第97話
しばらく飛んでいくと、プレアディスの民が暮らしていたところから少し離れた場所にその山は存在した。
「ここか――本当に白いな」
ミズキがそう評するように、山は全体的に真っ白だった。
山には大魔法の痕跡から、大きな爪痕のような傷など様々な跡が残っており、激しい戦闘があったことを物語るように大きく引き裂かれている。
これだけの爪痕を残すような魔物、もしくは人がいたのか、それはこれだけではわからないが、とにかくありえない規模の攻撃が放たれたことはひと目でわかった。
「あれが大昔の戦いの痕跡か……それが原因で山そのものを白魔導石にするんだから相当だな」
「えぇ、すごい戦いがあったみたいですね……」
エリザベートは緊張した面持ちでそれを眺めている。
「う、なんか、怖い……」
生々しい痕跡を目の当たりにして、ユースティアは恐怖を感じたのか、前にいたエリザベートにギュッと抱き着いた。
「にしても、これだけの場所だったら確かにプレアディスに使える白魔導石があってもおかしくない感じがするな。ここにいるだけでも、強い力を感じる」
ミズキの感想に二人も同意して頷く。
グローリエルのもとで修業を積む以前であれば、この力に気圧されて引き返したとしても不思議ではなかった。
「でもまあ、大丈夫だろ」
そう軽く言うと、ミズキはアークにふもとへ降り立つように誘導した。
彼が率いて先行してくれるからこそ、彼女たちも恐れることなく続くことができていた。
ふもとにおろしてもらったミズキたちが山に足を踏み入れると、そこかしこに白い魔力の残滓が雪のようになって積もっている。
降り立って見て気づくが、それらはふわふわと静かに降り注ぎ、まるでここだけ雪国に迷い込んだかのような景色が広がっていた。
「雪じゃないから溶けることはない。でも、魔力の雪だから存在しているようで存在していない、そんな不思議なものだな」
空から降ってくるそれが手のひらにのっても、濡れることも、触れられた感触もない。
「綺麗ですねえ……」
目を細めたエリザベートはそんな光景に見惚れている。
「これすごいね、積もってるのに手に取るとすーって消えるよ!」
綺麗な景色を前に、ユースティアは好奇心から残滓を触ってみているが、本来気体に近い性質を持っているそれはあとかたもなく消えていく。
それが不思議であり、楽しくもあった。
「喜んでばかりもいられないみたいだぞ……魔物の登場だ」
ミズキが視線でそこにいることを示すと、一気に警戒した表情になったエリザベートとユースティアも同じ方向に視線を向ける。
そこには、灰色の毛並みを持つ狼の魔物が三体ほどいた。
しかし、特別何かの属性を持っている様子はなく、山によくいるタイプの狼のようだった。
仕掛けられる前に先制攻撃だとエリザベートとユースティアはいつでも攻撃魔法が使えるように待機していたため、発動した。
「――ウインドカッター!」
一番手柄はいただきだと、好戦的な表情でユースティアが魔法を放つ。
風属性の刃は、そんじょそこらの魔物であれば簡単に真っ二つにする。
エールテイル大森林での修行の成果もあって、それくらいにまで彼女の魔法は研ぎ澄まされていた。
離れた位置にいる魔物を倒すのに適した魔法であり、ユースティアはこの選択が正解だと思っていた。
「ガウ!」
しかし、それに対して魔物は一度吠えただけで、その場から動くことはなかった。
特に魔法障壁などがあったわけではないはずなのに、魔法は魔物に届く前に落下して消えてしまった。
「あ、あれ?」
思ってもみない変化にユースティアは首を傾げている。
「い、今のはもしかして魔物がなにかをしたのでしょうか?」
エリザベートは待機していた魔法が消えてしまうくらい驚いた顔をしている。
ユースティアはいつものように魔法を使っていた。
同じ風属性のグローリエル直伝のもので、威力もお墨つきである。
しかし、ミズキは首を横に振る。
「いや、あいつは吠えただけだ」
「じゃあ、私が……」
失敗してしまったのかと、悲しげな表情のユースティアは肩を落としてしまう。
「違うな。吠えたのも関係なく、ユースティアの魔法も問題はない――あるとすれば……」
ミズキはこの狼たちを見た時から違和感を覚えていた。
それは、この魔物たちから魔力をほとんど感じないというものだった。
「見てろよ――”水剣」”
何かがおかしいと彼女たちを下がらせたミズキは柄を持って水の剣を生み出す。
するといつもはしなやかできれいな水が刀身を描くのだが、今のそれはまるでノイズでも入っているのかと思わせるほどやや揺らいでいるように見える。
「ほらな。魔法を邪魔するなにかの力が働いているんだよ。恐らくは過去のそのデカイ戦いが理由なんじゃないのかな。だから、自分たちがいつものように動けないから魔物のことも強く感じるし、危険だから近づかないんだろうな」
大きすぎる力は周囲への影響を及ぼしてしまうことがあると以前教えられていたミズキは、プレアディスの民が気づかなかったことを指摘する。
「っと、そんな説明ばかりもしていられないな。あいつらを倒さないと」
狼たちは牙をむき出しにして、よだれを垂らしてミズキたちを見ている。
ミズキが内包する魔力の高さをおそれているため、すぐにはとびかかってこないが、それもいつまでももつとは思えない。
「さて、二人はちょっと見ていてくれるか。俺が、倒してくる!」
柄から魔法を解除したミズキはそれをしまうと、一気に加速して走り出す。
「ミズキさん!」
「ちょっ!」
得意である魔法がうまく使えない環境で飛び出していったミズキのことをエリザベートとユースティアは慌てて止めようとするが、既に加速している彼は狼の射程範囲内に入ろうとしていた。
「ガアアア!」
狼は魔力を使わない。
その代わりに肉体が鍛えられているようで、ミズキの動きに反応し、大きく口を開いて威嚇しながら噛もうとしているようだ。
「”水滑走”」
狼たちの動きに目を配りながら走っているミズキは靴裏から水を出して、滑っていく。
普通に考えれば、雪がつもってるわけではなく氷があるわけでもないため、普通であれば滑るはずがない。
しかし、ミズキは魔力の残滓と水魔法を反発させて滑ることで一瞬で速度をあげていた。
魔法が普通に使えないのならば、それを逆に利用して自分の思うように動けるようにすればいい――それがミズキの持論だった。
「そこからの……”水爆拳”」
かみつきを回避してから、狼の横に回り込んで拳を撃ち込む。
そして、命中した瞬間に魔力を一気に集中させて爆発を起こし、狼を吹き飛ばした。
「…………」
あっという間のできごとに残りの狼は声も出ずに驚き固まっている。
「――と、いうわけだ」
こうやって戦えばいいというお手本を示したミズキは、少しだけエリザベートとユースティアに振り返って肩をすくめた。
どんな状況にあっても戦い方を考えれば動けることはエールテイル大森林の修業でもわかっていた。
ミズキが手本を見せてくれたことで、自分たちならばどう動くかイメージできたエリザベートとユースティアも遅れを取り戻すように動き始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます