第98話


「距離があると、その間に魔力が邪魔をされちゃう……!」

「だったら、距離を詰めて魔法を使えば!」


 二人ともミズキが見せてくれた攻撃から、どう戦えばいいのかを理解した二人も残りの狼との距離を詰めていく。

 ユースティアは自身と、エリザベートを風で加速させて狼に一気に接近する。


「ライトニングランス!」

 まずエリザベートが雷の槍を手のひらから撃ちだしていく、もちろんゼロ距離で。


 それはミズキと最初に出会ったばかりのときに見せてくれた時よりも魔力の密度が上がっている。

 バチバチと稲光を放つ雷でできた大きな槍は発動スピードも威力も当時よりもずっと段違いだった。


「ガ、ガガ……」

 狼の身体を大きな雷の槍が深く突き刺した形となり、そのまま狼は息絶える。


「わ、すごい! こっちも負けらんないね! ――ウインドカッター!」

 エリザベートの魔法を見てやる気を増したユースティアも、彼女と同じように接敵するとゼロ距離で魔法を使う。

 先ほど魔力の調整がうまくできずに落下してしまった魔法は、直接狼の身体を真っ二つに切り裂いた。


 あまりにスパリと綺麗に切られたためか、数秒の間、狼は自分が真っ二つになったことに気づいていないようで、もがき動いていたがすぐそのあとにこと切れ、ドサリと倒れる。


「……ふう、なんとかなりましたね」

「うんうん、発動直後だったら威力変わらないみたいでよかった!」

 勝利に満足した二人は互いの顔を見てにっこり笑いあった後、ゆっくりとミズキのもとへとやってくる。


「……はあ、強いのはいいことなんだけどな」

 その様子を見たミズキは、呆れたように首を横に振っている。


「ほら”洗浄”」

 ミズキは二人の肩に手を置くと魔法をかけていく。


 先ほどのゼロ距離からの攻撃で、二人はともに魔物の返り血を大量に浴びており、服や身体が汚れてしまっていた。


「ありがとうございます!」

「ありがと、ミズキ!」

 結構グロテスクな状態だったにもかかわらず、二人は血がついたことなど気にしていない様子であり、あきれ顔のミズキが綺麗にしている。


 この流れは、エールテイル大森林での修業中にも頻繁に見られた光景だった。


「もう少し、自身の状態を顧みながら戦ったほうがいいぞ」

 無頓着な二人にやれやれといった様子のミズキが注意する。

 年頃の女の子だというのに彼女たちは自分たちのことに関しては無頓着過ぎるのではないかと考えていた。


「そのあたりを気にしていると、まだ自由には戦えない気がします……」

「だねえ、それになんかあってもミズキが綺麗にしてくれるからいいかなって!」

 きょとんとした二人は互いを見合ったあと、通じ合うようにふにゃりと笑ってミズキを見る。


 この回答にミズキは半分納得、半分納得いかずといった心持ちだった。


「仕方ないな……これはもういいかと思っていたんだが、二人ともここからは魔力を纏った状態で進むぞ。いつでも俺がいるとは限らないし、別行動することもあるだろうからな――俺がいるから、なんて今のままじゃ困る」

 ミズキはあえて二人に課題を与えていく。


 小さい頃から魔力のコントロールの訓練をしてきたミズキは、いつも自然と魔力を纏っており、汚れなども弾いてくれる。

 しかもそれを発動することを負担と感じることはない。


 それは当たり前の状態になるようにしてきたためである。


「あー、あれですか。たしかこうやって……――あれ?」

「エリー、どうしたの? 魔力を纏う練習なら森で……――あれ?」


 エールテイル大森林では、魔力をスムーズに操作できるようにこういった訓練は日常的に行っていた。

 それにもかかわらず、今の二人はなぜかうまくできないため、困惑していた。


「まあ、そうなるだろうな。二人ともなんでもない場所だったり、ストレスのかからない状況だと問題なくやってた。でも、ここみたいに魔力コントロールに対して妨害が入ると、一気に難易度が跳ね上がるからできなくなってるだろ?」

 一息ついたミズキはなんてことないように自然な流れで滑らかに魔力を展開していく。

 魔力が妨害される環境にありながら、ミズキの魔法はいつもと変わらない。


「グローはもちろん、ララノアならここでもできると思うぞ。いつもやっていることだからな。エリーとティアも魔力量は問題ないし、大味な魔法は得意だから、もう少し細かいことができるようになれば、戦いの幅も広がるわけで……」 


 彼女たちとて魔力操作が下手なわけではなく、むしろ同年代の一般的な魔法を使う者としては優秀な方だ。

 修行中も魔力量を増やしたり、強力な魔法を使えるようにしていたため、大味な魔法は得意になっていた。

 エールテイル大森林ではそれらによって難なく魔物を倒すことができた。


 しかし、これから先それでは通じない相手も出てくると予想している。

 また、この山のような特殊な場所も存在している。


 ミズキは暗にそう言うようにそこで言葉を止めてチラリとエリザベートとユースティアを見る。

 すると彼女たちは気合が入ったような表情になって力強く頷いて見せた。


「わかりました、やります!」

「うん、ララノアに負けていられないもんね!」

 笑顔で気持ちを切り替えた二人は、真剣な表情で魔力を練っていき、それを身体の周りに纏わせていく。


 だが魔力を発動しようとするも、いつものようにはいかないのがこの場所だった。


「くっ――こ、これは……」

「き、きついね……」

 常に邪魔が入っている状況での魔力展開は、彼女たちでもなかなか難しい。


「さっき俺の水剣を見せただろ? この場所には俺たちが魔力を展開すると、それを邪魔する力が働いているんだよ。だから、その力を呼んで魔力を纏わせるか……」


 上手くできない彼女たちのために、まずはその方法を実践して見せる。

 多少の揺らぎはあるものの、それに逆らわない形でミズキは水の魔力を自身の周りに展開させていた。


「それより強い力を使って、邪魔する力を跳ねのける」

 ゆらゆらと不規則に揺らぐ水魔法を魔力操作によっていつもの滑らかで自然な動きの水魔法へと変化させて見せた。

 そしてそれは薄い膜となってミズキを覆った。


「すごいです」

「おー」

 自由自在に形を操作するミズキの水魔法に目を輝かせた二人はパチパチと拍手しながら感動を言葉にする。


「実際のところは外側から徐々に削れているんだけどな。それに負けない速度で展開し続けているんだよ。今は意識してやってるけど、これを動きながら自然にできるとかなり有利に働く」

 攻撃しながらも、自らを守りつづけることができるとミズキは語る。


「――まあざっとこんな感じだな」

 水のヴェールを纏ったミズキは拳を繰り出し、蹴りを放ち、また魔法で生み出した水の玉を手のひらに浮かべる。


 もちろん、身体を覆う水の魔力に一切の変化はなく、ずっとそこにあり続けていた。


「まあ、動きながら維持し続けるのは難しいだろうから、この段階は目標にするとしよう。まずは常に魔力を展開させる練習だ――こんな環境だからこそ、俺たちにとってはいい修業になるだろ」

 平然とした態度でニコリと笑いながらミズキは言ったが、二人はそれどころではなく、魔力の維持に精一杯だった……。

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