第86話


 報告を終えたミズキとエリザベートは、無事に冒険者ランクが一つ上のEランクに認定された。


 そして、三人は街に別れを告げるとエールテイル大森林へと帰っていった。


「――それで、お師匠さんってどんな人なの?」

 ユースティアはエリザベートとともにバイコーンのイコの背中に乗って、ミズキたちに問いかけた。


 最初はなにも考えずにミズキがアークに乗っていくか? と提案したが、それはエリザベートによって止められることとなり、女子二人で一緒にいくことになった。


「うーん、一言で表すと……」

「表すと?」

 少し考え込んだ表情のエリザベートが一瞬タメを作ったことで、きょとんとした顔のユースティアはそのまま聞き返す。


「格好いい、がピッタリな方ですね」

 エリザベートは心からの笑顔で言い切る。

 彼女から見たグローリエルは、これまでに会ったどの女性よりもスタイリッシュで格好よかった。


「確かに、女であれは格好いいがしっくりくるかもしれないな。魔法のレベルはもちろん高い。魔力量もかなり多い。なにより、魔法の使い方がうまいし指導も的確――それから元風帝という肩書も強いな」

 ふっと優しく笑ったミズキが褒めていることで、ユースティアは納得がいったように自然とグローリエルへの尊敬の気持ちを抱いた。


 彼女から見ればミズキは相当な実力者であり、いずれ水帝になると言われてもなんら違和感はない。

 そんな彼が認めている相手なのであれば、それほどの人物であることなのは想像に難くない。


「ミズキがそんな風に言うなんて、本当にすごい人なんだね!」

「まあ、な。素直にグローはすごいよ。……でも、俺のほうがもっとすごいけどな」

 認めつつも、それでも自分のほうが優れていると主張するのを忘れない。

 ミズキは自分の水魔法は誰に否定されようと、誰よりも使いこなしている自信があった。


「ふふっ、確かにミズキさんはすごいですね。お師匠様よりすごいのは確かです。先ほど魔法の使い方が上手だと言ってましたけど、その言葉は確かにミズキさんのほうがピッタリはまると思います」

 そんなミズキのことを優しい眼差しで見ながらエリザベートは口元に手をやってクスクスと笑う。


 エリザベートは双方の実力を知っており、それを客観的に見られる立場にいる。

 そんな彼女は、冷静な目を持って判断して、その上で出した結論がこれになっていた。


「ふええ、師匠を越える弟子ってなんかすごいね。しかもミズキって私たちと同じくらいの年齢でしょ? それなのに、そんなにすごいだなんて……」

 感心したようにそこまで言ったユースティアは、先ほどまでの明るかった表情から一変し、俯いているように見える。


 あまりの実力差にガッカリしたのか、諦めたのか、辛いと思ったのか――心配したようにミズキとエリザベートは揃ってユースティアを見る。


「なあ……」

 もしかして心が折れてしまったか? とミズキが声をかけようとする。


「会うのが楽しみだね!」

 その心配に反して、パッと顔を上げたユースティアの表情は晴れやかだった。


 ミズキとエリザベートは相当な使い手である。

 その師匠が教えてくれるなら、自分も成長できるかもしれない。

 しかも、彼女と同じ風属性となれば、否が応でも期待が高まっていく。


「ははっ、そういう考え方はいいな。きっとティアだったら成長できるはずだよ。きっとグローも気に入るだろうな」

「ですね! ララノアさんも気に入りそうです!」

「あっ……そういえば、ララノアもいたな」

 あまりにもいるのが自然すぎてミズキは姉弟子である彼女のことを失念していた。


「ララノア、さん?」

 初聞きの名前に、目をぱちくりとしたユースティアが首を傾げている。


「あぁ、俺とエリーの姉弟子にあたる人だよ。光属性の魔法の使い手で、色々とおっちょこちょいなんだけど、まあそれなりには魔法が使えると思う」

 遠慮なくミズキは魔法の実力と気になる部分をズバズバとあげていく。


「そ、そんなことは……! ララノアさんはすごくいい人ですよ!? 料理も上手だし、優しいですし!」

 先ほどのグローリエルの時と比べると明らかに劣っていそうな雰囲気を醸し出したミズキに慌てたエリザベートは、何とか印象を良くしようと思いつくままにフォローする。


 性格面や日常生活に関してララノアはとても良く気が利くし、聖母のように優しいと思っているため、誤解されてほしくなかった。

 しかし、彼女も魔法に関してはミズキやグローリエルや自身より劣ることは否定できず、こんな言い方になってしまっていた。


「ふふっ、だいじょーぶ! いい人なんだなあってことは、よーっく伝わったよ! えへへ、会うの楽しみだなあ」

 まだ二人の言葉上でしか知らないグローリエルとララノアのことを思い、ユースティアは嬉しそうに笑う。

 ミズキが来るまでずっと一人で過ごしている時間が多くて寂しさを感じていた彼女は、一気に増える仲間の存在に胸が温かくなっていた。


「まあ、みんな俺の家族みたいなもんだ。エリーにとってもそうだし、きっとあの二人もそう思ってくれているはずだ。だから、ティアも同じになるはずさ」

 楽しみにしてくれていることはミズキにも伝わり、優しく笑った彼はそう言い切った。


 これはミズキの中にある確信だった。

 前世の記憶とこれまでの経験から、ミズキは人を見る目に自信があった。

 だからこそ、彼女のことを誘ったわけだが、彼らの実力を知っても前向きでいられる彼女を見て、一層確信を深めていた。


「お、そろそろ見えて来たぞ。あそこが俺らの実家がある、エールテイル大森林だ」

「ちょっとしか離れてませんでしたけど、やっぱり帰って来た、って感じがしますね!」

 二人はずっと住んでいるこの森のことを、帰るべき場所と認識しており、こここそが二人の故郷、実家になっていた。


「ここが噂のエールテイル大森林……」

 しかし、初めて来たユースティアはここにきて緊張を露わにしていた。


 ずっと魔の森と聞いていたエールテイル大森林。

 自分よりもずっと強いメンバーが一緒にいるとわかっていても、なんとなく身構えてしまっていた。


「あ、あの、強い魔物がたくさんいるんだよね? だ、大丈夫かな?」


 ミズキやエリザベートは、そんじょそこらの魔物に負けないほどの実力を持っている。

 それぞれにアークとイコという彼らのパートナーもいる。


 それに比べて、実力が劣り、パートナーもいない彼女はこの森で暮らしていくことに不安を覚えていた。


「ん? 今更怖くなったのか?」

 エリザベートにぴったりとくっつくようにして辺りを見回すユースティアをからかうようにミズキはニヤリと笑う。


「なんか、さっきまでは平気だったんだけど……こうやって実際に森を見ると、他の場所とは明らかに違うなって感じがして……」

「わかります!」

 そんな不安に同意したのはエリザベートだった。

 彼女も初めてミズキに連れて来られた時に同じ思いを抱いていた。


「でも大丈夫ですよ! 私たちが普段住んでいるおうちの周りにはグローさんによって結界が展開されていて、基本的に魔物は近づけないようになっています。悪意のない魔物や動物は入ってきますけど、みんないい子たちですから!」

「そうなんだ……!」

 エリザベートは自身が以前に教えてもらって安心した材料を、ユースティアにも教えていく。

 少しずつユースティアの顔から緊張感が薄れているのが見て取れた。


「怖いと思うことは何も悪いことじゃない。あそこで修業していけば、普通に暮らしていけるようになるはずさ。ティアだったら環境に適応できる……だろ?」

「うん……うん! ようっし、頑張るぞ!」

 叱咤するようなミズキの言葉に気合の入ったユースティアはパチンと頬を軽くたたいて気合を入れると、ゆっくりと降り立つイコの背を降りて、グローリエルたちが待つ家へと足を踏み出していった――。


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