第90話


 アークとイコの背に乗りながら、エールテイル大森林を出発したミズキたち。


「うーん、やっぱ空は気持ちいいねえ!」

 エリザベートとともに、イコの背中に乗ったユースティアが風を受けて、そんな感想を口にする。


「ですねえ、イコさんのおかげで私もこうやって空を飛べるのでとても助かっています」

「ヒヒーン!」

 そんな言葉に気を良くしたイコが嬉しそうに声をあげる。


「俺もアークに初めて乗った時に同じようなことを思ったなあ。空を飛ぶなんていう体験、そうそうできるものじゃないから、貴重な経験だ」

 柔らかい表情をしたミズキもアークの背を撫でながら感謝の気持ちを伝えると、アークは嬉しそうに羽根を広げた。


 魔法で短時間飛行をする者もいなくはないが、こうやって長時間長距離の移動を行うことは難しい。

 ゆえに、通常は空を飛ぶのであればアークやイコのように、特別な魔物の背中に乗って移動するものだった。


「あーあ、私にも二人みたいにパートナーになってくれる魔物がいたらよかったのになあ……」

 心から信頼しあっている彼らを見て、ユースティアは唇を尖らせて不満を口にする。

 その言葉のとおり、彼女はエールテイル大森林で彼女とともにいてくれる魔物を見つけることができなかった。


 期間が三か月と短かったのもあるが、現在のエールテイル大森林にいる魔物で飛行できるのは凶暴な性格のタイプが多く、まともにコミュニケーションをとることもかなわなかった。


「まあ、あの森だとなかなか見つからないよなあ。俺は既にララノアが連れていたアークを横取りした形だし、イコだってたまたま森に迷い込んできたのをエリーが保護したからだから」


 つまるところ、エールテイル大森林の魔物では騎乗用には適していないということになる。


「はあ、残念だなあ……」

 ミズキとエリザベートがそれぞれの魔物とコミュニケーションをとって、自在に空を駆ける姿を見ている彼女は、ため息まじりにぼやいていた。


「でも、これから俺たちが向かう街の近辺だったらいい魔物がいるかもしれないぞ?」

 ミズキはそう言ってユースティアを励ます。


 水の王国ということなので、きっと食べ物も豊富にあって、多くの魔物がいることも期待できる。


 いったことのあるグローリエルの話ではとてもいい街であり、街の環境が良ければ街の周辺の環境もよく、温厚な魔物もいるのではないか? というのがミズキの予想だった。


「そう、だよね……うん! そこで一緒に旅してくれる魔物を探してみようかな!」

 希望が見えてきたため、ユースティアの先ほどまでの憂鬱な表情は吹き飛んで、いつもの笑顔が戻っている。


「地図を見た限りだとしばらくは飛んでいかないとだから、とりあえずはゆっくりと空旅を楽しもうじゃないか」

「はい!」

「はーいっ!」


 それから一行は、途中で地上に降りて休憩を何度か繰り返して、ついには海を越えていく。

 そして、目的の場所である水の王国プレアディスへと到着したのは五日後のことだった……。



 目的地が見えてきたはずなのだが、三人は地上に降りることなく、上空で待機している。


「えっ……?」

「これは……」

「…………」

 眼下の光景にミズキはシンプルに驚きを口にし、エリザベートはそれ以上の言葉が出ず、ユースティアは言葉が全くでてこなかった。


「俺たちは水の王国に来たはずだよな?」

「その、はずです……」

 困惑に満ちたミズキの問いかけに、あまりの驚きに固まるエリザベートはなんとか言葉を絞り出す。


「す……」

 一方で呆然としたユースティアはなにかを言おうと口を開いている。


「――砂ばっかじゃん!!!」

 彼女の大きな驚きの声は、全て砂に飲み込まれていった。


 彼ら三人は地図の場所に到着したが、眼下に広がるのは広大な砂漠だけだった。


 もしかしたら、周囲だけが砂地で王国の周辺だけは水が豊富にあるのではないかとも考えたが、王国のあった場所には経年劣化でボロボロの建物だけが存在しており、人の気配は感じられない。

 グローリエルが出してきた地図は少し古かったが、まさか島そのものの形態が変化するほどのものとは考えていなかった。


「とりあえず、周辺を調査してみるか。恐らくはこうなってからかなりの年月が経っているだろうが、せっかく来たんだし、なんでこんなことになったのか調べるのも面白い」

 自分の得意な地形の場所にやってきたはずが、正反対の水がほとんどない場所にたどり着いた。

 そのことをミズキは楽しんでいるようだった。


「あの、ミズキ……この状況だと魔法を使うのが大変じゃないの……?」

 いくらすごい水の使い手でも、水の気配そのものが感じられない砂漠地帯を前に、ユースティアは心配そうだ。


 海辺の街でもあったことだが、魔法には環境適応というものがあり、水辺では水魔法に優位に働く。

 だからこそ、海辺の町に続いて自身に有利な水の王国と呼ばれるプレアディスに行くのをミズキは最初渋っていたのだ。


 今回のように砂が多い場所では、土魔法に対して優位に働く。

 つまり、ここではミズキにとって不利な環境であるということになるため、それを危惧しているようだった。


「ははっ、普通に考えたらそうかもしれないけどな。俺にとってはこれくらいなんてことはないさ――”恵みの雨”」

 そんな心配を笑い飛ばすようにミズキが空に向かって魔法を放つと、周辺一帯に雨が降り注いでいく。


 乾ききった砂漠地帯にミズキの魔法によって恵みの雨がもたらされる。


「わ、わわ、すごいです!」

「大雨だあ!」

 その魔法を見たエリザベートとユースティアは感動していた。


 太陽に照らされて雨がキラキラと砂漠へ降り注いでいる。

 彼女たちには影響を及ぼさないようになっているため、虹が浮かぶその光景を二人は目を輝かせてみていた。


「水が近くになくたってこれくらいのことは簡単にできる。しばらくは砂に水が吸収されるだろうけど、それを過ぎればきっと色々なところに水がたまるはずだ」

 ミズキの言葉通り、事実今も雨の勢いは衰えることなく、降り注いでいる。


「これなら、この場所はミズキさんにとって優位に働く状態になりましたね!」

「うんうん!」

 この水を使えばミズキは簡単に魔法を起こすことができ、相手を圧倒することができる。

 それ以上にこれだけの水を場所を問わずに生み出すことができる力を持っている彼ならば、環境に関係なく魔法を行使できることを意味していた。


「ま、そういうことだから俺のことは気にしないで、色々と見て回ろうか」

 そう言ったミズキは、パチンと指をならして魔法を解除する。


 そしてそのままアークたちにプレアディスの近くに降り立ってもらったミズキたちは、かつての水の王国と呼ばれた国へと足を踏み入れたのだった……。

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