使ちゃんの神様愛、想像してた以上ですよ。」


ここ最近天使と共に行動していた浦子が笑う。

普通の人間なら天使にそう言った話をされた瞬間カルト宗教の勧誘が始まるのではと怯えるものかと思っていたが、さすが神子なだけあって異常な性格の人間にも寛容な態度だ。


「話、聞いてみたいのう」

「いいんですか!?」

「やめておいた方が良いですよ。宵華。この女の話は長いですから」

「クク、良い良い、聞かせてみせよ」


こうして天使は嬉しそうに語り始めた。

神様の事を話している天使は年相応で、誰かの助けをしている時と同じくらい楽しそうだった。


「「いや、おかしくない(ですか)?」」


天使の神様との惚気が、自分が死んだ話に移り始めた頃、浦子と恵果が声を揃えて言った。


「えっと、何かおかしいところがあったでしょうか…?」


天使はきょとんと首をかしげる。


「いや、法治国家で生活してたら人に殺されるとか滅多に無いから」


最もな疑問だな。最近受け入れかけていたが、普通に生活している限り、他人に殺される確率など滅多に無い


「しかも、話を聞いてる限りだとその方たちは野放しにされているのですよね?」

「はい!皆様反省して心を入れ替えてくださいますから!!」


2人の目が私に向いた。「お前が保護者だろなにしてるんだ」とでも言いたげな目だな。言っておくが私とソイツは他人で私が天使の面倒を見る義務など一切ない。なんなら殺して楽になりたいぐらいだ。


「まぁ、実際再犯をする人はいませんよ。みんな天使に怯えているので。」


私が補足説明すると、2人はニコニコと笑う天使を見て「あぁ…」と何かに納得したような呟きをした。

自分が殺した相手がニコニコ笑ってケロリと生き返って自分に関わってきたら毎日夢に見る程トラウマになるだろう。二度とこんな馬鹿な事をしないと心に決めるだろうな。


「興味深いのう、死ぬのが怖くないのか?」

「宵華様!そのようなことに興味を示さないでください!」

「まぁまぁ…」


宵華の質問に天使は少し考えるような仕草をした。意外だった。怖くないと即答すると思っていたから。


「時々、神様から愛想をつかされたのでは…と不安になる時もあります。その時はもうこの世界から求めてもらえないのでは、生き返れないのではないか…と不安になりますね」


天使にしては珍しく、眉をハの字型にして笑っていた。

こんなポジティブ人間にもそんな感情が存在していたとは。


「あくまでもその力は自分のものではなく神のものだという意識なのじゃな」

「はい。皆様の考えを否定するようで申し訳ないですが、私は神が私を愛してくださっているから、結果的に不死なのだと思っています」


天使の芯の通った意見を否定するものなどおらず、私以外全員が「おぉ…」と声を漏らしていた。


「私の恥ずかしいのろけ話はここまでで、皆さんのお話もお聞きしたいです!」

「あ、私浦子の話聞きた~い」


恵果がゆるっと手をあげて浦子を指名する。浦子はあからさまに顔を赤くして拒否する。こういう色恋沙汰の話には慣れていなそうだ。


「私にそんな浮かれた話ありませんよ!!全く…」

「まぁ恵果、将来結婚とかしないで仕事ばっかしてそうだもんね」

「余計なお世話です。恋とか考えたこともありません。」


本当に堅物な真面目ちゃんなのだな。少女漫画の購入を渋るぐらいらしいし、案外初心なのかもしれない。


「私は水姫さんの話が聞きたいです!」


天使が突然クソ迷惑な話の振り方をしてきた。


「あ、妾も妾も~」


そして宵華が無邪気にのっかることによって完全に私が話さなきゃいけない雰囲気になってしまった。どうしてくれるんだ。

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