天使の慕いを無視したい~こうして何度も殺されはじめる~

朝起きたら、ほのかに焦げ臭い香りがした。


嫌な予感がして、私は二段ベッドから降りて、下の段を覗き込んだ。

そこには全身火傷どころか真っ黒で原型をとどめていない…最早、灰がベッドにこびりついているような状態だった。


「おい!起きろ天使!!」


すると、灰はスーッと動き出し、瞬きを一回するだけの間に元の天使の姿に戻っていた。

相変わらずわけがわからない仕組みだ。

天使は焦点の合わない瞳で壁を見つめる。それから状況を把握したらしく、私の方をゆっくりと見た。


「死んでしまいました!」


天使はムカつくほどにいつもと変わらず、朝顔のような笑みを見せた。


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「遅くなってごめんね~!」


島原浦子が息を切らしながら走ってきた。

大きめのパーカーにヘッドフォンのサブカル系な私服姿に「ぽいな」なんて思ってしまう。


「浦子さん、ご無事でよかったです!」

「おかげ様で~」


ヘラヘラと笑いながら、浦子は座った。

どう考えてもご無事じゃない側が無事を確認するのは変な話だな。


「それで、昨日はどういう状況だったの?」

「昨夜は、この間殺された場所に行って…結局何の手がかりも見つけることができなくて寮に帰りました。それで気づいたら…」

「すやすやと眠っていて気づいたら殺されていたと?」

「はい…私の記憶はそこで終わっています」


私は浦子と顔を見合わせた。


「いくらなんでも燃やされたら途中で気づくのでは?」

「そうそう、アレかなり痛いっしょ」

「それが、今回は痛みすら感じなくて…神様のご慈悲でしょうか?」

「今までそんな事あったのですか?痛みは神からの性行為がどうとかなんとか言っていませんでした?」

「水姫さんったら人前でそんなことを堂々と…!」


頬を赤らめるなお前が言ったんだろぶっ殺すぞ。

このまま天使を灰にさせておけば死体処理もせずに私に疑いもかからずコイツを抹消できたかもしれないのに、私は何故起こしてしまったんだ……


「いえ、それより、知らぬ間に自室に殺人鬼が入っていたことが問題です。私は全く気付きませんでした。」

「それ程ぐっすり眠っていたのですね!」

「自室で殺人がおきているのに眠っていられるほど愚図ではありません」

「確かに、水姫さん深夜に物音ひとつ立てただけで起きてしまいますものね」

「わかっているなら深夜に活動しないでください。そもそも貴女が殺されるのは大体深夜じゃないですか。さっさと寝てくださいよ。」

「深夜、静かで好きなんです!!」


しかし、おかしい。

私が風呂からあがった時、既に天使は眠っていた。その時は確かに生きていたのだ。

天使曰く外出は全くしていないという。殺人は私と天使が眠っている間におこなわれたと考えるのが妥当だ。

しかし、この寮はかなり警備がしっかりしている、入念に計画を立てでもしない限り侵入は不可能だろう。しかし、犯人は恐らく見つからずに私と天使の部屋に侵入した。そして天使のみを燃やし殺した。


その次の瞬間


「あっ…ぁあっ…あぅっ」


天使が倒れ、体が雑巾になって絞られたかのように悶え始めた。


「天使ちゃん!?」


突如悶え始めた人間に周囲の人間の視線が集まる。

天使が何かを吐き出したそうに青い顔のまま手を口に添える。

口の中のものを吐き出す寸前、そのまま石になったかのように天使の悶える声が止まる。

数拍空いてから、顔色がケロっと元に戻り、ゆるりと身体が動き出した。

そして何事もないかのように天使は笑った。


「……今、死んでしまいまいした!」


「し、死んでしまいましたじゃないよ…本当に大丈夫?」


浦子は泣きそうな声で言う。カフェを利用する他の客からも心配の視線が刺さる。


「ありがとうございます!!ちょっとタピオカを喉に詰まらせてしまっただけですから!!」


天使の大きな言い訳を聞いて、カフェの利用者たちは各々の日常に戻っていく。

しかし、そんなものが詭弁だとわかっている私と浦子の緊張は最大限に高まっていた。

私は、天使が飲んでいたごく普通のカフェオレを花壇の蟻近くにかけてみる。

見事に蟻は悶えた後動かなくなってしまった。


「毒…ですね。しかもかなり臭いが強い」

「香りに詳しいのですか?博識ですね水姫さん!」

「ここのカフェはお気に入りなので何度も香りを嗅いでいます」


天使と私は浦子と合流するずっと前からここでお茶をしていた。その時、特に異変は無かったし、遅効性だとしても天使は何らかの異変を見せるはずだ。

もちろん浦子が毒を仕掛ける暇なんて無い。おかしい。


「やはり、神子の仕業…だよね」

「遠隔から、何かを投げ入れられる力?」

「それならあの男と話してる隙に炎を投げ入れるとかいう行為もできるもんね」

「いや、しかし、それなら寮で天使だけが燃えクズになっていたのはおかしい。」

「たしかに…」


私達3人は無言で考え込む。


「冠堂坂さんにもご相談してみましょうか!」

「そうだね。冠堂会なら資料もあるだろうし」


こうして冠堂会まで脚を運ぶことと事となった。



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「毒…か、てっきり炎を操る神子かと思っていたが…」


宵華は悔しそうに呟いた。


「そもそも、今までの連続殺人と今回の天使の殺人事件がつながっているとは限りませんがね」

「あ、確かにそうですね!私しょっちゅう殺されますし」

「それもどうかと思うけど…」


「いや、妾は犯人が同じだと思う」


宵華は天使の顔を見ながらハッキリと言い切った。


「なぜでしょう?」

「手口が同じじゃ。誰にも認識できないうちに数秒の間で殺人を行っている」


確かに、一度目の炎上も誰も何が起きたか把握できなかったほどに一瞬の出来事だったという、二度目の今朝の焼死体も私も天使も気づかないうちに遂行している。そして三度目もそうだ。誰一人毒を入れる瞬間をみていない。


「今までの連続殺人犯と正体が同じだとしたら、なんであの時、天使ちゃんだけを狙ったんだろう。普通なら私も殺すよね?」


そうだ。一番ひっかかるのはそこだ。

あの日、島原浦子も襲われていたのだ。少なくともその時点では浦子に対しての殺意があった。せっかく2人が一緒にいるならその時一緒に殺すのが自然だ。何の力も持たない女子高生の私があわあわとして戸惑うだけなのだから。


「少なくとも、今、其方が狙われているという事実は変わらぬ。ウチで匿おうか?」

「お泊り会ですか!?楽しそうです!」


渦中の真っただ中にいるというのに能天気な奴だな。

一番深刻になるべき人物がこんなことを言うものだから,周りの緊張も解けクスクスと笑いが起きる。


「良い、良い、水姫も参加しておくれ」

「いえ…私は…」


私はこれ以上、巻き込まれるわけにはいかない。

神子達で勝手に解決して私に普通の日常を送らせてほしい。できることならそのまま半永久的に天使を預かってくれたらさらに良いのだが。


「え~水姫さん泊まらないのですか?」

「水姫ぃ一緒にお喋りしようぞ~」


そんな私の思惑とは裏腹に、天使と宵華は捨てられたポメラニアンのような上目遣いで私を見ていた。

やめろ。そんな目で見るな。断りづらいだろうが。


「……わかりました」


「「いえーい!」」


普段丁寧な言葉を使う2人にしたら、やたら今時の言葉遣いで喜び合っていた。いつ仲良くなったんだ。


「皆様、お風呂が沸きましたよ~」


あまりにもタイミング良く宵華のお付きの恵果がやってきた。


「恵果!今すぐこの2人のサイズの合う召し物を持ってきてくれ」

「まぁ突然。それじゃあサイズを測らせていただきますね!」


恵果は次の瞬間にパッと消えていた。そういえば瞬間移動が使えるのだったか。

数分後にはパッと様々な道具を持って戻ってきた。


「このサイズでよろしいでしょうか」


そう言って私と天使にそれぞれ浴衣をもってくる。やはり、和風の作りなだけあって寝間着は浴衣なのだな。旅館みたいだ。


「それにしても不死とは本当にすごい力なのですね。傷1つ残らないなんて羨ましいです。お肌とかすごく綺麗ですものね」

「ね!ズルイよ天使ちゃん。女の敵だよ女の敵~」


恵果と浦子の言葉に天使はいつも通りの謙遜をした。


「うふふ、私の力ではありませんよ。神のご加護です。」


相変わらずの調子で天使は笑った。

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