第93話


 砂漠の隠し通路はじめじめしていないが、最小限の明かりしかないため、薄暗くどんよりとした雰囲気を持っている。


「いかにもな雰囲気の通路だな」

 ミズキは通路を歩きながら周囲を軽く見回す。

 ところどころに明らかに砂やほこりではない染みがあり、それはもしかすると血液かもしれないと思わせる黒い色をしている。


「な、なな、なにも、でないよね……?」

 先の見えない恐怖からか声を震わせたユースティアは、この雰囲気に怯えているようで、隣を歩くエリザベートの腕にしがみついていた。


「…………もしいたとしても、数百年の時のなかで消滅しているだろう」

「うぅ、こ、怖い……」

 ユースティアの怯えようを見たコルドーは少しでも恐怖心を和らげようとし多様だったが、重々しい言い方のせいで余計に彼女を怖がらせた。


 その様子を見ていたミズキは、なにか考えてから指をパチンとならした。

 するとユースティアとエリザベートを包み込むように、水の薄い膜を展開させた。


「――わっ! わわわっ!」

「ありがとうございます、ミズキさん」

 突然現れた水の薄い膜は周囲に溶け込むように消えた。

 それに驚き戸惑うユースティアと嬉しそうに礼を言いながらほほ笑むエリザベートと、二人の反応は対照的だった。


「これなら、もしなにかが現れたとしても俺の魔法が守ってくれるはずだ。恐らく、俺の魔法でも一発くらいは防ぐと思うぞ。ついでだし、大丈夫だと思うけどエリーにもやっておいた」

 ミズキになにかが起こったとしても対応できる自信があったが、二人に危険が迫った時に近くにいられない可能性もあるので、このような手段をとったようだ。


「ほう、なかなか面白い魔法の使い方をするもんだな……確かに、その防御魔法なら剣でも魔法でも反応することができそうだ」

 身を包み込むような、魔法の障壁を使う者はいないため、ミズキのこの魔法をコルドーは興味深そうにみていた。


「そんなに大したことはしていないけどな。ま、この程度で危険を回避できるのならありがたいことだ。ちなみにティアが怖がっているのは、死んだこの国の人と魂だとか、ゴースト系のなにかとか、恨みとか、呪いとかそういうやつなんだろうけど……まあ、これがあればひとまず大丈夫だ」

 これは、ミズキは二人を守る水の障壁に聖なる力を込めていることからの言葉である。

 ユースティアの異常な怯えようを見て言葉でなだめるよりも、こちらの方が効果的だと判断したのだ。


「……うん、なんだか安心できる感じがするかも」

 自分よりも強いと信頼しているミズキが施してくれた魔法は、彼女に安心感を与えてくれていた。


「私もなんだかホッとしますね。すごく、守られている感じですね!」

 胸に手を当てて嬉しそうにほほ笑むエリザベートは魔力の質の違いを感じ取っていた。


「――ガキばかりのくせに、肝がすわっているようだな。特に男のお前。仲間のことを気遣っての対応が素早い……」

「ミズキ」

 男が言葉を言い終える前に、ミズキはかぶせるように名前を口にする。


「あん?」

 遮られたことと、なぜそのようなことを言ったのか意味がわかららないことの二つから、しかめっ面をしたコルドーはやや苛立ち交じりになっていた。


「俺は男のお前じゃなくて、ミズキだ。名乗っていなかったことを思い出したもんでな、お前お前じゃ誰のことかわかんないし」

「私はエリザベートと言います。よろしくお願いします」

「ユースティアだよ、よろしく!」

 淡々と言うことだけ告げたミズキに続いて、笑顔の二人も名乗っていく。


「……ミズキにエリザベートにユースティアか。三人の中でもミズキは色々と見えているものが違うようだな。見た目の年齢よりも落ち着いているし、色々と考えていることが大人びている……というよりも、大人そのもののように感じられる」

 納得したように頷いたコルドーは改めて三人を見てそう言った。

 ゴルドーの中で確証があってのものではなかったが、彼はミズキに対して仲間というよりも保護者のような印象を受けていた。


「ほう、そんな感想をいわれるとはな」

 飄々とした態度でそう返しながらも、内心でミズキはドキリとしている。

 転生しているのがばれたのかもしれない、そんな風に思うと背中を冷たいものがつたっていく。


「あぁ、二人の兄、もしくは父であるかのように見える。二人もミズキのことを信頼して頼っているようだからな」

 まるで親愛関係であるかのようだと、ふっと笑ったコルドーは感じていた。


「まあ、俺は二人の兄弟子で二人を師匠のところに連れて行ったのも俺だから、そう言う部分で知らないうちに先輩風を吹かせているのかもしれないな。――で、二人はそれに引っ張られたっていう」

 関係に対する言及だったことに安心しながら、肩をすくめたミズキは答える。


「あとは、俺の実の家族がひどいやつらだったから、その反動で二人や家に残してきたやつらのことは守ってやりたいと思っているんだよ」

 そう続けたミズキは、エールテイル大森林で待つグローリエルとララノアの顔を思い浮かべる。

 自分の家族は、エリザベート、ユースティア、グローリエル、ララノアの四人だと思っているからこそ大事にしたいと心から思っているようだった。


「ミズキさん……」

「ミズキ……」

 二人はミズキの本当の家族の話を聞いており、その話を思い出すたびに胸が締め付けられるような思いをしている。


 そして、二人もミズキを大事な家族だと思っているからこそ、頼りにもしていた。


「なるほどな……大事な家族がいるっているのはいいことだ。ん、そろそろ到着するぞ」

 思わぬ形でミズキたちの関係性を知ったゴルドーは優しい表情で頷いて、顔を前へ向ける。 


 ちょうど話が終わった頃、外からの光が差し込んできていた。それは隠し通路の終わりを告げている。

 どれだけ歩いたのかわからないが、それなりの距離を歩いていたらしく、王国からはだいぶ離れた場所へとやってきていた。


「さあ、ここが失われた王国の子孫の村だ」

 通路を完全に出ると、そびえたつ赤茶色の崖があり、そこに穴を掘って暮らしている人々の姿があった。


「こ、これはすごいな……」

 テレビでこのような集落を見たことはあったが、実際に目の当たりにすると壮観だった。


「すごい、です」

「う、うん」

 初めて見る光景に、エリザベートとユースティアもミズキと同じように感動交じりで見入っていた。

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