第96話
コルドーへ北の山へ向かうことを宣言したミズキたちの声は密かに聞き耳を立てていた住民たちにすぐに知られることとなった。
これまでずっと悲願だったことをやると言い切ったミズキたちが出てきたことで、住民たちはざわめき立っていた。
「――おい、おまえら何者だ!!」
そんな住民たちをかき分けるようにして前に出てきて、ミズキたちを指さし、怒鳴り声をかけてくる人物がいた。
「なんだ?」
敵意をむき出しにして睨みつけてきているため、ミズキは怪訝な表情になる。
エリザベートとユースティアは困ったような顔をしてその者を見ている。
「お前たち何者だ、って聞いてんだよ!」
威勢よく噛みつかんばかりに叫ぶその人物はミズキたちよりも背が低い、恐らくは五歳前後と思われる少年だった。
短くそろえた茶色の明るい髪をして薄汚れたシャツと短パンをはいているようだ。
声変わり前の高めの声で、その人物がミズキへと質問してくる。
「何者って言われてもな……旅の冒険者だ。たまたまこの国に立ち寄ったらコルドーに会った。で、少し話をしたいっていうことでここまで来ただけだよ」
子ども相手ということもあって、ミズキは高圧的にならずに説明をする。
いきなり出てきて怒鳴られて何だとは思ったが、少年とわかると毒気が抜かれた。
「ふ、ふーん!? コルドー様に、か……なにを言われたのか知らないけど、調子にのるなよ! 俺たち砂漠の一族は強いんだからな! 偉そうな顔して堂々と街の中を歩くな! 早く出て行けよ!!」
コルドーと話をしていたと聞いて腕組みをした彼は、びくっと体を揺らす。
この街の一族の子であり、コルドーのことを心から強く尊敬していた。
幼い少年は砂漠になったプレアディスしか知らず、閉鎖的なここで暮らしていたせいもあってか、他から来たミズキたちを警戒しているようだった。
だがすぐに警戒心をむき出しにミズキたちへ敵意を向ける。
「別にそんなつもりはないし、用が済んだらすぐに出ていくさ――じゃあな」
少年からの敵視をさらりとかわしたミズキはすれ違いざまに、少年の頭へポンっと手を置くと、そのまま出口へと向かって行く。
「急にきてしまってごめんなさい」
「でも、いきなりあんな風に言うのは危険だと思うよ?――ミズキだからよかったけど」
ミズキを追いかけるようにすれ違ったエリザベートとユースティアも少年を気遣うように声をかけていく。
「――う、うぅっ……!」
少年は全く相手にされていないことに気づき、みるみるうちに涙を目にためていた。
去っていくミズキたちの背中が涙でゆがんで見えた。
「……泣くな」
そんな彼の肩に手を置いたのはコルドーだった。
「あ、コルドー様……!」
肩に乗る温かく大きな手に視線を上げた少年は、ピタリと涙が止まる。
「あいつらは、多分俺なんかより相当すごいやつらだ。俺の部屋で色々話したんだが、その間俺が威圧してもびくともしなかったよ。魔力は強いが所詮子ども、なんて思っていたんだが……見当違いもはなはだしかったな」
コルドーはあのやりとりの間にミズキたちのすごさを感じ取ったようで、少年をなだめるために笑顔ながらも、ミズキたちから感じ取った底知れぬ強さから頬を汗がつたっていた。
「そ、そんなにすごいの? 俺より少し年上の子どもにしか見えなかったけど……」
少年はキョトンとしたようにコルドーを見上げる。
先ほど怒っていたのは、ミズキたちも自分と同じ子どもなのに、初めてここに来てすぐに部屋に呼ばれたことに嫉妬していただけだったようだ。
「あぁ、さっきも言ったが俺よりもすごいだろうな。そもそも、こんななにもないような場所に子ども三人で来るなんて普通ならありえないことだ。しかも、ここらへんは気温が高くて暑いにもかかわらず、汗一つかいていなかった」
この地域は水がなくなってから砂漠になるほど暑さが厳しい地域だった。
コルドーは慣れているため汗をかいていないが、少年はミズキを怒鳴りつける時に緊張があったのもあって額に玉のような汗を浮かべている。
「あれは、恐らくそれぞれが魔法や魔道具で対応しているんだと思う。それだけの魔力を持っていて、それほどの魔道具を手に入れている――あの年でそれを行えるだけの実力があるということだ」
大したやりとりはしていないはずだったが、コルドーは人を見る目にだけは自信があり、その目はミズキたちのことをかなり高く見ていた。
「ふ、ふーん…………ねえ、コルドー様」
「うん? どうした?」
少年はコルドーのズボンを引っ張って声をかける。
「俺も、あいつらみたいになれるのかな?」
ミズキたちのように、自分だけで動いて自信をもって行動して、そしてコルドーに認められるような存在になれるのか? そう聞いている。
「どうだろうな……だが、なろうと努力することは今からできると思うぞ」
「努力……うん! 俺、頑張るよ! 頑張って、コルドー様の役にたてるようなすごいやつになるよ!」
「はははっ、それは楽しみだ。デカくなった時に、あいつらと会って堂々とした態度を見せてくれるのを楽しみにしているぞ」
そう言うと、コルドーはガシガシと強めの力で少年の頭を撫でまわした。
この少年、のちにコルドーの右腕となるが、それはまだまだ未来の話である……。
街を出てきた三人は来た道を通ってそのまま廃墟となった城のあたりまで戻ってきた。
ここは敵などが出てくる場所ではないとわかっているため、一度ミズキは二人へと振り返る。
「エリー、ティア、北の山に向かうことになったけど問題はないか?」
ミズキは独断で今回の仕事を請け負った。それに対しての二人の意見を聞いておきたかった。
「えぇ、私はいいと思いますよ。この砂漠の国が復活するところ見るのが楽しみですし、なにより誰かの手によって亡びて、そのままだなんて悲しすぎるじゃないですか!」
エリザベートはこの国の結末に対して憤っており、なんとかなるのであれば、助力したいと思っている。
「うん、ミズキが決めたならいいと思うよ! 魔導石っていうのもなんだか面白そうだし。ミズキが作る水の魔導石もそうだけど、エリーの雷の魔導石、私の風の魔導石も作ったらなにかに使えそうじゃない?」
なにか魔道具にしたらとんでもない効果を生みそうだと、ユースティアはワクワクしている。
「なるほど、エリーはこの国のために、ティアは魔導石に対する興味から今回の仕事に賛成ということだな……よし、俺は俺と同じ属性の水の王国を自分の目で見てみたいってことで、それぞれの理由が出そろったから行ってみるとしよう。アーク、イコ、頼むぞ!」
みんなから同意を得られたため、体を大きくしたアークとイコに乗ってミズキたちは山へと飛び立っていった。
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