天使の"したい"を無視したい~こうして私は懐かれた~

「大丈夫なのですか。あんな胡散臭い奴から安請け合いして」


その日の放課後、学校から寮までの道を並んで歩きながら、天使に尋ねた。


「大丈夫です!それに胡散臭くも安請け合いでもありませんよ」


天使は相変わらずニコニコと、なんでもないかのように返事をした。


「もちろん水姫さんをこれ以上巻き込まないように気を付けますから!いつもすいません」


一応私を巻き込まないようにはしているのだな。感心だ。いや、私が勝手に巻き込まれていると言っても過言ではないのだが。

それに、今回はどうやらもう遅いみたいだぞ。


「見つける算段はあるのですか」

「はい!恐らく犯人は浦子さんと私を探しているでしょう。なので人気の無い時間に適当に出歩いていれば見つかるのかと!」

「…精々灰になって終わりでは」

「いいえ!そこで説得するのです!人を殺すのはいけないことだと!」


コイツ、本当に成績学年トップなのか?この脳みそお花畑にあらゆる教科の成績が負けているという事実を受け入れたくない。


「うふふ、心配してくださっているのですね水姫さん。安心してください。私は神に愛されていますから。きっと捕まえて見せますよ」


…本当に腹の立つ奴だな。臆面も無くこういうことを言えるのは自己肯定感が高い故か。


「はぁ…まぁ勝手にしてください。私は知りませんからね…」

「そういえば、水姫さんはあの後宵華さんと何やら話していましたね。何を話していたのですか?」

「……他愛の無い話ですよ」

「あの状況で他愛の無い話を!?水姫さんは人と仲良くなるのが上手なのですね!さすがです!」


お前が言うと嫌味にしか聞こえないな。

私のような不愛想な女が友達を作るのが上手いわけがないだろう。怪しいとか思わないのか。


「では、私はここで。本屋に寄る用事があるので」

「はい!それではまた寮でお会いしましょうね!」


私は天使と別れた後、本屋に入り、平積みされている話題の漫画を何冊か購入した。


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「わーい!!ありがと!夏川水姫!」

「…随分今朝と印象が違いますね。冠堂坂宵華。」


私は天使とわかれた後、冠堂会へ来ていた。

しかも、裏の窓からはしごを使って登って入るという明らかに違法な入り方で。

この館の主である冠堂坂宵華は、無邪気な笑顔で私から袋を受け取る


「妾、来客の前では神様やってないといけないからね~神様も大変なのじゃ。いやー助かったぞ、こんなお願いを聴いてくれてありがとう!」


流行りの漫画を買ってきて欲しいだなんて、本当に他愛の無いお願いだ。天使にわざわざ教えるまでもない。


「その漫画でよかったですか」

「うん!恵果のやつ、漫画なんて世俗的なもの見るべきではありませんとか言ってさ~ケチじゃケチ!」


想像以上に幼くフランクな話し方をする少女だ。

いや、今朝の言動からは確かな聡明さと達観的な考え方は感じられた。年相応な面もあるという言い方をした方が正しいのだろうか。


「置き場所はどうするのです?」

「こうするのじゃ」


そう言うと宵華は胸の前で手で楕円を描く。すると、その空間だけが画像を加工したように歪んだ。

そこに私が買ってきた漫画を放り込む。するとブラックホールのように吸い込まれていった。


「便利ですね」

「うむ、これは神の特権じゃな」

「これは好奇心からの質問なので答えなくて良いのですが、他にどんな能力を持っているのです?」

「う~ん、水を操る力と、傷を治す力、天気を変える力、人を眠らせる力、声を変える力、物を凍らせる力、髪の毛を操る力、唾液を毒に変える力、念写、それから…」


意外にも宵華は力を隠す素振りを見せずスラスラと答えてくれた。


「尋ねた私が言うのも変ですが、いいのですか?そんな簡単に教えちゃって」

「漫画を買ってきてくれたお礼じゃ」


宵華の笑みは、その幼い年齢に反してどこか大人びていた。なんというか、男を惑わす大人の女性のような笑みだ。


「なぜ天使ではなく私に頼んだのです?」

「其方と話してみたかったからじゃ」


宵華はかわいらしく小首をかしげて言った。その愛らしさに思わず私は言葉に詰まってしまう。


「かわいげがある神様ですね。天使とは大違いです」

「ククク…妾よりよっぽどあやつの方が神様に向いていそうじゃ」

「そうですか?世界が滅茶苦茶になりそうです。」

「いいや、あぁいう非人間的な奴の方が神様に向いているのじゃ」


それは長い時を”神様”として過ごした者の複雑な感情のこもった言葉だった。


「……この団体には貴女のような幼い少女が神様をやるしきたりでもあるのですか?だとしたら児童虐待で訴えてやりたいところですが」

「やめておくれ、ここにいる多くの人間が衆目に晒されてしまうだろう」


笑いながら宵華は言うが"この役目を受け入れるしかない"という諦めのようなものを

感じた。


「本来は前任者が死んだら交代するものなのだが、母は妾を産んだ後、逃げてしまってな。前任者の祖父も病気でさっさと臨終してしまったからの。残った妾が神様なのじゃ」


なかなか酷い家庭環境で育っているらしい。さらに脚は動かず、これから一生ここで暮らさなくてはいけない。いわば神子の人間たちに利用されているようなものではないか。


「そんな顔をしないでおくれ、水姫。この生活も楽しいんじゃよ。会員から外の世界の話を聴けるし、結構みんな妾を憐れんでくれてるから甘やかしてくれるし頼めば何でも買ってきてくれる、便利な能力も使えるし、テレビも見放題、何より働かなくてよいしな」


確かにそうかもしれない。しかし、漫画一冊も自由に買うことができない、外に行くことも、好きな場所に行くことも許されない。そんなの囚人と同じじゃないか。


「…本物の神様を見つけたら、貴方はその役目から開放されるのですか?」


気づいたらそんな言葉が出ていた。私はこの少女を憐れんでいるのか、それは失礼なことではないのか。それでも口から出てしまったのだ。


恐らく、そう簡単な問題ではない。

ここにいる神子達は能力を手放していない者も多くいるだろる。

そういった奴らは本物の神が現れたからと言って能力を返還するだろうか。宵華という幼く都合の良い神を置き、神を守るためという大義名分の下に能力を持ち続けた方がよっぽど楽なのではないだろうか。


「ありがとう。水姫。その気持ちだけで結構嬉しい」


宵華は困ったように笑った。その時、背後からもう一人の気配を感じた。


「夏川…さん?」

「あ、お邪魔しています…」


背後には宵華のお付き、南雲恵果が立っていた。宵華の話を聞いている限り、厳しそうなイメージだ。何か怒られたりしてしまうのだろうか。


「恵果、妾が水姫を呼んだのじゃ」

「そうだったのですね。どんな用ですか?」

「神についてまだ聞きたいことがあるようだったのでな」


宵華はスラスラと嘘を述べて私をかばった。恵果もその言葉に納得をしてくれたようだ。キビキビと動き事務的な話し方をするその姿はまさに秘書と言った感じだ。


「そういえば、島原浦子さんは大丈夫ですか?」


あの腕に火傷を負った天使に救われた少女に話題を逸らす。


「あぁ、それなら妾の力で直したぞ。今日は学校に行っておる。」


そういえば傷を治す力を持っていると言っていたな。島原が大けがをしても割と余裕そうな態度だったのはこれが理由か。


「では、私は用が済んだので帰りますね」


私は正座を崩し、立ち上がると、スカートの裾が白い手によって握られていた。

まるで行かないでほしいというように。

そのいじらしい姿は加護欲を掻き立てる。


「また、来てくれ。大した用事が無くてもよい。妾は其方と他愛の無い話がしたいのじゃ」


そんなこと言われたらまた来てしまいたくなるではないか。

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