第91話


 地上におりたところで、アークとイコはサイズを小さくしてそれぞれがミズキとエリザベートの肩に乗る。


「にしても、一体どうやって水がここまでなくなったんだ?」

 あたりを見回しながらミズキは難しい顔をして呟く。


 グローリエルの説明を聞く限りは、相当な量の水があったはずである。

それがここまでカラッカラに枯れるとなると、天変地異かなにかが起きたのだろうかとミズキは考えていた。


「人為的な可能性があるかもしれないですね」

 真剣な表情でミズキと同じように周りを見回すエリザベートは、『水の』王国がこのようになったことにひっかかりを覚えていた。


「あぁ、俺もそう思っていたところだ」


 上空から見ても、降り立ってからもかなり大きな国であったことがわかる。

 だからこそ、自然環境の変化だけでここまでなるとは思えなかった。


「普通なら対応を考えるだろうしな……」

 誰もいないプレアディスは砂に覆われているが、それがなければグローリエルが言うように美しい場所であったのだろうとうかがえるほどの街並みがあり、何も抵抗せずにこうなったとは考えにくいとミズキは思っていた。


 政治がおかしくなっていたなどの可能性も十分あるが、それにしてもこれほどの大国が滅びた理由にはきっと裏があるだろうと睨んでいるようだ。


「とりあえず、気になったものなんかがあったら教えてくれると……」

 ミズキがそこまで言ったところで、少し離れたところでユースティアが足を止めていることに気づく。


「どうかしたか……ん?」

 ぼんやりと空を見上げている様子の彼女の視線の方向を見てみると、そこには一羽の鳥がいた。

 美しい羽根を持つ鳥は涼し気な表情でじっと荒廃した建物の上に静かにとまっている。

 鳥、というにはかなり大きなサイズであり、恐らくは魔物だと思われる。


「くるる」

 変わった鳴き声の鳥の魔物は、ユースティアと視線が重なっているが、そこから動こうとはしない。


「あ、あの、鳥さん……」

 どうやら彼女はなにかを感じたらしく、ゆっくりと鳥の魔物へと近づいていく。

 その表情は期待と不安で揺れ動いており、逃げないでほしいという強い思いが感じられた。


(ふむ、ティアはあの魔物をパートナーにしたいのか)

 本人がそこまで考えているのかはわからないが、彼女がこれほどまでに魔物とコミュニケーションをとろうとしたのは初めてのことだ。


 ミズキがチラリとエリザベートを見ると、彼女も理解しているらしく静かに頷いて、ユースティアのことを優しい表情で見守っている。


「も、もしよかったら、お友達になれたら……」

 声が届く範囲内に入ったユースティアがそう言って懇願するように手を伸ばした瞬間、すっと目を細めた鳥の魔物は翼を大きくはためかせて飛び去ってしまった。


「あっ……うう……」

 それを見たユースティアは悲しげな表情でその場で立ち尽くし、ガックリと肩を落としていた。


「――いや、あれを見てみろ」

 下を向くユースティアに近づいたミズキが声をかける。


 彼が指をさした方向には、先ほどの鳥の魔物がいた。


「あれは俺たちをどこかに案内しようとしているのかもしれないな」

 鳥は離れた位置でまるで何かを知らせるようにくるくるとその場で回っており、視線はユースティアのことを捉えている。


「っ、行ってみよう!」

 しっかりと視線が合っていることで、再び胸に沸き起こる期待に胸を膨らませながら、ミズキたちの返事を待つことなく、ユースティアは走り出していた。


「行くぞ……それから”水覚”」

 追いかけると同時に、ミズキは水覚を発動してこの先になにがあるかを探っていく。


「はい!」

 エリザベートも置いていかれないように、すぐに走り出す。


 廃墟となった街中を抜けていき、どんどん進んでいくと、周囲と比べて大きな建物へと到着する。

 砂に埋もれて荒廃してはいるものの、どこか静謐さを感じさせる美しい建物だったのだろうと思われた。


「ここは、城か?」

「みたい、ですね」

 ボロボロではあるが、そこがこの王国の王族が住んでいた城であることは今でも推測できる。


 その建物の窓の一つから鳥の魔物は入って行った。


 さすがにこのまま追いかけるのは危険だと判断して、城の入り口のあたりで鳥が入っていった窓を見つめながら、ユースティアはミズキたちを待っていた。


「ティア、どうする?」

 ミズキは今回の行動に関しては、ユースティアに判断させるつもりである。


「えっと、中に入りたいけど……でもあの魔物が気になるだけで、それに二人をつき合わせるのは……」

 振り返ったユースティアはうろうろと視線を動かし、落ち着きない様子で言いよどむ。

 申し訳ない、そう思っているため、行きたい気持ちとは裏腹に、ユースティアはミズキたちに一緒に来てほしいと簡単には言えずにいる。


「気にするな。俺たちは家族だろ? よほどの無茶をしようとしたらさすがに止めるけど、今回はあの魔物が気になっていて、俺たちをどこかへと誘導しようとしているみたいだ。だから、ティアが望んでそれを追いかけたいなら、俺たちはもちろん一緒に行く」

 家族だと思っているユースティアが行きたいという気持ちを押し殺してほしくないと、ミズキはしっかりと目を合わせて断言する。


 この滅びさった国で、なんの情報もない今、なにかしらの手がかりが手に入るのであれば、危険性があったとしても進むのはむしろ望むところだった。


「そうですよ。私たちのことにつき合わせることもありますし、こういうのはお互い様です! それに……あの鳥さんとお友達になりたいんですよね?」

 ふわりと笑ったエリザベートもミズキの言葉を後押ししてくれる。


「二人とも……うん! 私はさっきの鳥の魔物のことがどうしても気になる! だから、一緒にきて!」

 二人の言葉にぱあっといつもの明るい表情に戻ったユースティアは、ミズキとエリザベートに向かって手を伸ばす。

 彼女の言葉に、二人は当然のように頷いて返す。


「ただ、慎重に行くぞ。中になにがいるかわからないし、あの魔物を使役しているのが善人とも限らない」

 どこに危険が潜んでいるのかわからない。

 ミズキは自分だけならまだしも、大切な家族である二人の女の子を連れている今はより慎重になっている。


「わかりました。いつでも魔法を使える準備をしておきます」

「う、うん、わかってるよ!」

 真剣なミズキの言葉を受けて、二人も気を引き締めていく。


「じゃあ、俺から行こう……――む」

 ミズキを先頭にして一歩足を踏み入れると、外と空気が違うことを感じる。


 ずっと使われずにいる建物であれば、空気がよどんでいるか埃っぽさが強いはずである。

 ここのような砂漠にある建物なら、屋内に砂が入り込んでいても不思議ではない。


「やけに床が綺麗だな」

 だがミズキのその言葉のとおり、ここは誰かの手が入って掃除されていることがわかる。

 鳥の姿は今のところ見えないが、外の荒廃からは想像できないほどきれいな城の内部はしんっと静まり返っていて、何かが待ち受けていそうな雰囲気をにじませている。


「どうやら、ただの魔物の巣という線は消えそうだ。となると、ここにいる人物に会わないと始まらないか」

 敵対するのか、味方なのか、そのどちらでもないのか。

 どの情報もないが、それでも三人は中に入っていくことを決めて、一歩一歩足を踏み出していった。



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