第92話
進んでいくと、人が通れる道の分だけ、埃や汚れがないことに気づく。
その道は城の奥の方へと続いて見える。
「あきらかに誰かが出入りするのを想定しているようだな」
ミズキたちはグローリエルが教えてくれなければここへ来ることはなかった。
この道は今日明日でできたものではないため、ミズキたち以外に誰かがいるのは確実だった。
もしここにいるのが魔物だけであれば、埃や汚れなど気にせず歩き、このように一本の道となって綺麗な物が出来上がるのは想像しにくい。
「水覚とかいうやつでわからないの?」
ユースティアはミズキに向かって問いかける。
ミズキは先が分からない状況の場合、水覚を使用して先を探ることが多い。
「いや、今回はちょっと無理っぽいな。どうやら上の奥の部屋はなにやら結界らしきものに囲まれているようだ」
緩く首を振ったミズキはユースティアに言われる前に水覚を試していた。
水覚は決して威力の高い魔法ではなく、微細な水の粒子を張り巡らせることで周囲を探っていくというものである。
それも、魔法による結界で阻まれてしまっては、さすがに先の調査をすることはできない。
「ミズキさんが調べられないなんて、ちゃんとした結界を張れる人がいるというわけですか……」
結界を展開するには微細な魔力のコントロールが必要となるため、この先に待ち構える者に対して、エリザベートは警戒を強めた。
「まあ、鬼が出るか蛇が出るか……行ってのお楽しみだな」
ミズキはこの先に誰かがいるのを楽しみにしているようだった。
先頭を歩きながら周囲への警戒をしているが、その足取りはとても軽い。
特に中では魔物などに遭遇することもなく、いくつもの部屋が並ぶ廊下を進み、階段を上っていくと、大きな扉があり、がらんとなにもおかれていない部屋に到着した。
「――よう、こんな場所に来るとはなかなか奇特なやつらだな……というか、全員ガキか」
ミズキたちが入ってきたと同時に声をかけてきたのは、部屋の奥の壁に背中を預けている黒豹の獣人男性だった。
動物に近いタイプの獣人で、何年も同じものを着ているようなボロボロのローブを見に纏っている。
廃墟のようなこの場所で過ごしているためか、鋭い眼差しと雰囲気を持っており、ミズキたちを見定めるようにじっと様子をうかがっているのが伝わってくる。
年齢は恐らく三十代。ローブに隠れているが剣を持っているようだ。
「確かにあんたが言うように俺たちはガキだな。そういうあんたは、なかなかのおっさんのようだ。恐らく属性は土で、剣も使うんだろ? こんな場所にいるってことは、恐らくこの地の守り手とか、昔ここにあった王国の子孫とかそういったとこじゃないのか?」
冷静に男をじっと見るミズキは相手のガキ呼ばわりに怒ることはなく、情報を多く読み取ってそう言い返す。
「…………お前、何者だ?」
さすがに、初手でそこまで言い当てられるとは思っていなかったため、黒豹の男は驚きを隠せない。
「ガキでそこら辺にいる普通の冒険者だよ、俺たち三人ともな。ここに水の王国プレアディスがあったと聞いて来てみたんだが、まさかこんなことになっているとは夢にも思わなかったってわけだ」
水の王国と呼ばれるプレアディスに行くのを楽しみにしていたミズキは困ったような顔で肩を竦めながら言う。
嘘は一つも言っていないため、エリザベートとユースティアも表情に出すことはなく、じっとミズキの後ろで二人の会話を聞いている。
「水の王国? 確かにそんな風に言われていたこともあったが、ここは砂漠になってからかなりの年月が経過しているぞ――あー、ざっと二百年以上だな」
訝しげな顔をした黒豹の男は記憶をたどってそう答えた。
(((グロー!!)))
三人は心の中で師匠であるグローリエルへ文句を言うように名を呼んだ。
普段はさんづけしているエリザベートとユースティアも、さすがに二百年も前と聞いて、心の中でのツッコミからは敬称がとれていた。
「はあ、俺たちの聞いた情報があまりに古かったようだ――これだから長命種ってやつは……。俺は見てのとおり水属性の使い手でな」
ため息をついてから、ミズキは髪を指さして、手のひらから水の玉を出して見せる。
「水の王国なら、俺ともだいぶ相性がいいんじゃないかと思ってやってきたんだ。それがいまや砂の王国になっているとは……いや、人がいないわけだからもう王国ではないのか」
グローリエルの思わぬミスによって、素直にどうしてここに来たのかを話していくミズキに、男は警戒心が溶けだしていく。
「特にここになにかを狙ってきたわけじゃなさそうだな……にしても、水の王国だなんて懐かしい名称を聞いたもんだ。俺の名前はコルドー。お前さんが言うようにここの守り手をしている。昔々、ここが繁栄していた時の王族の子孫だ。まあ、王族だなんていっても失われた王国だから、なんの効力ももたないがな」
ふっと懐かしむように笑ったコルドーはローブの中で剣に手をおいていたそれを外す。
「なるほど、当てずっぽうだったが適当でも何でも言ってみるもんだな。なあ、あんた王族の子孫っていうことは、なんでこの王国がこんな風になったのか知っているのか? 聞いた話だと元は水をたたえた美しい王国だということだったが……」
見る影もないこの惨状に、少しでも情報を得られればとミズキが質問をする。
「こんな国の滅びた理由を知りたいっているのか? 変わったやつだな……まあいい、ついてこい。ヒュー、行くぞ」
意外なものを見るようなコルドーは、何か親しげなものを呼ぶように声をかける。
するとそれに応えるように、外で見た鳥の魔物が翼をはためかせてコルドーの頭上を飛んでいた。
「……い、いつの間に!?」
なにもいなかった場所に突如現れたように見えたため、ユースティアはひどく驚いていた。
「――ん? ずっといただろ? まあ、こいつの擬態能力は高いからな。もしかしたらそれを発動していたから気づかなかったのかもしれない」
コルドーがそう言うと、ゆらりと羽根をはばたかせたヒューは再び力を発動して背景に溶け込んでいく。
「す、すごい!」
元々外で見た瞬間から気になっていた存在のため、ユースティアはヒューの能力を見るだけで興奮していた。
「こいつはフラージュバードっていってな、気配を消して周囲に溶け込むのが特徴なんだよ。ほとんど残っていないらしいけどな。こいつは、プレアディスの国鳥なんて呼ばれていて国が滅んだ時に大半が一緒に亡くなっていったらしい」
コルドーは少し悲しそうな表情で、再び姿を現したヒューの頭を撫でている。
(いわゆる絶滅危惧種ってやつか、というか国が亡びるだけでなく鳥まで絶滅の危機に瀕するとはよっぽどのことがあったんだろうな……)
硬い表情でミズキが考え込んでいると、コルドーはふっと笑う。
「こんな話をしても退屈だな。それよりさっさと行こう。せっかく来てくれたんだ。もてなしはできないが、飲み物くらいは出してやれる。こっちだ、ついてきてくれ」
コルドーは、ミズキたちとは別のルートを通って外に向かって歩いているようだった。
「へぇ……隠し通路ってやつか。これは一層あいつが王族の子孫っていうのに信憑性が出て来たな」
コルドーのあとをついていきながら、ミズキは亡びた王国の秘密がわかるかもしれない、とワクワクしているようだった。
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