第77話


 部屋で今後の動向について相談していると、考え込んでいる様子のユースティアも遅れて部屋に戻って来た。


「あ、あの……」

 入って来るなり、彼女はなにかを話そうとして、次の言葉が出ずに何度か口を開いたり閉じたりしながら立ち尽くしている。


「どうした? なにか聞きたいことでもあるなら言ってくれ。話せる範囲でならば話す」

 その反応を見たミズキが、落ち着いた様子で声をかけた。

 彼女の葛藤が伝わってきたため、できうる限りの譲歩を提示する。


「……えっと、ね。今回、二人と一緒に洞窟や森や島に行って、バジリスクとの戦いを見て思ったの。私と二人は住む世界が違って、戦闘技術も、魔法技術も圧倒的に差があるなって……」

 いつもの明るい彼女とは異なり、自信のなさそうな顔で肩を落としている。


 しかし、ミズキとエリザベートの考えは違った。


 騎士たちですらなんの役にもたたなかったなかで、ユースティアは徐々に実力を増していき、最後の戦いではアレアレアの動きを魔法で封じていた。


 二人はこの成長の振れ幅の大きさを評価している。


 だが、あえてそれは言わずに、彼女の言葉の続きを待つことにする。

 ここで二人が言葉を投げることは簡単だが、それはユースティアの考えを潰してしまいかねないと思ったからだ。


「っ――でも!」

 力のない自分に落ち込んでいる。

 それでも、顔を上げた彼女の目には強い意志が宿っていた。


「二人に少しでも近づけるなら、強くなれるなら――私も連れて行ってほしい!」

 ミズキとの短時間の魔法修業で格段に成長したことを彼女も実感していた。

 だから、少しでも成長できる余地があるならば、彼らとともに修業をしたいというのがユースティアの想いだった。


「わかった。別に俺は連れて行ってもいいと思っている。ユースティアはなかなか飲み込みは早いしな」

「私もです。それに、グローリエルさんは風魔法の使い手だから、私たちよりも色々なことを教えてもらえるかもしれません」

 元風帝に修業をつけてもらえば、ユースティアももっともっと強くなる。

 自分たちがそうであったがゆえに、ミズキとユースティアはそんな未来を予想していた。


「ありがとう! あ、あの、急いでなければ明日家に帰って荷物をまとめてからにしたいんだけどいいかな?」

 ずっと一人で過ごしてきたあの家を引き払うとなると、少しどころではなく時間がかかってしまう。

 ただでさえ自分の結論が出るまで待ってくれていたというのに、さらに待たせてしまうかもしれないことをユースティアは申し訳なく思っていた。


「それも構わない。まだ数日はこちらにいる予定だから、それまでに引っ越し準備を終えてくれ」

「わかった! それじゃ、今日は寝るね!」

 それだけ言うと、すっきりした表情のユースティアは普段通りに笑顔であいさつすると、自分のベッドにもぐりこむ。

 ミズキがいることで緊張していた初日の様子はどこかに消え、あっという間に眠りについていた。


「喜ぶかな?」

「ララノアさんはすごく喜びそうです! お師匠様は、最初は面倒な……という顔をするかもしれませんが、すぐにティアのことを気に入ってくれると思いますよ」

「ははっ、そのとおりかもな」

 エリザベートの予想を聞いて、ミズキは映像として思い浮かべることができ、思わず笑ってしまう。


 しばらくはそんな話をしていたが、二人もすぐに眠りについていった。



 翌早朝


 悩みが片付いてすっきりしたユースティアは笑顔で家に帰って旅支度をしに、ミズキとエリザベートは状況の変わった街を巡りに向かって行った。


 昨日の今日ということで、街へ来る人数はほとんど変わらなかったが、街の住民たちの姿が以前よりも見られるようになってきていた。


「少し活気が出て来た気がするな」

「私は前の状況をあまり知りませんが、少し静かな街という程度の印象で、落ち込んだ街というようには見えませんね」

 静かな街を知っているミズキの意見をきいて、潮風にたなびくふわふわの紫の髪を撫でながらエリザベートは自分なりの見解を話していく。


 トータルとして、二人とも街が良い方向に向かっているという感触を持っていた。


「漁には出た、みたいだな」

 港に立ち寄ると、ちょうど何艘かの船が魚をのせて戻って来ている様子が見られる。

 海を見て生活していた漁師たちは変化を機敏に感じ取ったのか、すぐに船を出していたようだ。


「魚、とれたのか?」

 作業中の漁師たちを見て、ミズキが質問すると、漁師たちは一瞬、誰? と首を傾げたが、かごを手に振り返るとすぐにニカッと笑う。


「おう、大量だ! 誰かが問題を解決してくれたらしくてな、海の魔物もほとんど出なくなったんだよ! これでやっと俺たちも仕事に戻れるぜ!」

 振り返った漁師のカゴには大量の新鮮な魚がビチビチと元気よく跳ねており、釣られるように他の漁師たちも笑いあっている。


「それはよかった。いや、最近この街に来たんだが、魚料理が名物と聞いていたんだ。みんなが獲って来た魚を食べられのを楽しみにしとくよ」

(できれば刺身が食いたいが……)

 これはそもそも、この街を選択した理由の一つでもあり、新鮮な魚料理にありつけきたいとミズキはずっと思っていた。


「獲れた魚は、これから飯屋なんかに納品するから、昼に食いに行けば美味いのが食えるかもしれないぞ!」

「やっぱここの魚は美味いからなあ。楽しみにしておけよ!」

 魚を食べるのが楽しみだと口にするミズキのことを漁師たちは気に入った様子で、これからの魚の動向を教えてくれる。


「それはいい話を聞いた。それじゃ、またあとで行ってみるよ。ありがとう」

「失礼します」

 ミズキたちが挨拶をして立ち去ると、彼らは笑顔で手を振ってくれた。


「ミズキさん、お昼ご飯が楽しみですね!」

「あぁ、遠くから見ただけだが、かなり質のいい魚が多かったからな。あれをうまく調理すれば絶対に美味くなるはずだ」

 二人は今からどこの店に行くのか楽しみにしていた。


「店のことはわからないから、もう少し見て回ってからユースティアの家に行ってみよう。あいつならこの街に住んでいたわけだから、店も知ってるだろ」

「そうですね!」

 詳しい人間に聞けば、きっとハズレのない店に連れて行ってもらえるというのがミズキの判断だった。

 賛成だというように手を合わせたエリザベートは笑顔で頷いた。


「あとは、ギルドにも寄ってみましょうか。昨日あいさつをしてくれましたし、心地よく迎えてくれるかもしれませんよ」

 せっかくならばとエリザベートは提案する。

 ギルドマスターが考えを改めた様子であり、それはきっと職員たちにも行きわたっている、という期待を込めて二人は様子を見に行くことにする。


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