天使の死体を無視したい②~こうして少女は天使に怯える~
「おはようございます!」
教室で各々の時間を過ごしていた学生達の意識が一斉に向いた。
様々なタイミングで快い挨拶が交歓される。
そんな光景の中で、ただ一人青い顔をしている生徒がいた。
殺した筈の人間が傷1つ見せずケロリとした顔で登校しているのだ。当然だろう。
あの女の為になる行為をするのは腹が立つが、まぁいいだろう。得たいの知れない力をもった殺人犯と学校生活なんて死んでもごめんだ。
「おや、どうしました。小野寺さん。顔が青いですね。保健室にでも行きますか?」
天使を殺した張本人に、私は小声で囁いた。
「そ、そうでしょうか…?」
この殺人事件の犯人、小野寺早苗は震える声で返事をした。あからさますぎる。
こんな小動物のような女に人を殺す度胸があるとはとても思えないな。
私は仮面のように笑顔を貼り付け、怖がらせないように小野寺に「具合が悪いようでしたら、保健室に行きますか」と外に出るように促した。
恐らくこの場から一刻も離れたいであろう小野寺は過剰に頷いて、逃げ出すように教室の外に出た。
「小野寺…早苗さん。ですよね」
この少女の名前なんてとっくに知っているが、自己紹介がてら疑問形で話しかけてみた。
青い顔のまま俯いて歩いていた小野寺は慌てて自然体に見せようと「う、うん!」と元気な返事をした。
「えっと、夏川、さんだよね…?優しいんだね、私なんかに…」
「何故そんなに卑下するのです?」
「あ、いや、私、クラスで浮いてたから」
「そうですか?天使と最近よく一緒にいたじゃないですか」
小野寺の肩が大袈裟に震えた。ここで罪を問い詰めることは簡単だ。しかし、それだけでは意味がない。私はこの少女に対して確かめたいことがある。
私は用意してきた小箱を取り出した。
「お菓子です」
小野寺は突然の私の行動にポカンとする。
「よかったら食べますか?」
俯いていた小野寺は、私が差し出した小箱に目を向ける。
「ひっ!?!?」
少女は小箱を目にした途端悲鳴を上げて私から思い切り距離を取った。私は逃げないように腕をつかむ。
「どうしました?まるでこの可愛らしいラッピングの中に、ナイフが入っているかのような反応ですね」
ただでさえ青かった顔がさらに色を無くし、過呼吸のように大きな呼吸をしている。私は小野寺をダンスのリードをするように後ろの空き教室に引っ張り入れた。
「天使の身体には傷が1つしかありませんでした」
私は小野寺の片腕を捕まえたまま、腰を支えてやる。まるで本当にダンスを踊っているようだな。
「貴女が犯人だという事実は天使から聞いていました。しかし、不可解だったのです。小柄な女子高生がこんなに的確に急所のみを狙って犯行ができるのかと。最低限の傷だけで確実に殺すことができるのかと。それが最大の謎でした。」
「ひっ」
「貴女は、持っているのでしょう。神のような力を、普通の人間には持ちえない特殊能力を。」
小野寺は目に涙を浮かべる。考えていなかったのだろうか。自分以外に特殊な能力を持っている人物がいる可能性を。
まぁ少なくとも、たまたま自分が殺した相手が死なない少女だなんて思いもしないだろうな。
「そうですね。やはり全てを透視する夢のような能力でしょうか。胸骨の間から心臓を抉れるような、ね」
私はトンっと彼女の心臓の部分に指を置いた。小野寺はわなわなと唇を動かす。
「な、なんのこと…、そんな魔法みたいなことあるわけないよ…」
一生懸命言葉を紡ぐ。私が彼女の能力の存在を知りえている以上、そんな言葉は何も意味を為さない。
「今朝、貴方が皆さんに渡しているノートを見させていただきました。素敵なノートですね。次回のテストの答案が書いてあるなんて」
その言葉に小野寺は言い逃れができないことを察したらしく、黙り込んだ。
「人の心が読める力…という線も考えましたが、それにしては私を警戒する様子がありません。天使が、貴方とはよく職員室で会うと言っていましたから、そこから壁の向こうを除いてテストの答案を除いていたのではないでしょうか」
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
うわごとのように謝り始めた。
「別に私はその事について責めたいわけではないのです。ただ、知りたいのです。何故天使を殺したのかを。」
「あ、貴方何者なの…?!」
小野寺はハクハクと過呼吸のような苦しそうな声で叫んだ。
私は考える。
天使の友達などでは断じてない。たまたま巻き込まれやすい立場に毎回いるだけだ。ルームメイト。そう。ただのルームメイト。いや、もっと適切な表現があるな。
「…貴女と同じです。貴方と同じ、いつかあの天使を殺してやりたいだけの女です。」
「は…?」
「なので貴方の犯行理由も大方予想がつきます。一日、あの女と行動していたら、自分の惨めさ、至らなさ、不出来さがにじみでます。まるで自分が悪人になったかのような錯覚を起こすのです」
きっとこの少女もそうなのだろう。
クラスで居場所を作るために、たまたま得ていた力を使っただけの普通の少女。
たった一日天使と触れ合っただけで、人と違う力を持っているにもかかわらず、くだらないカンニングまがいのことぐらいしかできない自分がとんでもなく惨めに思えたのだろう。
「そしてあの人に"また明日"って言われた瞬間、自分のアイデンティティが侵されるような感覚がするのです。そして本能が言うのです。コイツを殺さなくてはと」
小野寺は夏なのに凍えるように震えながら縮こまってしまった。
思った以上に図星だったようだ。
「……貴女が今朝見た天使は幻覚でもありませんし、貴方が殺したことも現実。全て現実です。」
私は縮こまる小野寺をさらに追い詰めるように、壁に片手をつき顔を近づけた。
「天使を殺したからといって貴方の価値が上がるわけでもありませんよ。ただ、能ある鷹は爪を隠す…能力はもっと利口なことに使うべきです」
小野寺は怯え瞳孔が開き、音になってない「ごめんなさい」を口にしようとした。
その時
「ちょっと待ってくださぁい!!」
間抜けな声が空き教室に響いた。
「……何のつもりですか。天使。」
「水姫さんと早苗さんが教室を出ていく姿が見えたので!」
じゃあ、大体この状況は察することができるだろう。まさにお前を殺した犯人を問い詰めているところだ。
「早苗さんはきっと反省してくださいます!その位にしてあげてください」
馬鹿かコイツは。お前を殺した相手だぞ。
殴ったとか、いじめたとかそういうレベルではない。人1人の人生を終わらせようとしたのだ。しかも自分の。
怖いぐらいにいつも通りの天使に、早苗は恐怖で泣きじゃくる。
当たり前だ。殺した女がこんなにいつも通りであるなどありえない。
自分が一世一代賭けて人生を終わらせたというのに、その行為が何の意味もなかったかのように彼女は笑う。
「あぁ、泣かないでください早苗さん!やはり、よっぽどの理由があったのですね。私を殺すなんて…」
入るなり、天使は小野寺の両手を掴み、俯く彼女の顔を覗き込むように顔を近づけた。虫唾が走る程に整った顔が、場にそぐわない表情で迫ってくる恐怖感は想像に難くない。
私は出口をふさぐように扉によりかかり顛末を見守ることにした。
「す、す、すすすすいません…!!あの、ちがう、ちがうんですもう殺したりしませんすいませぇん……許して……警察につきだしてください……」
小野寺が泣き崩れると天使はあわあわと慌てて手を離す。
すいませんすいませんと小野寺は懇願するように、天に祈るように繰り返し謝り続ける。
自分が殺した相手に自分を許せと嘆願するなんてこの上なく図々しく虫の良い話だ。きっと自分でもわかっているのだろうが、謝らずにはいられないのだろう。
天使はそんな小野寺を不思議そうに見てから笑った。
「許します!」
その、透き通っているのによく通る声は、無理矢理小野寺の意識をこちらの会話に向けるのには充分だった。
「…は…?」
許されるわけがない。そもそも殺した理由を天使に語ってすらいない。それでも天使はハッキリと自信満々に言ってのけた。
「幸い早苗さんが殺した私は死んでいません!もう二度としないとおしゃってますもの」
怖い。
理由がわからない許しは、理由のある復讐よりよっぽど怖く不気味に映る。
きっとこの小心者でどうしようもない少女は二度と天使を殺さないだろう。
実際、その後、小野寺は天使を目に入れるたびに顔を青くし、吐きそうな仕草をしていた。
今まで天使を殺した人間はみんなそうなる。
この天使の様な行いをする悪魔を畏怖し怯えて過ごし続けるのだ。
皮肉だな。許しが最悪の罰だなんて
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