第94話
切り立った赤茶色の崖の一番下のところに大きな洞窟のような入り口があり、そこから中へと入っていく。
「外から見てもすごかったが、中もこれまた……」
目の前に広がる光景にミズキは驚き、言葉を失う。
そこはぐるりと囲まれた崖の中にできた大きな街であり、天井は吹き抜けでそこかしこを人々が行き交っている。
「かなり大きな街、ですね」
ミズキの隣でエリザベートも感動と驚きで呆然と立ち尽くしている。
都市といっても遜色ないほどの広さを誇っており、王国がそのまま移転したのではないかというほどの盛況ぶりだ。
「うーん、でもでも、水魔法を使う人は見当たらないね」
エリザベートと逆隣に立つユースティアは、何かを探すように手を目の上にやりながらぐるりと住民たちを見回している。
案内してくれているコルドーを含めて、髪の色が青系統の者はいなかった。
「あぁ、そこも含めて少し話をしよう――水属性のミズキがいるからこそな」
三人の視線を一気に受けたコルドーはじっとミズキを見て真剣な顔でそう言って歩き出した。
コルドーが、わざわざ集落まで案内してくれたのも、色々と話をしてくれたのも、全てはミズキが水魔法の使い手で、強い魔力を感じるためであった。
彼のあとをついていく途中、街にいる者たちからジロジロとみられているのを三人は感じていた。
「……すまんな、行商の者以外はほとんど来ることはないもので客人が珍しいんだ。しかも、それがお前たちのような子どもともなるとな」
無粋な眼差しを向けているのは大人たちだけでなく、ミズキたちより年下の子どもたちも興味があるようで、我先に見ようとキラキラした瞳で見てきている。
「なるほどな、外との交流が少ないっていうのはあまり良くない状況なのかもしれないか」
じろじろと見られるのは水属性であることから慣れていたミズキは視線を向けられることは対して気にしていなかった。
だが、自身が塔に閉じ込められていた時のことを考えると、狭いコミュニティというのは問題があるように感じていた。
「――なかなか痛いところを突くもんだな。お前本当に見た目どおりの年齢なのか? かなり大人びた意見を言うが……」
「俺はこっちの二人と同じ年齢さ。別に意見を言うのに年齢は関係ないだろ? 色々考えているかどうかってだけの違いだ」
信じられないものを見るようなコルドーの疑問に、視線を受け流して肩をすくめるミズキはかぶせるように答えていく。
ミズキは年齢のことに触れられると、前世と今の身体の違和感もあいまって、奇妙な心持ちになっていた。
グローリエルたちはそういう部分には全く触れてこず、ただミズキをありのまま受け入れてくれているため、少し気になっているようだった。
「……そういうものか。色々な経験をしてきたからこそというものなんだろうな――ここが俺の部屋だ、入ってくれ」
話をしている間にたどり着いたのは、街の中でも最も奥にあるひと際広い部屋だった。
広くてもあまりものが置いてある部屋ではなく、必要最低限の質素な家具があるのみだった。
「適当に座ってくれるか。飲み物を用意しよう」
部屋の中央にあった来客用のソファにミズキたちを案内したのち、コルドーは部屋にある食器棚から人数分のカップを用意しようとする。
「それくらいはこっちで用意しようか」
落ち着いて話をしたかったミズキは収納空間からコップを取り出して、果実水を注いでいく。
コルドーのいる方へ最初にコップを置いた後は、エリザベートとユースティアに手渡した。
「おぉ、悪いな。というかそんなこともできるのか……なかなか便利な能力を持っているな」
頭の後ろを掻きながら困ったような笑みを浮かべたコルドーは、ミズキたちと向かい合う形でソファにドカッと腰かける。
「せっかく出してもらったからにはいただくか……うん、美味いな」
コップを受け取ったコルドーは一気にそれをあおる。
果物の風味を感じ、さっぱりとした口当たりのそれは、ミズキがエールテイル大森林の果物を使って作ったものだった。
冷たく透き通ったそれは、すっきりとしたのど越しの中に、甘みも少し加えている。
「――で、話っていうのはなんなんだ?」
ずっと砂地にいたためか、のどの渇きを感じたミズキも一気に飲み干して、コルドーへと質問する。
「あぁ、そうだったな……見てのとおり、ここは元水の王国で既に亡びている。水の欠片なんてものは全く感じさせないくらいだ」
一息ついた彼はそう言って半ばあきらめにも似た表情を浮かべながら肩をすくめる。
「さっきも言ったが、俺はその王国の王族の生き残りで、ここに住んでいるやつらも大体みんな王国に住んでいたやつらの子孫だ。街を離れないのはいつかここがまた水の王国と呼ばれる場所になると信じているからだな」
空になったコップについている水滴をなぞるように指で撫でながら、真剣な顔でゴルドーは語る。
つまり、ここは水の王国プレアディスの生き残りの子孫たちが再度繁栄を願って作った街であるということだ。
「へー、それはすごいもんだな。話に聞いたのと、見た国の規模から考えると、相当デカイ国だったはずだ。そこが亡びたともなれば、よほどのことが起きたのは容易に想像ができる。それで生き残ってここまでの規模の街ができたのはすごいことだ」
ミズキはこの街に来た時に感じた素直な感動の気持ちを言葉にする。
そんな風に褒めるとは思っていなかったため、コルドーは面食らった表情でミズキを見ていた。
「――なんにせよ、なぜあんなデカイ国が亡びたのか、だな。水が全く見当たらない理由もわからない。さすがに国がどうこうなったところで、それだけ多くの水が消えるなんてのはおかしな話だ――ということは……」
考え込むように腕を組んだミズキは国が亡びた結果で水がなくなったわけではなく、水がなくなった結果に国が亡びたのではないかと考えているようだ。
「はー、そこまで思い当たるのか。お前は本当にすごいな……そのとおりだ、その名のとおり大量の水をたたえていた国だったんだが、ある日ピタリと水が湧き出すのが止まった」
その日のことを思いだすと憂鬱な気分になるようで、コルドーは思いつめたような表情で説明する。
彼の頭の中では水が湧き出さなくなって民が混乱して騒ぎになった情景が浮かんでいた。
「……おかしな話だな。自然に止まるのだとしたら、徐々に水量が減っていくはずだ。それが一気に止まるっていうのは人為的ななにかが関係しているんじゃないか……?」
水に関することだけに、ミズキはそこに魔族が関与しているのではないかと考えていた。
以前魔族に遭遇した時に水魔法についてやたら突っかかってきていたことからも関係を疑っていた。
「かもしれない。俺が聞いた話では、国の地下に大きな水の魔導石があったらしい。それが恐らくは破壊されたんだろうな。強力な結界が張られていて近寄ることすらできないはずだったが、突破されたんだろうな……」
ミズキの推理を聞いていたコルドーは神妙な面持ちで頷いてそう続けた。
そんな結界を壊せるほどの実力を持ったものがいた、ということになる。
「なるほど……で、本題はそのあたりにあるのか?」
顔を上げたミズキは何か言いたいことがあるのだろうとゴルドーに視線を向ける。
わざわざ昔の情報を話したのには、それが前提条件にあるということだと考えていた。
「ミズキには何でもお見通しなんだな――そろそろ本題に入ろう」
参ったな、と頭を掻いたコルドーはコップをテーブルに置くと座り直して、真剣な顔で姿勢を正し、ミズキたちを真っすぐ見た――。
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