第84話


 しばらく薬草集めに集中することにしたが、それでもこの空間の異常性に気がそぞろになる。


「なあ、少し慣れてきたけど、やっぱおかしいよな?」

「はい……」

 必要量以上の薬草を集め終えた二人は、そろって訝しげな顔で改めて周囲を見回していく。


 このあたりの植物の成長は著しく、薬草もかなり広範囲に生息していた。

 それも、この異常なまでの多量の魔力量が関係しているのは想像に難くない。


「……少し、探ってみるか」

 ミズキは魔力を集中させて、広範囲に水覚を展開していく。

 成長した彼の持つ魔力量は、帝位と比較しても遜色ないほどに増えているため、一気に広がっていった。


「………………」

 ミズキは目を瞑った状態で感覚をいつも以上に研ぎ澄ましていく。


「っ……!?」

 しかし、すぐに目を開いてその場から飛びのいた。


「ど、どうしました?」

 急に動いたミズキに驚いたエリザベートは目をまんまるにして彼を見る。


 ミズキは必死の形相で、森の奥に視線を向けている。その額には汗が浮かんでいた。


「触られた」

「……えっ?」

 なにを言っているのか理解できないため、エリザベートは思わず聞き返してしまう。


「信じられないことだが、水覚を触られたんだ……――しかもおそらく意識的にな」

 ありえないものを感じ取った嫌な感覚に気持ち悪くなりながら、ミズキはそうつぶやく。


 水覚は、微細な水が物や人に触れることで状態を確認するものである。

 それを反対に触られたとあれば、ミズキが驚いてこんな表情になってしまうのも理解できる。


「で、でも、そんなことが可能なのでしょうか?」

 ミズキの魔法に干渉してくるものがいることが信じられないエリザベートは、不安そうな顔で質問を投げかける。


「わからない、だがそれをされたのは事実だ。そして、そんなことをしたやつの正体がわかるぞ……」

 真剣な顔でそう答えながらもミズキは視線を動かしていない。

 水覚に引っかかったそのものの動向を見逃すまいと、森の奥の方をずっと注視していた。


 しばらくの沈黙、自然に流れる風が通り抜ける音だけがサワサワと聞こえる。

 それはまるで嵐の前の静けさのようで、何かがいるとわかっているからこそ、静寂が不穏なもののように感じられた。


「――きたぞ」

 警戒しているミズキの言葉のとおり、ソレは姿を見せた。


 ゴソゴソとミズキたちの前の草むらが揺れたかと思うと、ひょっこりと顔を出したのは小さな竜だった。


「えっ? 小さな、竜?」

 エリザベートは見たままを口にする。


「白竜……レア、というか聞いたことがないな」

 想像していたよりも小さな存在が目の前に現れたことで、一瞬ミズキは首をかしげながらも記憶をたどる。


 魔物についての話は、師匠であるグローリエルから色々と習っている。

 もちろんドラゴンの話も聞いていたが、その中に白い竜の話はなかった。


「きゅー」

 姿を見せた白竜は小首をかしげながら可愛らしく鳴いて見せる。


「か、かわいい!」

 かわいらしいしぐさを見せる小さな白竜に魅了されたエリザベートはふらふらと近づいていこうとする。


「おっと、ストップ」

 ミズキはそんな彼女の肩に手を置いて止めた。

 その表情はエリザベートとは打って変わって真剣なものだった。


 そして小さな白竜だけじゃないような予感を覚えたミズキは、二人の周囲に水の障壁を展開している。


「ミ、ミズキさん?」

 悪意を感じない相手にここまでする必要があるのか、とエリザベートは首を傾げている。


「あぁ、わかっている。あいつは恐らく俺たちに敵対するつもりはないはずだ。だがな、あの小さな白竜がいるだけで、これだけの魔力を発すると思うか?」

 彼女の表情から言いたいことを理解しながらも続けたミズキの言葉に、ハッとしたエリザベートは周囲を見回していく。


「――んー? おやおや、これは可愛らしい旅人? いや、迷子でしょうか? とにかく、お二人とも可愛らしいですねえ」

 白竜のあとを追いかけてやって来たのか、のんびりとした口調の白い法衣をまとっている男性が現れた。


 金髪碧眼、長い髪を後ろで結っている。傍目は優しく穏やかそうな雰囲気だが、その割に彼に隙はない。

 法衣には見覚えのあるマークが刺繍されている。


「聖堂教会……」

 エリザベートはそれを見た瞬間、硬い表情でぼそりとそうつぶやいた。


 彼女が以前所属しており、魔族のセグレスも所属していた聖堂教会。

 特徴的なマークは他ではありえないものであるため、この男は聖堂教会に所属している人物であるとわかる。


 近くにきてさらに強くなった感覚にミズキは確信した。

 先ほどから感じている大量の神聖な魔力というのは、この男が発しているものだと。


「おぉ、聖堂教会を知っているんだね? いやあ、こんな場所で知名度を実感するなんてねえ」

 大げさに手を広げてゆったりとした口調のまま気安く話しかけてくる男は笑顔を絶やさない。


 ただの冒険者であれば、聖堂教会という肩書きに安心して、彼の笑顔に心を許してしまっているところである。


「このあたりに充満している魔力の原因はあんただな。なんの目的でこんなことをしたんだ?」


 しかし、ミズキはそのどちらにも揺らぐことなく、警戒心を解くそぶりを見せない。

 エリザベートも同様であり、今では白竜への興味を失っており、警戒と不安の表情でミズキの後ろに隠れるようにしている。


「あー、これねぇ。このせいで君たちを怖がらせてしまったかなぁ? いや、実はこのあたりでおかしなことが起きているというので様子を見に来たんだよ。で、少し僕の力でこのあたりを浄化してみたんだけど……ちょっとやりすぎたかなあ」

 明らかに警戒されているのを感じ取った男は困ったような笑みを浮かべながら説明する。


 だが少し、というレベルを明らかに超えているこの状況に、ミズキもエリザベートも険しい表情で彼を見ている。


「あ、あはは、ダメかあ。まあ、問題は私が来る前に解決しているみたいだし、そろそろ帰るつもりだから、浄化の痕跡に関しては目を瞑ってもらえると助かるかな」

 警戒を解かれないのを察した男は苦笑交じりでお願いをするように手を合わせて小さく首をかしげる。


 この言葉にも、二人は無言で警戒を続ける。

 しかし、さすがにこれではらちがあかないため、エリザベートをかばい、警戒し続けながらミズキが口を開く。


「それで、あんたは聖堂教会の誰なんだ? これだけのことをやれるっていうことは、相当な実力者なんだろうが……」

 硬い表情のままのミズキが質問してくれたことを嬉しく思ったのか、男はぱあっと笑顔になる。


「ははっ、そういえば名乗ってすらいなかったねえ。私の名前はダーク、ダーク=インゼルフだよ。実力者かどうかはわからないけど、それなり以上には魔法が使えるとは思っているよ。よければ君たちの名前も聞かせてもらえるかな?」

 小さい子供に言い聞かせるような優しい口調でダークはあっさりと名を明かす。


 彼の言葉にミズキは名乗ろうとするが、口を開いたところで言葉が飲み込まれる。


「……名乗るほどのものじゃないさ。子どもが薬草とりに来ているだけだから、俺たちのことは忘れてくれていい」

 先ほどまで言いそうな雰囲気があったのにもかかわらず、名乗るつもりがないという意思表示に、ダークは虚を突かれてしまう。


「ふふっ、まあいいよ。今回は私が迷惑をかけたみたいだからね……ではもう行こうかな。それじゃあ、またねぇ」

 ふっと表情をやわらげたダークはそれ以上追及することなく、白竜を優しく抱き上げ、ひらひらと開いている方の手をミズキたちに振ると、一瞬光を放ってから姿を消した。


―――――――――――――――――――

【後書き】

明日12月1日に、書籍版の1巻が角川スニーカー文庫より発売です!

ぜひぜひお手にとって頂ければと思います!

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