天使の"したい"を無視したい~こうして、私は招かれた~

まるで観光地の神社のような雰囲気の屋敷だった。

早朝であるため、周りに人気は無い。


「なんだかワクワクしますね水姫さん」


天使は小声で私に話しかける。庶民丸出しで恥ずかしい奴だ。無視しておこう。

古いが立派な門をくぐり、私達は島原に言われるがままに進む。


「島原さん」

「なぁに?」


天使はニコニコとしながら言った。


「標識に"冠堂教"と書いてありましたが、もしやここは宗教団体なのでしょうか…?」


そのことを早く言え!!!!!!これ、宗教の勧誘じゃないのか?!

ぽてんと呑気に首をかしげている場合じゃないだろ!


「宗教勧誘だったら、申し訳ないのですが私は私の神というものがいるので…」

「いや!勧誘とかじゃないって!それに2人が多分思ってるようなカルトな感じじゃ無いよ!!!」


そう言いながら、本丸らしい建物の引き戸を勢いよく開けた。


「どうぞ入って!」


島原はなんてことの無いように私達に敷居を跨がせようとする。

しかし、そこはとても一般的な建物の玄関とは言い難く、紫色の歪で不思議な文様が書かれた幕、謎の木造、特徴的なお香の香りと怪しさを引き立てるアイテムばかりが目に入る。


「天使、今すぐ帰りましょう」

「何を言うんですか水姫さん!島原さんは困っているから私達をここに招いたのでしょう!」


でた。聖人様モード。

コイツは神様に好かれるという名目で困っている人間を見過ごさない。

頼られたら絶対にやり通すという現代の女子高生らしからぬ出家した人間のような精神は、ごくごく普通の女子高生には不気味に映るのだが。


私がまごついていると、普通のサラリーマンのような人間が奥から現れた。そのあまりのミスマッチ感に警戒心が跳ね上がる。

もしやコイツが、教祖だろうかと疑ったが、「おはよ!早いね!」と気軽に話す島原を見るとそうではないらしい。

「おはようございます!」と元気に挨拶する天使を見て私もやんわりとサラリーマン風の男に会釈をした。


「今の方は…?」

「教団員の一人です」


やはり、何かしらの団体らしい。もうかなり帰りたいゲージがマックスだ。


「大丈夫ですよ。水姫さん!きっと島原さんは良い方ですから!それに、もしかしたら島原さんの言う神が私を愛してくださっている神の可能性だってありますし!」


そんな私の心中を察してか、天使は小声で囁いた。自分の都合ばっかりで最早笑えて来る。

まさかこんな胡散臭いところに本当の神がいるわけないだろう。

第一、私は天邪鬼だ。いつだってこの気に食わない天使がしたいこと、されたいことを無視してやりたいという気持ちがある。

…と思っていたが、こっちの女。島原浦子は透明になる力を持っている。

このような力を持つものが神と称えているということは、さらに巨大な力を持っているというわけだ。勝手に神を名乗っている奴がどんな奴かは見ておきたい。


私は覚悟を決めて敷居をまたいだ。


建物内は古風でまさに旧家の家といった感じだった。そこにところどころ謎の文様やら怪しい木彫りの道具などが置いてあり、不安感を掻き立てる。


「浦子ちゃん!?その腕どうしたの!?ひどい火傷!」


正面から素朴な少女が現れた。天使たちと同年代ぐらいだろうか。


「私は大丈夫、それより、宵華様にこの人達を合わせたくて」


素朴な少女は私達の存在に気づき慌てて頭を下げた。


「神子の方…ということ?」

「うん。私を助けてくれたの」


それを聴くと、少女は再び「ありがとうございます」とお辞儀をした。怪しい団体だが礼儀作法はきっちりしているらしい。


「宵華様なら今ちょうど、面会できますよ。お話を通してきますね」


そう言って、にこりと笑ってから、少女は魔法のように一瞬で目の前から消えた。


「まぁ、あの方も透明人間ですか?」

「ううん。あの子の力は瞬間移動。半径10メートル以内ならどこでも瞬間移動できるんだって」

「とても便利な力ですね!」

「そうそう。だからあの子、南雲恵果なぐも けいかちゃんは我が神からも信頼されててお付きの人みたいなことやってんの」


私達は神のお付きの少女が一瞬で省略した廊下を数分間歩き、大仰な扉の前にたどり着いた。

そこには先ほどのお付きの少女が立っていて、私達が到着するなり大きな扉を開いた。


部屋は薄暗く、寺の本堂の内部にも似た和室になっていた。

その中心には世界から宝物を隠すみたいに様々な怪しい柄の布で囲まれているスペースがあった。

神とかいう人物はきっとあそこにいるのだろう。


私達は島原に勧められるままその前に正座をした。


「我が神、冠堂坂宵華かんどうざか よいか様。神子の者とそれを知る者を一人ずつ連れてまいりました。」


先程まで、初対面の恩人に対しても軽い口調だった島原が、驚くほどに固い口調で話し始めた。


布と布の隙間から赤い瞳がちらちと見えた。そしてその目と目が合った瞬間、体が石になったように錯覚を覚えるほどの貫禄があった。


「恵果から話は聞いている。浦子を助けてくれたのじゃな。心から感謝しよう」


予想外にもその声は未成熟な女性の声だった。天使の声を少し幼くしたような優しい透き通った声だった。


「して、神子はどっちじゃ」

「神子…?」


再び出てきた聞き慣れない単語に、天使は助けを求めるように島原を見つめた。


「私や天使さんのような人智を超えた力を持つもののことだよ」


島原は神がいるのであろう場所を見つめたまま、補足の説明をする。


「それでは、神子、と呼ばれるのは私でしょうか?はじめまして冠堂坂さん!天使富慈美です!」

「お、お前そんなクラスメイトみたいなノリで…!」


一応、ここでは神として扱われている人物だぞ?下手したら殺されかねない。いやコイツは死なないから関係無いのかもしれないが…


「良い。そちらの短髪の方は?」


ギロリと赤い瞳が私に向いた。

声はどちらかというと透明感がある清廉な声なのになぜだか凄みがある不思議な雰囲気だ。


「はい!私のお友達です!」

「違います。夏川水姫です。この女と違って通りすがりの一般人です。邪魔なら帰ります。」


本当に私の存在はついでらしい。帰っていいだろうか。


「……いや、話だけでも聞いていくと良い。」


ゆっくりと簾が上がった。


「初めまして、妾は冠堂坂宵華かんどうざか よいか。冠堂会の長じゃ。」


そこには、貫禄のある雰囲気と老成した言葉遣いからは想像しがたい、可憐な少女が座っていた。


「突然じゃが、其方達に頼みたい事がある。妾達に協力して、馬鹿な神子をこらしめぬか?」


冠堂坂宵華は、かわいらしい少女の外見、貫禄のある雰囲気、神聖な立場、全てを逆行するような、小悪魔チックな笑みを浮かべていた。

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