第80話


「多分やってると思うんだけど……あ、やってるっぽい!」

 先を歩くユースティアがちょうど目的の店にたどり着くと、店員が看板を外に出しており、店が開くのは間違いない様子だった。


「あら、ティアちゃん。来てくれたの? 今、店開けたところだから入って入って!」

 顔を上げて明るい笑顔を見せた店員は猫の獣人で、ユースティアとは顔見知りであるようだった。

 さわやかな青系のエプロンとバンダナが良く似合っている。


「ありがと! 今日は、あと二人いるんだけどいいかな?」

「あら、お友達かしら? もちろん大歓迎よ。今日は美味しい魚が仕入れられたから、うちの人も張り切っちゃって! さあ、お二人も入って下さいな!」

 この店も客が来ない間、一時的に休店しており、やっと開くことができるとあって、店員の彼女も大張り切りだった。

 ミズキたちにも人懐っこい笑みを見せて店内へと促してくれる。


「二人とも入ろ! このお店は私がよく通っているお店で、お魚料理がすっっっっっっっっっっっごく美味しいんだよ!」

 きらきらとした笑顔でユースティアがためを作って紹介するほどに、この店は彼女のお気に入りであり、久しぶりに来られたことを彼女も喜んでいるようだった。


「これは期待できるな」

「楽しみですね!」

 先に入ったユースティアを追って入る二人も、今から楽しみだった。


 まだ開店したばかりで再開初日とあってか、他の客は開いていることを知らないようで、客はミズキたち三人だけである。

 店内は海辺の街の店らしく涼しげな青系統の家具でそろえられており、明るく爽やかな雰囲気が感じられた。

 奥の調理場からは支度をしているであろう音が聞こえてくる。


「はい、いらっしゃいませ。今日のメニューはこちらのお魚の煮つけのセット、お魚の煮込みセット、海鮮丼のセット、お刺身セットの四つです。いいお魚が入ったのだけれど、他の材料がまだなかなか入らなくてこれだけなんですが……」

 店員は申し訳なさそうな表情をするが、ミズキはこのメニューを見て、刺身というものがこのせかいにもあるということに衝撃を受けていた。


「私は煮込みのセットでお願いします」

 エリザベートが選んだのは煮込みのセット。

 こちらはアクアパッツァのような料理をメインに据えた定食である。


「んー、じゃあ、私は煮つけのセット!」

 この店の常連であるエリザベートはいつも頼んでいた料理を選んだ。

 こちらは魚を甘辛く煮た料理をメインとした定食となる。


「海鮮丼のセットで! できるなら、単品で刺身も!」

 まさか生の魚がこちらの世界でも当たり前のように出てくるとは思ってもおらず、ミズキは逸る気持ちを抑えつつも、やや早口で注文する。


「うふふっ、大丈夫ですよ。それでは、煮込みのセットが一つ、煮つけのセットが一つ、海鮮丼のセットにお刺身が単品で一つですね。それでは少々お待ち下さい」

 ミズキたちが頷いたのを見て、嬉しそうにほほ笑んだ店員はすぐに厨房に注文を伝えに行く。


「ミズキさんすごく嬉しそうですけど、そんなにお腹が減っていたんですか?」

 空腹から、注文を急いだと思ったエリザベートが心配そうに問いかける。


「あー、いや、空腹は確かにそうなんだけど、それ以上に生の魚が出てくるとは思ってもみなかったものでな……」

 そこまで言って、期待に胸を膨らませていたミズキはある嫌な予感を覚える。


(刺身ということに興奮して忘れていたが……醤油、醤油はあるのか? ワサビは?)

 日本であれば、刺身を食べるときにそれらを使用することが多い。

 しかし、どちらも日本独自のものでありこちらの世界に同じものがあるかはわからない。

 使わない人もいるが、ミズキはわさび醤油で食べるのが自分の中の定番であったため、不安に襲われた。


 ここからのミズキは上の空のまま料理を待つこととなる。


 料理を待つ間、エリザベートとユースティアが話を振ってくるが、曖昧な返事をするだけに留まる。


「はい、お待たせしました!」

 しばらく待っていると、料理が店員によって運ばれてくる。

 ずっと上の空だったミズキは待ちに待った料理を運んでくる女性店員のトレイに視線が釘付けになっていた。


「やったー! うーん、いい匂い!」

 最初に置かれたのはユースティアが注文した煮つけ料理だった。

 温かな湯気がふわりと漂い、それに合わせて美味しそうな匂いが鼻をくすぐってきて、食欲を強く刺激する。

 慣れ親しんだ匂いにユースティアの表情はふにゃりと溶けた。


「あと、こちらもどうぞ」

 次の料理に視線を向けるが、こちらはエリザベートが注文したものだった。

 ユースティアのとは違う調理法がされているが、こちらも先ほど同様においしそうである。


「わあ、すっごく美味しそうです!」

 目の前にきたおいしそうな料理にエリザベートは自然と笑顔になり、喜びが前面にでてきていた。


「お客さんも今持ってくるので、少々お待ち下さいね」

 ミズキが待ち遠しくしているのを感じ取った店員が笑顔で一声かけてから、厨房に戻って行った。


 いよいよ、ミズキが注文した料理が運ばれてくる。


 先に届いている二人は空腹の限界らしく、ミズキに断りを入れて先に手をつけていた。


 そんなことは、ミズキは全く気にしていない。

 それよりも、海鮮丼の味付けや刺身はどうやって食べるか――そこにだけ意識が集中している。


「はい、それでは海鮮丼のセットとお刺身単品です。大変お待たせしました」

 彼女の言葉と同時にテーブルに置かれた料理を見たミズキはホッとした表情になる。


「よし、これは期待どおりだ」

 ミズキは待ちわびていた料理を目の前に沸き立つ気持ちを抑えながら嬉しそうに頷く。


 まずは海鮮丼。

 どんぶりに酢飯が敷き詰められ、その上に刺身がのっており、そこにはちょんと小さくワサビが添えてある。


 刺身も同様に、数種類の魚が食べやすいサイズに切りそろえられて並んでおり、ワサビが添えてある。


 そのわきには空の小皿が置いてあり、透明の小瓶には黒い液体が入っていた。

 そこから漂ってくる香りは醤油そのものだった。


 日本とは大きく変わるこの世界で、刺身を食べるのにどんな調味料を使うか不安があったが、それが解消された形となる。


「あー、さすがに日本と同じとは言えないけど……うん、なかなかいいな」

 一口食べると風味は少し違うように感じられたが、とれたての魚による新鮮な味わいがすべてをカバーしてくれていた。

 本物の海鮮丼や刺身を知っているミズキからしても、まずまず及第点を与えられる味であり、久しぶりの生の魚を使った料理は彼が満足できるものだった。

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