第99話


 それからも魔物との戦闘は続く。


 最初のうちは魔力の展開に苦戦していたエリザベートとユースティアだったが、慣れてくれば二人も徐々に自然と行えるようになってくる。


「――あっ、消えちゃいました……」

 それでも戦闘の中で、魔法を使いながらともなると難しい。

 エリザベートは戦闘を終えた瞬間に効果が切れてしまったことに気づき、少し悔しそうな顔をしている。


「あぁ、なんか分厚くなっちゃった!」

 纏う魔力が消えてしまったエリザベートに続き、ちょうど敵を倒したユースティアも気合が入りすぎたのか、魔力を込めすぎてしまう。


「まあ、いい線いってるんじゃないか? 最初の頃は、少し動くだけで消えていたけど、移動の間は問題なくできているだろ」

 そんなミズキはもちろん激しい動きの中でも消えることなく、魔法を使う際も変化は見られない。

 今も水魔法で魔物を倒したところだった。


「うーん、なかなか難しいですねえ」

「ぐむむ……ねえミズキ、なんかヒントちょーだい!」

 立ち止まったエリザベートは冷静になにが悪かったのかを考えている。

 あまり考えこむのが苦手なユースティアは考えを放棄して、わかる相手に尋ねた。


「こんな環境だし、しばらくは難しいかもな。俺は物心がついたころからずっと魔法を使っているから、これくらい当たり前だったんだよ」

 そんなユースティアに肩をすくめたミズキは答えを言うつもりはないようだった。


「――それこそ呼吸をするくらいには自然にな」


 これは自身の体験談であり、一番のコツであった。

 なんとかしよう、維持しよう、消えないようにしよう――そんなことを考えていると気をとられてしまい、攻撃がうまくできない。


 こんな場所であるため、気を抜いてしまえばまともに魔法が使えなくなってしまう。

 かといって、攻撃に集中してしまえば纏っている魔力が揺らいでしまう。


「つまるところ、意識するとできなくなるから意識せずにやれるようにするのが一番って話だ」

 大したことじゃないとしれっとした表情で簡単に言うミズキだったが、できない二人からするとそれができるなら苦労しないという不満げな表情である。


「……どうすれば意識せずにできるようになるのか? まず一つに数をこなすこと――これは今も二人にはやってもらっている」

 彼女たちの不満げな表情に折れたミズキはヒントになりそうなワードを上げていく。

 この言い方だと、他にも気をつけることがあるという言い方だとエリザベートとユースティアは感じていた。


「思い出さないのか? ティアには最初に魔力操作について教えた時に見せただろ?」

「あっ……! 部分的にやるってやつ?」

 呆れたような視線をユースティアに向けたミズキに問いかけられ、彼女は記憶をたどってその時のことを思い出したようだった。


「そうだ、まずは右の拳。この周囲にだけ魔力を展開してみるんだ」

 ふっと笑ったミズキがやってみせると、二人も同じように右手に魔力を集中させていく。


「でもって、その状況で魔力を増やしたり、ギリギリまで薄くしてみたり、厚くしてみたりするんだ」

 小さい範囲であれば集中することができ、維持も難しくない。


「というわけで、二人には右手の周囲に魔力を纏って、それを維持してみてくれ。ちなみに戦闘は一緒にこなしてもらうからな」

「はい!」

「うん!」

 ヒントを教えたのだから魔物との戦いにも参加してもらう――それには二人ともが了承してくれていた。


 やはり慣れない状態での戦闘は難しいため、最初のうちは揺らぐ様子が見られた。

 しかし、右手だけと限定されているため、意識を攻撃と両方に向けることが可能になっていく。


 それが続けば、あとは意識せずに維持した状態で戦えるようになるのもすぐだった。


「さて、そろそろ慣れてきたみたいだから次は纏う範囲を広げていこう。両手でも、身体でも、足でも、好きにやってもらっていい」

 頃合を見てミズキは二人にそう提案する。


「わかりました!」

「りょうっかい!」

 彼女たちも自分たちができてきたことを実感しているからか、笑顔で頷いた。


 ここまで重ねて来た戦闘の数は十を超えるほどだ。それほどに魔物の数は多い山である。

 しかし、そのおかげで二人は、ここまでにかなりの成長を遂げていた。


 ミズキの指示を受けた二人は、あっという間に身体全体に魔力を広げていき、その状態で近距離魔法を使って魔物を倒していく。


 山での最初の敵である狼の魔物も何度か戦ったが、今となっては返り血をあびることはなくなっている。


「おー、二人ともすごいな。もう俺が綺麗にする必要はない……っと、これも魔導石か」

 ミズキは途中からは二人に戦いを任せて、落ちているめぼしい魔導石を集めていた。


 普通の魔導石との違いは、完全に真っ白であること。

 そして、魔力がこもっていたという痕跡を感じることである。


「でも、魔力が入っていたやつ以外にも、完全に一度も魔力が入ったことのないやつが稀にあるんだよなあ」

 面白いものを見るような表情をしているミズキはその二つを左右の手にそれぞれ乗せて違いを調べるため、水覚を使っていく。


「デカイ水の魔導石を作るとなると、元々入っていた魔力がどの属性なのか調べる必要があるな」


 もし、火の魔導石だったものに水をいれれば、反発して割れてしまうかもしれない。 

 それか、時間差でしばらくしてから壊れる可能性もある。


「あとは、完全に空のやつ、か」


 そのタイプもこれまでに見つけてはいるものの、数は少ない。

 そしてサイズが大きいものともなると、一層見つかるとは思えなかった。


「あ、ミズキ、エリー! こっちに洞窟みたいのがあるよ!」

 そんなことを考えていると、戦いを終えたユースティアがはしゃぐように手を振って大きな声で二人を呼ぶ。


 周囲には既に魔物の気配がないことをわかっての行動である。


「洞窟、か……本当だ」

 近づいてみると、そこはぽっかりと口を開けており、何かを飲み込むかのような重々しさを持っている。


「二人はどう思う?」

 ミズキは、自分だけの判断に頼らないように、二人に意見を求めた。


「そう、ですね。まず危険だとは思います。ここまでもいつもとは違う戦い方を強いられました。それが、洞窟の中ともなると、なにがあるのか……」

 少し考え込んだあと、エリザベートは不安そうな表情で洞窟を見ている。


「うーん、でもさ、やっぱこういう洞窟の中とかのほうがいいものがありそうじゃない? 魔導石だって、すんごいのが眠っているかもよ?」

 好奇心旺盛なユースティアは入ってみるべきだと考えている。


「なるほどな、俺としては二人の意見の両方っていうところだな。ここは危険だと思う。さっきから水覚を使ってみてはいるんだが、中を探れない。だが、大きな魔導石を狙うならやはりこういう場所に行くべきなんだろう」

 それを聞いたエリザベートとユースティアは顔を見合わせて頷いている。


「行きましょう!」

「行こう!」

 必要な物を前に尻込みするのはミズキらしくない。

 彼一人だったら悩まなかったはずである。


 だからこそ、自分たちが足かせになるのは絶対に許せなかった彼女たちは力強くそう言い切って、ミズキと一緒に洞窟へと足を踏み入れた――。


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