第85話

「――ぷはあ! なんだあれは! 魔力もそうだが、そこにいるだけで威圧感がやばすぎだろ!」

「――あ、あの人は、現在の雷帝ダーク=インゼルフです……!」

 ミズキの陰で怯えた表情をしていたエリザベートはダークの正体を知っていたらしく、今にも泣きそうな顔でぶるぶると震えていた。


「雷帝? それにしては浄化とか言っていたし、それに神聖な魔力が……」

 そこまで言ったところでミズキはハッとしたような表情であることに気づいた。


「――この魔力、あいつの魔力じゃないな」

 ダーク自身も強力な魔力を持っており、それを威圧感として感じていたが、冷静に感知してみると彼と空間に充満している魔力では質が違っていた。


 ミズキの言葉に胸のあたりでぎゅっと手を握ったエリザベートが硬い表情のまま頷く。


「はい、恐らく彼が使ったのは魔物を浄化させる聖遺物の一つだと思われます。聖堂教会にはいくつかの聖遺物がありまして、それはかなり強力な力を持っていると聞いています」

 そこに所属していたからこそエリザベートはこの情報を持っている。


 しかし、それを聞いたミズキは天を仰いだ。


「はあ、そいつは面倒なことになったもんだ。まさか、魔族が所属している団体が、強力な聖なるアイテムを所有しているなんてな……」

 自分たちの弱点となる武器を占有しておくことで、外部の人間に使用される危険性を排除していると推測できる。


「しかも、それだけのものを持っているとなれば、聖堂教会は周囲から認められるだろうな。今回の状況を見てもその聖遺物の効果はとんでもなさそうだ」

 思わぬ形で聖堂教会のものと接触したが、ここにくるまでの経験からその効果を想像して、やれやれといった顔でミズキは肩をすくめる。


 二人がこの先活動していくうえで、聖堂教会は恐らく避けては通れない敵になるはずである。

 そのことを考えると、規模が大きく、力も持っている彼らのことを危険視せざるを得なかった。


「……にしても、さっきは止めてくれて助かったよ」

 ふっと笑ったミズキは改めてエリザベートに向き直る。


「えっ……?」

 だが彼女はなんのことなのかわからず、きょとんとした顔で聞き返してしまう。


「いや、俺が名乗りそうになった時に、服を引っ張ってくれただろ?」

 ミズキが急遽名乗るほどのものじゃないと答えたのは、エリザベートがダークの正体に気づいて止めてくれたからだ。


「あ、そうでしたね。ほとんど意識しないでやってました。同じ雷属性で、憧れていたので覚えていたんです……」

 ここでエリザベートは暗い表情になる。

 そんな憧れの人と敵対する状況にあることは、やはり彼女に暗い陰を落としていた。


 もともと聖堂教会に所属しており、将来有望だと思われていた彼女であれば、相手も名前を知っているかもしれない。


 そうなると、前回のセグレスとのことも追及される可能性がある。


「あぁ、あそこで俺が名乗って、エリーのことも口にしていたら、あの瞬間から戦闘になっていた可能性も高い。それを無意識でも何でもエリーのおかげで回避できたのは助かったよ――ありがとうな」

 名を告げることによって起こる問題のことを考えたら、彼女が動いてくれたことは大きい。

 改めて礼を口にして、ミズキが頭を優しく撫でていく。


「あっ……うぅ、ちょ、ちょっと恥ずかしいですけど、お力になれてよかったです……!」

 エリザベートが顔を真っ赤にしているのを見て、ミズキはくすっと笑ってから手を離す。


「さてと、薬草も集め終わったから戻るとするか。いつまでもうろうろしていると、またダークに会うことになるかもしれないからな」

「あ、はい!」

 ここには冒険者として依頼を受けてきたことを思い出したエリザベートは薬草を抱え直して慌てて返事をする。


 こうして二人は全ての依頼を達成して冒険者ギルドへと戻っていく。






 ギルドに入ると、そこにはユースティアが待っていた。


「おかえり! 二人とも早かったね」

 ひらひらとミズキたちに手を振るユースティアは、彼らがここへ戻ってくるだろうと予想して時間をつぶしているようだった。


 時間にしてみれば、2時間程度であるため、全ての依頼をこなすことを考えるとかなり早い帰還になる。


「ティア、来ていたのか。準備はできた、みたいだな……?」

 最初家のものを一切合切持っていくのかというほどの荷物を出していたユースティアも、時間をかけてできるだけ減らしたようであったが、それでもかなりの大荷物だった。

 エールテイル大森林にある家に収まるかどうかはわからないほどの荷物だったが、それでも厳選した荷物だからかとミズキは頬を引くつかせながらも突っ込むことはしない。


「うん、もう帰ってこないと思って。ここは故郷だけど、もう家族はいないから、大丈夫」

 どこか大人びたすっきりとした表情のユースティアはそういってさっぱりとした笑顔を見せる。


 ずっと過ごしてきたからこそ、未練や名残惜しさはある。

 しかし、それでも前を見ていくには、それに引っ張られていては進めないと考えて吹っ切っていた。


「そうか……まあ、いつでもとは言わないが、帰ってくることはできるさ。なにせ、俺たちが来たくらいだからな」

 エールテイル大森林からここまでは、空を飛んで来ればさほど距離は離れていないため、ユースティアが帰りたくなった時に連れてくることは容易だった。


「うーん、でも戻ってくることはそうそうないかな。多分新天地で頑張ることで精一杯だと思うし……それに」

 ぱっと立ち上がったユースティアはミズキとエリザベートを見て、ニコリと笑う。


「もう、一人じゃないからね!」

 そう言うと、両手を大きく広げたユースティアはエリザベートにむぎゅっと抱き着く。


 両親が亡くなってから、彼女はずっと一人で暮らしていた。

 だから、誰かと一緒に暮らすことを楽しみにしていた。

 ユースティアの気持ちを察してか、抱き着かれたエリザベートは聖母のように優しく微笑んでいる。


「あー、まあそうだな。俺とエリーとティア、それにあそこにはグローとララノアがいるからな。それに、アークとイコもいるしな」

 ミズキが言うと、アークとイコもそれぞれの主人の肩で小さく震えて見せる。


「いいなあ、二人みたいにそういうお友達ができるかな?」

 アークとイコの存在をうらやましく思ったユースティアは、自分もアークとイコのような獣魔がいたらなあと憧れていた。


「どうだろうな、グリフォンとかバイコーンみたいな珍しいやつがいるかはわからないけど、力を示せば仲良くしてくれるやつはいると思うぞ」

「ですね!」

 事実、エリザベートは実力がついてきた時にイコが襲われているのを助けることで繋がりを持つこととなった。


 そして、あの森には多くの魔物が生息しており、今でも外からやってくることがある。


 だからこそ、きっとユースティアと相性のいい魔物もいるだろうと考えていた。


「えへへ、すっごい楽しみ!」

 ユースティアはそれをきいて、今日一番の笑顔を見せた。


「さて、それじゃ家に帰る前に報告してくるか」

「はい」

 二人の達成報告をシーリアがいまかいまかと待ち受けていた……。


―――――――――――――――――――

【後書き】

本日12月1日に、書籍版の1巻が角川スニーカー文庫より発売です!

ぜひぜひお手にとって頂ければと思います!

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