第75話
その後、ミズキの体調もすぐに回復する。
領主の屋敷からいつ出て行こうか、相談しようとしているところにマクガイアが彼らの部屋を訪ねて来た。
「ミズキ君、それから二人も、少し時間を割いてもらいたいのだが……」
マクガイアは神妙な面持ちでそんな風に言ってくる。
表情からして、何かがあることは確定事項であり、それが軽い話ではないことも伝わってくる。
「……内容による」
少し硬い表情のミズキが返したのはこんな言葉だった。
面倒ごとであれば、できれば関わりたくない。
しかしながら、今回の一件において人を動かしてくれたのも、話を聞いた上で自由に行動させてくれたのもマクガイアであるため、一蹴するのは避けたかった。
「うむ、それなんだが……その、冒険者ギルドのマスターと会ってもらいたい」
マクガイアはミズキがどんな反応をするかわかっている様子で、言いにくそうにそう口にした。
彼の予想通り、それを聞いてミズキは露骨に嫌そうな顔をする。
「あー、まあ、そういう反応になるよね」
事情を知っているユースティアは、二人の反応を見て苦笑していた。
黙って聞いていたエリザベートは事情はわからないが、きっと色々あったのだろうという想像だけはできている。
「どうしても会わなければだめなのか?」
嫌そうな顔をしつつ、マクガイアの方を見たミズキは断るのではなく、確認をする。
「……できれば会ってもらいたい」
少し困ったような顔をしたマクガイアも強制はせずに、希望を口にしていた。
「――あー、まあわかった。最初は話を聞いてくれたわけだしな。ただ、あんたから圧力をかけたりとかするのはやめてくれよ。それと、もしギルマスがとんでもないことを言ったとしても怒らないように」
前半はマクガイアに、後半はエリザベートとユースティアに向けて言っている。
ミズキにしてもらったことを思えば、最初のギルドマスターの反応は領主として看過できないのはわかっていた。
彼女たち、特にエリザベートはミズキのことを家族のように大事に思っているため、ミズキが出るまでもなく先に怒るのは目に見えていた。
「わかりました」
「わかったけど、それをミズキが言うかな? 絶対にすぐに怒るのはミズキのほうだよね」
「ふふっ」
素直に返事をしたエリザベートだったが、ユースティアの言葉を聞いて確かにそうだなと思わず笑ってしまった。
「俺はいいんだよ。俺のことで会いに来たわけだし、俺は怒ってもいい理由があるからな……それで、いつどこで会うんだ?」
「今、応接室で。いや、既に彼女はここに来て待っているのだ」
突然の話に驚いたミズキたちは思わず立ち上がる。
「いや、来てるなら先に言ってくれよ。さすがにわざわざ来てもらったやつを追い返すのも悪いだろ」
それも、それなりに立場のある人物を、となるとさすがのミズキも気が咎める。
しかもミズキの回復を待っていたであろうことは明白で、いつ会えるともわからず待たせるのはどうにも落ち着かなかった。
「ふっ、君もそういう気遣いをするのだな……っと、今のは余計だったな。ともかく彼女は応接室に通してある。私も一緒に行こう。先に言っておくと、今回の件について最後の戦い以外については既に話してある。バジリスクのことについては、私も詳細な報告は聞いていないからな」
彼女がどんな思惑でやってくるにせよ、今回の問題を片付けたのはミズキである。
それを知った上で彼女がどう出てくるのか、マクガイアも楽しみにしているようだった。
「あんたもなかなかいい性格をしているな」
その心境を読み取ったミズキがそんな風にいうが、そんなツッコミを受けても肩をすくめたマクガイアは失礼だとは思わずふっと笑う。
「ははっ、いい笑いだな。それじゃ、とりあえずギルマスの話を聞いて、それが終わったらバジリスクについての説明をしようか」
「あぁ、それで頼む」
なんだかんだマクガイアにとっても、ギルマスの話はとりあえずの興味であり、バジリスクの話に興味が向いている。
ノックとともに部屋に入ると、そこにはシーリアが緊張した面持ちで立って待っていた。
「おぉ、シーリア殿。わざわざ立たなくとも、座っていてよいぞ。ささ、ミズキ君たちもあちらに座ってくれ」
領主のマクガイアに促されてどこか落ち着きなくシーリアは着席し、その対面にミズキたち三人が座り、その横の席にはまるで司会を担当するかのようにマクガイアが座る。
「さて、彼女は冒険者ギルドのマスターでシーリア殿だ。なにやら君たち……正確にはミズキ君に話があるとのことで来訪された。そうだね?」
マクガイアはあくまでもつなぎ役に徹し、話の主導をシーリアに投げることにした。
「はいっ……あの、お久しぶりです。冒険者ギルドにいらした際にお会いしたと思いますが、ギルドマスターのシーリアです」
「ども」
最初に会った時とは打って変わって明らかに緊張しているシーリアを見ても特に気を向けることなくミズキは軽い返事をする。
「私はミズキさんと同門のエリザベートと申します」
「私はなんだろ……友達? 仲間? そんな感じのユースティアです」
念のため、二人も自己紹介をしておく。
「あの、この度はみなさんにはわざわざ時間を割いていただき、また領主マクガイア様においてはこのような場を用意していただき、まことにありがとうございます」
硬い表情のままのシーリアはへりくだった態度で全員に深々と頭を下げた。
「いや、別にそれはいいんだが、一体なんの用できたんだ? 明らか、俺に用事があってきたんだろ?」
言葉は突き放すかのようであるが決して責めてるわけではなく、色々が解決した今になってわざわざやってきた理由を聞いているだけだった。
「その……申し訳ありませんでした!」
理由を話す前に、勢いよくシーリアは再び頭を下げた。
しんっと静まり返った部屋に彼女の声は良く響いた。誰が何を言うでもなく、彼女はひたすらに頭を下げている。
「……いや、別に謝られるいわれも別にな。俺がFランク冒険者なのはそのとおりだし、でも問題は解決したんだからいいんじゃないか? 謝らないと解決しないぞ! って言ったわけでもなし……まあ、用事が済んだから美味い魚でも食って帰りたいけどな」
シーリアのあまりの態度の違いにミズキは拍子抜けしていた。
せっかく訪れた海辺の街でとれたての魚の刺身なんかを食べたいと思っていたミズキは、今ならそれが叶うんじゃないかと考えていた。
「い、いえ、私のあの態度はとても失礼でしたから……せっかく街のことをなんとかしようという気概を持った方に対してするものではなかったと反省しています」
恐縮しているシーリアは申し訳なさそうにそう言うと、再び頭を下げる。
ここでミズキはチラリとマクガイアに視線を向けた。
マクガイアは自分はなんの圧力もかけていないと首を横に振る。
事実、彼は問題についての説明と、ミズキの活躍を話しただけだった。
明らかに最初の時とは違って委縮しきっている彼女を見てミズキは怒る気持ちも何もなかった。
「ま、いいさ。別に気にしてないからな。それより今回の件はもしかしたら、魔族が関わっているんじゃないかと思って来てみただけなんだよ」
ミズキの隣でエリザベートも頷いている。
ただ、その他三人は全員が口をあんぐりと開けて驚いていた。
「――あれ? 魔族の話って、もしかして言ってなかったか?」
今度は三人が大きく頷いていた。
驚きと、説明を求める気持ちとで三人の視線は痛いほどにミズキに集まっていた。
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