第三章 水の王国
第88話
そうしてユースティアが家族に加わってから、彼らは修業の日々を送っていた。
ユースティアが来るまでも相当厳しい修行を行っていたが、さらに自分たちを鍛えるために彼らは妥協を一切しないでエールテイル大森林で模擬戦闘や魔法についての議論を重ねていった。
「――そろそろか」
そんなとある日の修業の休憩時間に、まるで少しでかけるくらいの軽さでふとミズキがそう言った。
すぐそこではミズキの魔法を受けてAランクの魔物であるエールテイルワイバーンがミズキの魔法を受けて倒れている。
「はあ、はあ……! え、どこに?」
ユースティアは今まさに強力な魔法を放ったばかりで乱れる呼吸を整えながら、首をかしげる。
ミズキとはまた別の方向で倒れているエールテイルラビットは彼女が仕留めたものだ。
「次の街に、さ」
ユースティア以上に魔法を展開していたはずのミズキは息一つ乱さずに答えながら、空間から取り出したカップに水を注いで渡した。
「あ、ありがと……んー、おいし。――それで、次の街ってどこに行くの? やっぱり聖王都市ってとこ?」
以前、ミズキたちが話していたのを覚えていたため、ユースティアがその街の名を口にした。
「……いや、そこはやめておこうと思っている」
だが、緩く首を振ったミズキはやや厳しい表情でその言葉を否定した。
少し離れた場所で、ふわりとほほ笑んだエリザベートは同意の頷きを見せていた。
「どうして?」
しかし、理由がわからないユースティアは不思議そうに首をかしげている。
「ティアが引っ越しの荷物を選別している間に、俺たちはギルドの依頼のために出かけていただろ?」
ミズキのこの確認にユースティアが頷く。
ユースティアはミズキたちが冒険者として依頼をいくつか報告していたのを見ていたのを思い出す。
「その時に、本当にたまたまなんだが聖堂教会のやつに出くわしたんだよ。現在の雷帝ダーク=インゼルフにな」
「――雷帝っ!?」
予想していなかった答えに目を見開いた彼女は大きな声で反応してしまう。
それに驚いた鳥が、バサバサと翼をはためかせて近くの木から飛び去って行くのが見えた。
「俺も驚いたけど、確かに強者の雰囲気があった。一緒に白竜も連れていたし……あいつと敵対するのは今のところ避けておきたいと思ったくらいだ」
少し不満そうな顔をしたミズキは肩を竦めながら彼のことをそう評する。
ミズキは同じ年くらいの子供としては頭一つどころか何個も抜きんでているが、それでも雷帝と呼ばれるダークの格の違いを感じ取っていた。
「雷ということは……」
ごくりと息をのんだユースティアはチラリとエリザベートの表情を窺う。
同じ属性であることや聖堂教会の者ということで、なにか思うところがあるのではないかと考えていた。
「えぇ、そうですね――ダークさんはすごい方です。まだまだ私はあの方には届かない、遠い存在です」
当のエリザベートはさっぱりとした笑顔でそんな風に答える。
同じ属性を扱う者として、実力差があることをしっかりと認識している。
だからといって、卑屈になることはなく、いつかあの領域にまでたどり着くという気概を感じさせていた。
「それに……多分、ミズキさんなら届くと思います」
冷静に判断したうえで、彼女の評価ではミズキなら現状で同レベルで戦えると考えていた。
「まあ、それでも余裕というわけにはいかないだろうし、あの白竜の力も不明だから油断できない。それに、あいつらは大きな組織だから他の使い手を連れているかもしれないしな」
エリザベートの評価におごることなく、ミズキはさらりとそう言った。
自身がダークと敵対することになれば、仲間である彼女たちが他の聖堂教会の面々と戦闘することになる。
もしその中に、ダークと同等……つまり、帝位の者がいたら危険度は跳ね上がってしまう。
「つまり、私たちのレベルアップがさらに必要ということですね」
気合の入ったこのエリザベートの言葉を聞いて、ミズキはニヤリと笑う。
「そういうことだな――というわけで二人とも俺の攻撃魔法を防いでみろ!」
ここでミズキはいくつもの水魔法を放っていく。
それは不意を狙う急な発動だったが、その威力は並大抵のものではない。
ミズキの意のままに水がうねるようにして、エリザベートとユースティアへと向かっていく。
「いきます!」
「こおおおい!」
二人は不意の魔法攻撃に、動じることなく素早く対応した。
それは厳しい修行の成果といってもよく、それぞれ得意魔法を展開し、ミズキの強力な水魔法に対抗していく。
そうして彼らは日々色々な状況を想定して魔法の修業に励んでいたのだった……。
「というわけで、明日出発しようと思う」
いつものように修行を終えてからの夕食中に、ミズキは口を開いた。
エリザベートとユースティアは昼間のうちに話を聞いていたため、特に反応をせずに食事を楽しんでいる。
「――は?」
「え……?」
しかし、初耳であるグローリエルとララノアは、食事の手を止めて驚いていた。
「いや、だから修業もひと段落したからそろそろ旅に出ようと思う」
改めて先ほどの言葉に少々のつけたしをして、ミズキが再度旅に出ることを告げる。
大したことを言ったつもりのない彼は、次の一口を頬張っている。
「聞いてないぞ!」
「そ、そうです! そんな急に旅にだなんて……」
ミズキたちが帰って来たのが三か月前。
まさかこの短期間で出発するとは思っていなかったため、グローリエルとララノアは動揺している。
「いや、そのうちまた出るって話は帰って来た日の夜に話しておいただろ? まあそろそろかなって思ってたとこだったんだ。ティアは残していくから、グローが指導を……」
顔を上げたミズキはエリザベートと二人で出発するつもりだったらしく、そんなことを言うが、それで納得しないのはユースティアだった。
「嫌だ! 私も一緒に行くよ!」
食器を置くと勢いよく立ち上がったユースティアは顔を真っ赤にして口を尖らせ、断固とした決意で同行することを宣言する。
「ん? そうか、じゃあついてきてもいいぞ」
置いていくといった割には、それに対してミズキは特に反対しない。
「えっ、いいの?」
あっさりと了承してくれたことで、ユースティアは呆気にとられ、ぽかんと立ち尽くしている。
グローリエルに指導を受けろという言葉から、てっきり力が足りないから連れて行けないとでも言われるかと思っていたため、虚を突かれた。
「行きたいなら別にそうすればいいだろ。修業は移動しながらでもできるしな」
修業がまだ必要だと考えたからこその言葉だったが、彼女の気持ちを優先するために、あっさりと先ほどの言葉を覆した。
「や、やったー!」
「よかったですね!」
一緒に行けることに喜ぶユースティアとエリザベート。
二人とも修業の中で話をすることがどんどん増えていき、まるで本当の姉妹であるかのように仲良くなっていた。
だからこそ、二人とも一緒に旅に出られることを喜んで、手を取り合っていた。
「いや、だから、こんなに、早く……」
あまりに突然の展開にグローリエルは困惑しながらミズキたちを見る。
こんな短期間で再度出かけてしまうことに思うところがあったグローリエルだったが、喜んでいる二人を見ると言葉を飲み込まざるを得なかった。
「ま、可愛い子には旅をさせろなんていうことわざもあるし、俺たちなら大丈夫だ。グローたちは寂しいのに耐えるのを頑張ってくれ」
「ぐっ……」
ニヤリと笑って食事終わりの紅茶を口にしたミズキの言葉に、グローリエルの気持ちの全てが集約されていた。
うなだれるグローリエルが反対した最大の理由は、ミズキたちがいなくなると寂しくなるためだった。
明るく元気なユースティアが家族に加わったことで、この家がさらに活気づいたのは間違いなく、その時間を突然取り上げられたような気持ちを感じていたのだ。
それを見透かしたミズキだったが、自分の目的のために動くことを辞めない。
結局、グローリエルとララノアはなんだかんだ納得することになったが、ミズキはその代償に彼女たちの愚痴に夜遅くまで付き合うことになった。
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