天使の"したい"を無視したい ~こうして事件に巻き込まれた~

——天使がまる焼けで死んでいた。


その夜、確か天使は化粧水が切れたとかなんとかでコンビニへ出かけたのだ。


この寮は一応門限が存在しているのだが、人望故か、天使は寮母に一言告げただけで了承を貰えたらしい。

寝間着を着て、布団に入り電気を消すところまでこなしたところで、私はさすがに違和感を感じた。

これ以上遅くなられて睡眠を邪魔されるのは我慢ならない。

睡眠を邪魔される不快さと天使を心配しているという事実を認める不快さを天秤にかけ続け1時間。

私は起き上がり、電気をつけ、適当な服に着替えて寮母に見つからないよう忍び足でスマートに寮を抜け出した。


その道中、天使の丸焼きを見つけた。


こんな深夜に一人で外出だなんて、通り魔にでもあって死んでそうだな。なんて考えていた。まさか的中するとはな。


焦げた臭いと香ばしい香りを同時に感じながら、原型の無くなった天使を見ると、

どんなに綺麗な人間でも、丸焼きになれば、豚と見分けがつかないのだな。


そんな事を考えていると、骨に肉付けがされるように天使はみるみると原型を戻し、一瞬のうちに綺麗な少女の姿に戻っていた。


「おはようございます。水姫さん。また見つけてくださったんですね!」


「……偶然です。それにまだ真夜中ですよ。その挨拶は早いでしょう。」


あまりにも馬鹿みたいなことを言うものだから、反射的に殴り殺しそうになってしまった。気を付けてほしい。


「……まる焼けでしたけど。何があったんです?オーブンで日向ぼっこでもしてたんです?」

「人に、道案内をしていたのです!男の人でした」


またこの女は人助けをしてこんな事に巻き込まれたのか。懲りない奴だ。


「一瞬のことでした。急にぶわっと熱くなったかと思ったらそのまま意識が無くなって……」

「一瞬?焼死が一瞬だなんてあり得ますか?」

「あり得ません!どうやら今度も神の力を持つ方に殺されてしまったようです!」


まるで他人事のように言うんだな。

そして、まさに他人事である私が既に巻き込まれかけてしまっている。本当にムカつく女だ。


「あ、というか、まだ夜が明けてないのなら、犯人の方、まだここら辺にいるかもしれません。私が殺され時、まだ月はあの場所でしたから」

「それを早く言ってください。殺人犯ならまたこの場所に戻ってくるか見張っている可能性があるでしょう!」


私は慌てて天使の手を引いて寮に戻ろうとする。

その時

一瞬、背後から深夜とは思えない程の光が差した。

車のライトではない。私達は恐る恐る後ろを向くが、まるで幽霊だったかのように辺りは痕跡一つ無い。しかし、同時に天使が振り向いたということは私の幻覚などではないということだ。


「焦げ臭い…あちらからですね!」

「は?!オイ待て!」


天使は私の手を振り払って突如光が差した方へ走り出した。数分前に為すすべなく殺されたというのに、よくその相手に再び会おうだなんて考えが浮かぶな。


ここで見殺しにしたら、私は厄介ごとには巻き込まれずに済むだろう。しかし、


足が速い天使は、私を数メートル引き離したかと思えば、ガードレールをかっこよく飛び越え、スタイリッシュに斜面を下りて行った。まるで事件が起きている場所がわかるかのように迷いなく進んでいく。


斜面を下りた先は公園だったはずだ。私は少し迷ってから、きちんと整備された道を遠回りして追いついた。


そこには、誰かを介抱している天使の姿があった。


周りを警戒しながら見回しても犯人らしき男はいない。単なる勘違いか?

とりあえず私は天使に近づく。

すると天使が介抱している人物がたどたどしく口を開いた。


「あ、りがとうございます…た、助かりました」


私が追いつくたった一瞬の間に、お礼を言われるほどの人助けをしていたらしい。


「…天使、どういう状況ですか?」

「水姫さん!どうやら、この方も例の殺人鬼に襲われかけていたようで…」


襲われかけていた?

仮に一瞬で人間を燃やせることができる能力者の殺人鬼だったとして、そんな奴から逃げることが可能なのか?


私は天使の腕の中にいる少女に目を向ける。右腕が痛々しい程真っ赤に腫れあがって肉がそのまま出ているような状態だ。そのまま下半身に目を向ける。

3度見してしまった。

てっきり逃げて泥だらけになった脚か、腕と同じように火傷をした脚があると思っていたのだ。しかし、そこにはホログラムのように透き通った脚があった。左脚に関しては、そもそも視認することができなかった。


「これは…?」


私が衝撃を受けているのを感じとった天使は言った。


「そうなのです、この人、幽霊さんかもしれません!!はじめてです、幽霊に会うのは!」

「ちがうよ!!!!!」


私が天使をぶん殴るより先にご本人から訂正があった。なんて元気な幽霊だ。


「痛っ」


叫んで傷に響いたのか少女が呻く。慌てて天使が、馬鹿力で水道まで運び、患部を水で冷やし始めた。


「ありがと、本当に助かったよ…」


少女は力なく笑った。


「救急車か警察呼びますか?」


私はスマホで、ボタン1つ押せば通報ができる状態にして尋ねる。すると「け、警察はちょっと待って!」と食い気味に言われた。


「……では貴方はやはり、世間には知られたくないタイプの人物ということですね。」


私がそう言うと、少女は痛い所をつかれたと笑った。

自分が炎を出す人間に襲われるという非日常に対してやけに余裕があると思った。


「私、島原浦子しまばら うらこ。透明人間なの。」


「「透明人間?」」


天使と言葉が重なったことに小さなイラつきを覚えている隙に、島原の姿は消えていた。なるほど、そういう特殊能力なのか。


「うわぁ!すごいです!!便利そうな力ですね!」

「……驚かないの?」


天使はその問に満面の笑みで返した。


「驚いていますよ。大変素敵な才能をお持ちなのですね!」


この女とは会話するだけ疲れるし、会話をすればするほど天使ワールドに飲み込まれて頭がおかしくなるぞ。その女は常人からバスケボール一個分ずつ感覚がずれているんだ。

しかし、島原は腕を冷やしながらフハッと若者らしく笑った。


「この力を才能なんて言う人、はじめて会ったよ…もしかして、こういう特殊能力持つ人にあったことある?」


あぁ。ソイツは何度も殺されてるよ。そういう変な力を持つ人間たちに。


「っていうか、なんでさっきの殺人鬼、アンタの姿見たら逃げてったの?知り合い?」

「はい。先ほど殺されあった仲です!死んだと思った私が再び現れたので、それこそ幽霊を見たと思って逃げ出してしまったのではないのかと思います!」


天使の言葉に島原はハテナマークを浮かべまくる。


「天使は面倒くさいので黙っていてください。この女も貴方と同じ、特殊な力が備わっているのです。死なないという特殊な力を」

「死なない、力…!?」


驚く島原だが、天使は慌てて訂正をいれた


「違うんです!私が備えている力ではないんですよ…!全ては神のお力で神が私を愛してくださっているがためです。”死なない”というのは結果的に起きた現象であり…」

「頼むから黙ってくれません?」


私達の会話は結構な衝撃のワードが多かっただろうに、島原は急に深刻かつ考えるような表情をしだした。


「……今から、ちょっとついてきてほしいところあんだけど、いい?」


天使は答えを求めるように私の顔を見る。


「どういうことですか」

「アンタも私も殺人鬼に顔を見られてる。助けてくれたお礼に匿わせてよ」

「わぁ!竜宮城のようなお誘いですね!」


天使は呑気に言うが、明らかにそんなのその場で作った勝手の良い口実だろう。


「…そこの女はそこが竜宮城であっても獄門島であってもホイホイついていきますよ。本当の思惑を正直に教えてくれますか?」


島原は「やりにくいなぁ」とでも言いたそうな嫌な顔と人の良い笑顔を複雑に混ぜた表情を私に向けてから言った。


「私の"神"に会ってみてほしいんだけど」


島原浦子。ショートカットの茶髪の童顔の女性。


数秒前まで被害者であった彼女が、一転、随分と胡散臭くなった。

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