第78話
昼まで少し時間があるため、二人は冒険者ギルドへと立ち寄った。
「これは……」
「聞いていたのと全然違いますね……」
以前にミズキが立ち寄った時には、冒険者の姿はほとんど見られなかった。
しかし、ギルド内にはミズキたちが思っていたよりも多くの冒険者の姿が見られている。
「なんだか、思っていたよりいるな」
「ですね」
受付に数人、依頼掲示板の前に数人、それ以外にも備え付けのテーブルに集まっている冒険者の姿も見られる。
彼らは街で燻っていた冒険者たちで、目ぼしい依頼がないうちは家に引きこもっていた。
そんな彼らが外の状況が改善したのを感じ取って、姿を現してきていたようだった。
「あ、ミズキさん!」
そんな風に眺めているミズキたちを発見したシーリアが駆け寄ってきた。
彼女がギルドマスターだということは知れ渡っており、人手が足りず、普段から受付業務にも顔を出していた。
美人の彼女は冒険者たちから評判が良く、アイドル的存在である。
そんな彼女が、自ら声をかけにいったのを見た男性冒険者はミズキに厳しい視線を送っている。
「あぁ、シーリアか。人が増えてきたみたいでよかったな」
しかも彼女の名前を呼び捨てにしていることで、悔しさからギリギリと歯ぎしりをしている者たちもいた。
「はい、それもこれも……」
ミズキさんたちのおかげです! と言おうとしたところで、ミズキが自分の口に指を当てて口止めする。
「それ以上はダメだな」
「そ、そうでした。す、すみません……」
ミズキが少し厳しい表情で注意すると、申し訳なさそうにシーリアは頬を赤くしながら謝罪する。
「とにかく、ギルドに活気が戻って来たようで安心したよ。港に行ってみたら漁にもでていたしな。あとは、この街の現状が周囲の街に広まっていけば、街全体に活気が戻ってくるはずだろ」
ギルドの状態を見れば、その日が遠くないことがわかる。
「はい! 本当に、あり……いえ、よかったです!」
ミズキたちのおかげで全てが解決したとは公には言えず、それにもどかしさを感じながらも彼らへの感謝の気持ちは本物だったため、笑顔でそれを伝える。
「それじゃ、俺たちも少し依頼を見ていくか」
「ですね!」
ミズキはエリザベートを伴って依頼を確認していく。
「あっ……そういえば、私はまだ冒険者登録してませんでした……」
エリザベートは冒険者ギルドと聖堂教会の合同依頼でミズキとパーティを組んだだけであり、彼女自身は登録をしていなかった。
「それじゃ俺は掲示板を見てくるから、エリーはシーリアと一緒に登録してくるといい」
「ありがとうございます。シーリアさん、構いませんか?」
エリザベートはミズキに礼を言うと、近くにいたシーリアの様子を窺う。
「もちろんです! さあ、こちらへどうぞ」
自分が役に立てると知るとシーリアは張り切ってカウンターへと案内していった。
ギルドマスターがこれから冒険者登録をする少女のことを丁重に扱おうとしていることに、他の冒険者たちは不思議そうに首を傾げている。
「さて、なにか面白い依頼でもないかな?」
依頼する側も周辺環境の好転に気づいて、朝から依頼をしにくる住民もいた。
ゆえに、依頼掲示板も寂しさは以前よりなくなり、依頼が張り出されている。
順番に依頼を見て行くが、ミズキの表情は厳しい。
彼の冒険者ランクは一番下のFランク。
受けられるのは一つ上のEまでであり、ミズキの実力からすると物足りないものばかりである。
唸りながら依頼を確認していると、ミズキのもとへ冒険者が数人近づいてきた。
「おい、お前は何者だ。見かけないツラだが……」
最初に声をかけて来たのは、ボサボサの髪に髭面の人族の男性冒険者。
この街ではそれなりに活動してきた中堅冒険者であり、新顔のミズキに対していい印象を持っていないのがありありと伝わってくる。
「てめえ、デカイ顔してんじゃねえぞ!」
噛みつかんばかりに吠えているのは犬の獣人。顔に傷があって、人相が悪い。
服装もどこか粗暴でいかつい装備をしていた。
「シ、シーリアさんを気安く呼び捨てにするな!」
大量にかいた汗を拭きながら話に入ってきたのは人族の男性だが、恰幅が良く、肉に押されて目が細くなっている。
三人とも恐らくは前衛職であり、それぞれが大剣、片手剣、ハンマーを装備している。
しかし、ミズキはそれどころではなく、どの依頼がいいかを真剣に悩んでおり、彼らの言葉は耳に届いていない。
「おい、てめえ! 無視するんじゃ……」
そう言ってミズキの肩に掴みかかろうとしたが、男の手はひょいと空振り、そのまま空中を掴んでしまい、バランスを崩してしまう。
「はあ!? な、てめえ、なにしやがった!」
攻撃が通らなかったことで頭に血が上った髭面の冒険者は苛立ち交じりに声を荒げる。
しかし、ミズキは意に介した様子もなく、先ほどと同じ体勢で掲示板を見ている。
「この、何か言いやがれ!」
今度は犬の獣人がミズキの両肩を捕まえようとするが、それも空振りに終わった。
「ふ、ふざけてる。お、俺たちの話を、聞けええ!」
最後に恰幅のいい男が拳を振り上げた瞬間、突然ミズキが振り返った。
「あぁ、いたのか。少し考え事をしていたもんでな。それで、なにか用事か?」
首を傾げたミズキが冷静に返してきたため、苛立っていた男たちは勢いを削がれてしまう。
「い、いや、その、生意気だぞ。お前は何者なんだと……」
髭面の男が声をかけた理由を言うが、攻撃が通じない相手に気まずい様子で言葉尻が弱くなっている。
「あぁ、そういうことか。俺の名前はミズキ。冒険者でつい最近この街に来たばかりだ。あんたたちがギルドに顔を出してない間に来たから、初めて会ったのかもな。生意気かどうかはよくわからんが、まあ新米冒険者の勘違いとでも思っておいてくれ」
さらりとそう言うとミズキは再び掲示板に視線を戻していく。
その飄々とした態度が癇に障ったようで、男たちは青筋を浮かべてこめかみをピクピク動かしている。
いまにも殴りかかりそうなその瞬間。
「――何をやっているのですか!」
ホール内に響き渡る女性の声。それはシーリアのものだった。
ギルドでのケンカ、それも大人三人で子ども一人を取り囲もうとしている。
なにより、ミズキはここ最近で最も街に貢献してくれている人物であり、軽々しく扱えない。
そんな彼の機嫌を損なうような真似をしようとしている彼らのことをシーリアは睨みつけている。
「ん、エリーの登録は終わったのか。だったら一緒に掲示板をみよう。どれか受けてみるのも面白いだろ」
「はい!」
男たちのことなど気にしていないようで、ミズキは合流したエリザベートと仲良く依頼を確認していく。
エリザベートは初めて見る依頼掲示板に興味津々で、ミズキにあれこれと質問しながら楽しそうだ。
これまで男たちのことは一切話を聞くそぶりを見せなかったミズキも、エリザベート相手には柔らかな笑顔で饒舌さを見せる。
「なんというか……」
「あぁ……」
「こ、これは邪魔できない……」
男たち三人はその様子を見て、完全に先ほどまでの気持ちがしぼんでいた。
「え、えっと、なにも起きてない、のでしょうか……?」
まさか自分のことで男たちが怒っていたとは露知らず、シーリアはこの短時間での男たちの変化に状況把握が追いついていなかった……。
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