天使の”したい”を無視したい~こうして天使は人を助ける~

赤い瞳、終わりが見えない長い黒い髪の毛、異様に白い肌、

冠堂坂宵華は人間離れをした美しい容姿をしていた。


その美貌に見惚れている間に噛みつかれて魂を吸収されてしまうな、そんな種類の妖怪のようだった。


そして、勘違いだろうか。いや、そう思いたい。

そう思ってしまうほどに迫力のある冠堂坂宵華の目はなぜか天使ではなく

本当に魂が吸い込まれてしまいそうな感覚に思わず目を逸らす。すると、すぐに冠堂坂宵華は天使に向き直って話の続きを始めた。


「其方に聴きたいことは山ほどあるが、まずはここの説明からするとしようかのう」

「いえ、宵華様。それは私が…」


宵華の前に立ちはだかるように、瞬間移動の力を持ったお付きの少女、南雲恵果が出てきた。


「端的に言うと、私達は特殊な力を持っている人間から力を回収する団体です。」

「力を…回収?力を受け渡しができるということですか?!」

「はい。神子同士なら、血を呑むことで、力の受け渡しが可能なのです。それを利用して、望まぬ力を手に入れた神子から、宵華様は力を請け負っているのです」


そんな活動をしている団体があったのか。しかもこんな近くに。

全く知らなかった。

何だか私は今まですごく遠回りをしていたような感じがして、少しショックだった。


「貴女も特殊な力をお持ちなら考えたことはありませんか?この力は遺伝なのか、どこから来たものなのか。私達はこう考えています。全て一人の人間から分け与えられたものだと」


南雲恵果は教科書を読むように淡々と続ける。


「私達はその人物を神と仮定しています。」

「ではその神が宵華さんだと…?」


「いいや。違う」


天使の言葉を宵華自ら否定をした。


「妾は確かに現在、多くの力を請け負っている。しかし、妾は人の父と人の母から生まれた紛れもない人間じゃ。本物の神が現れた時、妾の血を返還することで、神に力を返し、この世界を正常に戻すのが目的の。」


「なるほど!!つまり本物の神は透視も瞬間移動もなんでもできるハイスペックな方というわけですね!」


そっちかよ。やっぱり常人とはどこか感覚がズレているなこの女は。


幸い、宵華は特に気分を害していないらしく、クックックと笑う。寧ろ天使の言動を楽しんでいるようにも見えた。


「天使富慈美と言ったな。其方は如何なる力を持っている?」

「そうですね…私は神に愛されている…という力でしょうか…」


頓珍漢な返答に場に沈黙が訪れた。


「すみません。コイツちょっとおかしいんです。」

「まぁ!おかしいだなんてひどいですよう!水姫さん!」


やはり私がついてきて正解だったかもしれない。この頭のおかしい言動をする女によって、1つの団体を混乱に陥れるところだった。


「コイツはどんなに傷ついても死なない力を持っています。鈍器で殴っても水に沈めても丸焦げにしても必ず生き返る力です」

「それは私の力ではなく神が愛してくださっている証のようなもので…」

「黙れ」


私達のイマイチ緊張感に欠ける会話(ほとんど天使のせいだが)とは裏腹にこの場は大きくざわついた。


「不死…?自己回復の力ですか?」

「いいえ。一度死なないと発動しない力です。」

「そんな力あり得るのですか?!」

「本当本当、私が保証する。今日そのおかげで犯人は逃げてくれて一時的に助かったわけだし」


島原浦子が補足をしてくれた。どうやら恵果とは仲が良いのか、フランクな口調だ。


「実践してみせてあげたらどうです?」

「自殺しろということでしょうか?!ダメですダメです!神がせっかく私に与えてくれた命を無駄にするような不誠実なことできません!!」


大きな胸を無駄に揺らしながら天使は一生懸命主張した。


「…不死の力なんて、言い換えればどんなに苦しくても死ねない力ではないか、常人が耐えられる力では無い…」


冠堂坂宵華が言う事は最もだ。

普通の人間ならともかく、無自覚で人の負の感情を増大させてしまう公害じみたこの女、天使富慈美は、1か月に1回は人から殺されているのだ。このポジティブさがなければ精神がおかしくなっていたに違いない。なんなら神を憎んだっておかしくないはずなのだ。


「……妾が預かろうか?」

「結構です!」


天使は食い気味かつ笑顔で、きっぱりと断った。

そのあまりにも迷わぬ態度に全員が目を丸くする。


天使は不死だが不老ではないわけだ。そして、普通に生活していて不死の力なんて使うことはない。

そもそも箱入りの全寮制女子高育ちの箱入り娘が命の危機にさらされること自体本来なら無いはずなのだ。

「力を保持したい」という迷いのない答えに一同が驚くのも無理もないだろう。


「それに、そもそも私は神子とやらではありませんよ!ただ、神に愛されただけの人間です!」

「は…?」


そして、天使はたった今説明を受けた神子では無くあくまでもということに絶対的な自信を持っているようだった。


「おもしろい。何故そう思うか聞かせてみよ」


「私は、才にも友にも家族にもお金にも何もかも恵まれています。神に愛された子と昔からよく言われていました!それならこの才にもこの力にも全てに説明がつきますから!私は信じています。私は神に愛されているとそれから…」

「…コイツの話は長くなります。まともに聞くだけ無駄ですよ」


いたたまれず私は口を挟んだ。


「そうかえ?おもしろいから妾はもっと聞いていてもよいのだが」

「話が通じない相手だと思って諦めてください」

「水姫さんまでひどいです!」


ぷんすか!とあんまり怒りなれてなさそうな顔で私に訴えかける。


「まぁ、つまり彼女は彼女で不死の力を気に入っているようなので取り上げないで頂きたいです」

「水姫さん…!」


う、視線が鬱陶しい。

お前はその力を持っていなくても誰かのコンプレックスを刺激したり恨みを買いやすい性格なのだ。きっと数日で殺されておしまいだろう。

知り合いが死ぬなんて目覚めが悪い。その力を持ってくれている状態の方がまだマシだ。


「ふふふ、別に其方が渡したくないなら良いのじゃよ。いらなくなったらで良い。」


私よりはるかに若年であろう少女なのに、老成した態度と話し方で思わず頼りたくなってしまう不思議な雰囲気の少女だ。


「それより妾、炎の連続殺人犯の話をしたい」


……なんか急に間の抜けた口調になったな。気のせいか…?

いや、それより炎の連続殺人犯とは、天使と島原浦子を襲った人間のことだろうか。既に情報を掴んでいたのか。


「一か月前からこの地域付近で身元がわからないほど焦げた焼死体が見られるようになってな。周りが燃えた様子は無く人間だけが燃えている、妙な事例なのじゃ」

「恐らく人を燃やすことのできる神子だと我々は睨んでいます。」

「あんま、神子の事とか表にでちゃったらヤバイしね~私達で秘密裏に犯人見つけて血だけ抜き取って警察に突き出して解決しちゃおうってわけ、ロクなことになんないから」

「はい。なによりこの特殊能力をそのようなことに使うなど神に対する侮辱です。一刻も早く捕まえなければ。」

宵華とお付きの南雲恵果、島原浦子は口々に強い決意を表明する。


「では、島原さんはもしかしてその炎の連続殺人犯さんを追っている最中だったのでしょうか?」

「うん。どこかで火柱が一瞬たったのが見えたから、透明になって追ったら、足音でバレちゃったみたいで…手あたり次第燃やすもんだから、ちょっと当たっちゃって…」


やはり一瞬で人間を火だるまにすることができるだけあってなかなか強力な力らしい。果たして天使などに捕まえることができるのだろうか。それよりもっと適任がいるだろう。


「……貴女がやればいいのでは?全ての力を持っているのでしょう」


私は冠堂坂宵華をまっすぐと見据えて言ってみた。

「ちょっと、貴方無礼ですよ!」と恵果が立ち上がりかけるが、宵華がまぁまぁとなだめてた。


「妾が動けたら良かったのだがな。妾の家は代々力を悪用しないようこの場から動けぬようにされているのじゃ。第一妾の血を吸われたら一環の終わりじゃからな。」


そう言って、長い着物から、白く艶めかしい脚を見せた。

脚の下部には×マークのような傷がついていてその位置より下の部位が動かないことを示していた。


「…失礼しました。」

「良い。それより、妾は其方らから良い返事が来る方がよっぽど嬉しい。是非協力してくれ」

「もちろん!お手伝いさせていただきます!!」


勢いあまって、天使が立ち上がった。


「この天使富慈美があっというまに捕まえて差し上げますよ。なんなら更生してお友達になるところまでやってみせますから!」


いつでもこの女は迷いがない。きっとその姿で周りの人間に安心を与えているのだろう。そういうところはほんの少しだけ尊敬する。


だから私は無視できない。

アイツを信頼している周りの人間を失望させないためにも、天使の”したい”を無視できないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る