第82話


 ミズキが作業を終えた後、しばらくしてエリザベートと職員が戻って来た。


「「えっ?」」

 二人の口から漏れたのは驚きの一言だった。

 地下水道は驚くほどに綺麗になり、まるで新築のようであった。


 先ほどまでも光景を目にしているだけに、ビフォーの状態が記憶に焼き付いており、アフターと比較して変わりすぎていることに驚いている。


「お、掃除は大体終わったよ。魔物も倒したのであとは汚れがつかないようにコーティングしておくか」

 二人が来たことに気づいたミズキは少し首だけで振り返ってそう答えると、再び地下へと目を向け、壁に手を当てて魔力を集中していく。


「”水覆”」

 魔力の込められた水でワックスがけをするように下水の全てを覆っていく。

 手をあてた場所からそれが広がっていくのが見て取れるため、エリザベートたちは口をあんぐりと開けて固まっていた。


「…………これで、本当に完了だ」

 下水は街の地下に広がっており、それは歩いて回るだけでも丸一日以上かかってしまう。

 それを、完全に清掃し、魔物も駆除し、更には今後のことも考えてコーティングしていた。


 それゆえにかなりの魔力を消費しており、さすがのミズキでも少し疲れの色が見える。


「ミズキさん! だ、大丈夫ですか?」

 顔色が悪くなっているミズキに気づき、慌てて駆け寄るエリザベートに、ミズキは手で大丈夫だと合図する。


「少し疲れただけだ。ちょっとここ数日強力な魔法を連発していたからな。ここでも気張りすぎたよ」

 身体にぐっと襲い掛かる倦怠感に、ミズキは少しやりすぎたと自分でも反省して苦笑する。


「それで、下水の清掃はこんなもんでいいか?」

 結局のところ依頼主が納得するかどうかであるため、ミズキは彼に確認をとった。


「あ、あぁ、こんなもんでいいなんてもんじゃない! 最高だ! 想像の何百倍もすごいことをやってくれたよ!」

 予想以上の結果を見せつけられた職員は鼻息荒く興奮しており、大きな身振り手振りを加えて感動を表している。


「よかった、これで一つ目完了だ」

「君たち本当にFランクかい? こんなことAランクの冒険者でもできないんじゃないか?」

 あまりの出来に思ったことを素直に口にする職員だが、それは的を射ていた。


 ここまでの清掃を短時間で行うには前提として相当な魔力量が必要であり、それを攻撃や回復以外の、こういったこまごましたことにまで使える必要がある。

 更につけ加えると、細かい魔力操作の難易度は高く、下水内の状況を感知する能力も求められることになる。


 それらができる人物は冒険者の中でも限られてくる。

 魔力量だけで言うならそれなりのものもいるかもしれないが、そういった者は細かい操作が苦手であったりするためだ。


「それじゃここに署名を頼む」

 そう言ってミズキは依頼書を提出する。


 ギルドで受けた依頼は、依頼者から署名をもらい、完了の証となる。


 これまでいろいろあったが、こうやって依頼完了したのは初めてで、やっとEランクに一歩近づいたとミズキは感じていた。


「それじゃ、俺たちは次の依頼にいかないとだから、じゃあな」

「失礼します」

 依頼が終わったため、ミズキは軽く会釈し、エリザベートは笑顔で頭を下げて地下を出ると次の依頼場所へと向かった。


 次の依頼は倉庫の掃除だった。

 依頼主の人族の男性は申し訳なさそうに鍵を開けると、ミズキたちに片づけが終わったら教えてほしいといって戻っていった。


 ここに関しても、ミズキの水魔法が大活躍する。

 それなりの大きさの倉庫の中に所狭しとごちゃごちゃに詰め込まれていた荷物はいったん収納して中を一斉に清掃する。

 倉庫に入っている物品、床、天井、壁の清掃は今回も全てミズキが担当して、ピカピカに磨き上げていた。


 それは綺麗になった倉庫の手前のところに並べられ、長い間倉庫に押し込められていた品だとはだれが見ても想像できないだろう。


「それでは、片づけは私が担当しますのでミズキさんは休憩していて下さい」

 腕まくりをしたエリザベートは笑顔で自分の出番だと気合を入れる。

 細身の女性ながら肉体面も修行で強化されているエリザベートはそれらをどんどん運んで整理していく。


「おぉ、すごいな」

 その様子を座り込んで眺めていたミズキは感心していた。


 自分だけだったらどう片付けたものか悩んでしまう状態にあったが、エリザベートは聖堂教会時代にも古い資料を整理する経験があったからか、手際よくそれらをわかりやすく分類して陳列していた。

 ただ物を整理して収納するだけでなく、ラベルを貼ることで中に何があるかわかりやすくして、重いものは下に、軽いものや落ちても壊れにくいものは上に配置していく。


 さすがにこれだけのことをすると時間はかかったが、三時間程度で全て完了となった。



「これで、いかがでしょうか?」

 確認にやってきた依頼主は、倉庫を見て固まってしまう。


 倉庫内の掃除を頼んでいたはずだったが、外装も綺麗に掃除されていた。

 倉庫の周囲に生えていた雑草も綺麗さっぱりと抜かれており、つるりと綺麗になった倉庫を前にして呆気にとられていた。


「外はおまけみたいなものだ。それよりも、中を確認してくれ」

 そっち次第で、評価がかわることを考えてミズキはまだ呆然としている依頼主の背中をトンっと押して、中にはいらせた。


「こ、これは、本当に私の倉庫ですか……?」

 思わずそんな言葉が漏れ出るほどに、以前とは全く別の場所になっていた。


 埃どころか、塵一つないほどに綺麗になっており、空気も澄んでいる。


 所せましに詰め込まれていた置かれた荷物は、全てキラキラと輝いており、しっかりと磨き上げられていることが見てとれる。

 それも、箱にインデックスが貼られて分類分けされることで探しやすくなっていた。


 開始前に依頼主が二人に言った言葉は『それなりに綺麗に片付けてくれ』という、どうにも曖昧なものだった。 

 最初は気を付けて詰め込んでいた依頼主はどんどん物が増えていくにつれて片づけを怠り、どこになにがあるのかわからないほど荷物であふれかえらせてしまっていた。

 それゆえに片づけといっても少し綺麗になればいいと思っていただけに、その結果としてこれが提示されては何も言えなくなる。


「これはあんたの倉庫で間違いない。それで、完了でいいのか? なにか不満があれば、やりなおすぞ?」

 少し休憩して魔力が回復していたミズキは問題があれば対応すると言う。

 今は特別大きな問題には巻き込まれておらず、追加作業に時間を割く余裕があるがゆえの発言であった。


「い、いやいや、これで不満なんて言ったら罰があたってしまいますよ。この倉庫を見たら、きっと依頼が殺到しますね! 正直、少し片付けてくれれば満足程度にしか期待していなかったのですが……これほどまでの結果になるとは……」

 不満一つなかった依頼主の男性は、大げさなほどに手と首を振ってミズキの言葉を否定する。

 そのあと改めて倉庫の中を確認した依頼主は、何度確認しても信じられていない気持ちが湧きあがってきており、嬉しさと驚きと夢心地が同居していた。


「それじゃ、これに署名を頼む」

 ミズキは彼が満足しているのが確認できたので、署名用の書類を手渡す。


「了解です。いやあ、こんな仕事をして下さるなら、もっと早く頼めばよかった。いや、それだとあなたがた以外の人が受けることになったのでしょうかね?」

「かもしれないな。俺たちがここに来たのは数日内の話だしな。よし、これで二つ目完了だ。エリザベート、次に行くぞ」

 ミズキは依頼主の質問に簡単に答えると、次の依頼に目を向けていた。


「はい、それでは失礼します」

 すでに動き出したミズキを見たエリザベートは依頼主の男性に頭を下げた後、慌てて追いかけ、二人は次の依頼に向かって行った。




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