第101話


 ゴーレムたちをかき分けて現れたのは、神経質そうな研究者気質の人族の男性だった。

髪の色は薄い緑。

 何日も着ているようなよれたシャツにズボン、ローブを見にまとい、眼鏡をかけた充血した釣り目でミズキたちのことを睨みつけている。


「おい、魚とか猫とか言ったバカはどいつだ!」

 どうやら自分で作ったマークをバカにされたことが気に入らないらしく、顔を真っ赤にしながら指をさして怒鳴りつけてくる。


「え、えっと、猫って言ったのは私です……」

「魚って言ったのは私だよ?」

 少し申し訳なさそうなエリザベートときょとんとしたユースティアは素直に答える。


「貴様らが……だから女というのは馬鹿ばかりなんだ! 昔、私の作品を馬鹿にしたのも女たちだった!」

 苛立ちを隠そうとせずにガリガリと頭を掻きむしる彼には女性に対して憎しみと深いトラウマを持っているようだった。


「俺は男だが、確かにあれはなんのマークなのかわからんな」

 追い打ちをかけるようにあきれ顔のミズキがそう告げると、男は大きな舌打ちをして彼らを睨みつける。


「くそっ、そもそもが人間という生き物がダメだな。全く、私の芸術が理解できないとは嘆かわしい……」

 大きなため息をついた男は、範囲を女性から人間すべてに広げてぶつくさと不満を口にしている。


「そういうのは理解できる人もいればできない人もいて当たり前なんじゃないか? 全員があんたと同じ考え方だったら気持ち悪いだろ?」

 肩をすくめたミズキは別段、このマークのことを批判したいわけではなく、自分には理解できないと言っているだけだった。


「ふん、理解できない貴様らのレベルが低いということだな。そんなことより、なぜ私の研究所に立ち入った!」

 これ以上話をしても無駄だと思ったようで、男は突然話を切り替えて、ミズキたちに質問をぶつけてくる。


 だが、ミズキたちは思わず首を傾げてしまう。


「いや、俺たちはこの山に白魔導石を探しに来ただけなんだが……」

 研究所というのがなにを言っているのか、わからないためミズキはとりあえずここに来た目的を話していく。


「白魔導石? ……はん、あのくず石か。そっちの通路を進めばいくらでもあるぞ。あんななんの役にもたたないものを欲しがるとは、相当な馬鹿どもだな」

 ミズキたちの目的の品を聞いて、腕を組んだ男は鼻で笑って馬鹿にしてくる。


 しかし、それがある場所がわかればミズキたちは男に用事はない。


「はいはい、馬鹿で結構だ。俺たちは俺たちの目的で来たんだから、研究所じゃなくてそっちを調べさせてもらうぞ」

 馬鹿にしてくる男と話す気がすっかり失せたミズキは、それだけ言うと男が指示した壁のほうへと向かって行く。


「――待て!」

 だがなぜかそれを男が止めてくる。


「なんだっていうんだ……。俺たちは別にあんたにも、ゴーレムにも用事はない。ここにいることを誰にも言うなっていうならそれも守ってやる。だから……」

 ミズキは先に行くことを止められたが、これ以上話しをするつもりはないと、足を止めずにいる。

 エリザベートとユースティアは男との会話をミズキに任せているようで、彼のあとをついていっていた。


「……そっちは確かに白魔導石があるが、やばいのがいるぞ」

「へえ……で?」

 それまで威張り散らしていた男が神妙な顔でそう告げるが、ミズキは対して気にした様子もない。


 彼からしてみれば、この話を聞かないゴーレム男のほうが十分やばいやつである。

 その男がいうやばいは相当なのだろうと予想する。


「でもまあそれも面白いだろ。大体の敵はなんとでもなるさ」

 魔族と何度か戦っているため、ミズキはちょっとやそっとの相手には動じない。


「ちっ、せっかく私が助言をしてやっているというのに、ガキだし、水属性のくせして生意気なやつだな」

 ゴーレム男はミズキが聞き入れず、大言壮語を吐いていると感じて苛立っている。


「……はあ、だったら俺たちの力を試してみるか? あんた自慢のゴーレムでさ」

 子どもであること、そして水属性であること、ダブルで難癖をつけられたミズキは面倒くささよりも苛立ちのほうが勝って足を止めて振り返る。


「っ……はん、私が勝てない相手にお前たちが勝てるわけがないだろ! いいだろう、貴様のその鼻っ柱を叩き折って、諦めさせてやる!」

 男も自分の自信作であるゴーレムのことをあげられたとあっては、ひくに引けず、ゴーレムたちを戦闘モードへと切り替えていく。


「エリー、ティア、二人は下がっていてくれ。あのゴーレムはそれなりにやるみたいだ。そして、この場所は白魔導石の影響がかなり酷い状況だ。魔法がまともに使えるとは思わないほうがいいだろう。ここは俺に任せろ」

 ミズキはそう言うとニヤリと笑った。


 ここまでは、エリザベートとユースティアを育てるという思いもあって前面に出ることは少なかった。

 しかし、ここからはこの厳しい環境で自分自身を試せるという気持ちが強くなっていた。


「わ、わかりました」

「うん、気をつけてね!」

 決してミズキの邪魔にならないようにと頷いた二人はミズキの指示に従って離れた場所へと移動する。


「というわけで、俺一人でそのゴーレムたちの相手をすることになった。先手は譲ってやるからかかってこいよ」

 くいっと手を動かして、先にこいと言わんばかりのミズキはゴーレム男をバカにしたような笑みで見ることで、挑発に一層の効力を付加していく。


「チッ――この、くそガキがあああああああ! お前ら、あのガキをすりつぶしてやれッ!」

 頭に血が上ったゴーレム男の命令を受けたゴーレムたちの目が、青から赤へと変化してぎょろぎょろと動いたかと思うと、ミズキを視界にとらえ、敵として認識する。


 じっと動かずにゴーレムがくるのを待ち構えているミズキに向かって、ゴーレムがドスンドスンと大きな足音を立てながら近づいてきている。。


「さて、この状況で俺がやれることを色々と確認していくとするか……」

 小手調べとして、みずきはまず自分の身体を水の魔力で覆っていく。

 先ほどまでのように返り血を防ぐためのものではなく、防御に回したものであるため、厚みを増している。


 強力な白魔導石の影響でまともに魔法が発動できない状況にもかかわらず、ミズキの魔力は一切の揺らぎを見せなかった。


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