第74話


 ミズキとレベッカが話していると、その声が耳に届いたのか、時間が経過したからなのか、エリザベートとユースティアがほぼ同時に目を覚ます。


「あっ、ミズ……」

 一瞬先に目を覚ましたユースティアが目覚めた彼に気づいて先に声をあげようとするが、それより先にぱっと飛び出していったエリザベートを見て言葉が止まった。


「ミズキさあああああん! よ、よかったです! もう、どうなることかと、練習でもあんなことになるの見たことなかったから……うわああああ!」

 全力で駆け寄ってベッドにいるミズキに勢いよく抱き着くと、顔をくしゃくしゃにしたエリザベートは安堵の涙を流し始めた。


「ははっ、これはこれは、なかなか豪快だな」

 こんなふうに泣きじゃくるほど心配させたことを申し訳なく思ったミズキは怪我をしているわけではないため、エリザベートにされるがままにしている。

 彼女がこれほどに泣いたのはグローリエルの家に初めて行ったときくらいだろうと思ったからだ。


「心配かけて悪かったな。どうやら魔力使用量の調整にミスったらしい。俺もまだまだ修業が足りないようだ。家に帰ったら、少し本腰をいれて修業をしないとだな……」

 この言葉を聞いたエリザベートは、涙で顔を濡らしたままだったが驚いて顔をあげた。


「あ、あれ以上の修業をするのですか?」

 彼女にしてみれば、ミズキ、グローリエル、ララノアとの修業は限界を越えたものであり、ついていくのがやっと……どころか、毎回途中で脱落してしまうほどきついものである。


「あぁ、今回の敵もなんとかなりはしたが、かなりの強敵だった。一体一体なら問題はないが、あいつらクラスが複数出てきても太刀打ちできるようにしておかないと」

 ミズキは深く頷いて気持ちを新たにしていた。


 この先、バジリスクが数体出てくる光景は想像したくないが、それでもあれが何体も出て来た場合に、ミズキ一人で勝てるかというとなかなか難しい。


 更に魔族が数人いれば、それどころではなくなってしまうと彼は思っていた。


「なるほど……それでは、不肖このエリザベートも修業におつきあいします」

「あぁ、頼む。期待しているぞ」

 彼の真剣な気持ちを感じ取ったエリザベートはぐいっと涙をぬぐうと、胸に手を当てて真剣な表情でそう返した。


 あの家にいた頃の修業ではグローリエルの風魔法、ララノアの光魔法、そしてエリザベートの雷魔法と、たくさんの属性の魔法を使うものが近くにいたため、修業のパターンを増やせていた。

 だからこそこの先の戦いに備えて更に鍛える場所としてあの森に帰るのは最適だった。


「……いいなぁ」

 遠い世界の出来事を見るかのようにミズキとエリザベートを見ながら羨ましそうにポツリと呟いたユースティア。

 その声はあまりに小さく、話をしているミズキとエリザベートの耳には届いていない。


「ユースティアさん……」

 唯一近くにいたレベッカの耳には届いていたため、彼女が感じた疎外感を理解して思わずそっと名前を呼んでしまう。


「――おい、ユースティア。お前はどうする?」

「ふえ……?」

 急に話を振られたことで、ユースティアは気の抜けた返事をしてしまう。


「いや、聞いてなかったのか? さっきからどことなく上の空だとは思っていたが……まあいい、お前はどうするんだ? 俺たちと一緒に行くか? それとも、この街に残るのか?」

 やれやれと肩をすくめながらミズキは選択肢を提示し、その判断をユースティアにゆだねる。


 彼女はこの街に元々住んでおり、領主のマクガイアとも知り合いである。

 彼女には彼女の人生があり、強くなるための道も最低限ミズキによって既に教えてもらっている。


 ミズキたちと肩を並べられるかまではわからないが、一人でもそこそこ戦える力を手に入れており、これからも同じように修業を続けていけばそれなりの力を手に入れることができる。


「私は……」

 ミズキたちについていくのか、この街に残るのか、旅に出るのか、実家に帰るのか――多くの選択が急に目の前に降ってわいたため、戸惑いに襲われたユースティアはその続きを口にできずにいる。


「まあ、急いで答えを出さなくてもいいさ。今回のことをマクガイアに報告しないとだろうし、これで環境が変わるのを少し見ておくのもいいだろ」

 すぐに帰るわけではないというミズキの言葉に、彼から離れたエリザベートがふわりと優しく微笑んで頷く。


「そうですね。もう大きな問題はないと思いますが、今回にしても魔法陣を全て破壊したと思ったら、真の狙いが別にあったわけですからね」

 エリザベートも、今回と同じようなことが起こる可能性を考えると、しばらくこの街に滞在して様子を見るのも悪くないと思っていた。


「というわけだから、その間に決めてくれればいい。あとで連絡をとって……というのは俺たちが住んでいる場所柄難しいから、もしついてくるならこの街にいる間に決めてほしい」

 ミズキの言葉に、自分のこれからについて考え始めたユースティアは無言のまま真剣な表情で頷いた。


「さて、魔力が戻って来たから俺も少し動くか。俺が寝てから半日くらいか?」

 昼間戦って、倒れて夕方。

 そこから逆算して確認するが、エリザベートたち三人はとんでもない首を大きく横に振っていた。


「えっ? も、もしかして……」

 ミズキは別の可能性をいくつか考えて、再度外を見る。


 徐々に暗くなっていくのを見る限り、翌朝という可能性は潰れる。


 つまり……。


「ミズキさんは、一日半寝ていらしたんですよ」

 上品にほほ笑んだレベッカがはっきりと言う。


「その間、みなさんはほとんど付きっきりで看病してくれていたのです。改めて感謝したほうがいいですよ」

 レベッカの言葉にミズキがチラリと視線を向けると、エリザベートとユースティアは少し恥ずかしそうに視線を逸らしていた。


「まさかそんなに時間が経っていたとはな……二人とも、あとアークとイコも、みんな俺の看病をしてくれてありがとう。みんながいてくれたおかげで、安心してゆっくり寝ていられたよ」

 これはとってつけた言葉のように聞こえるが、寝ている間も信頼できる仲間の気配と魔力が近くにあることをミズキの身体は感じ取っており、それが緊張感を緩和させる効果を持っていた。


 元々ミズキの生家では周りは敵ばかりであったため、どんなに疲れて寝ていてもすぐに目が覚めていた。

 だが先ほどまで寝ていたミズキは魔力をしっかり回復できるほど熟睡しており、それは仲間として信頼している彼らが傍にいたからだというのは間違いなかった。


「それはよかったです。ここにいたかいがあったというものです。ね、ティア?」

「うん! ……ってか、ミズキが倒れた時のエリーったらすごかったんだよ。泣いたりするのかなってちょっと思ったんだけど、すごく冷静に判断しててきぱきと騎士の人たちに指示をだして、アークの背中に自分でミズキを乗せてここまですぐ飛んできたんだから」

 なにか起こった時に、冷静に動けないと死につながるというのは、師匠であるグローリエルの教えである。

 泣きたい気持ちがなかったわけではないが、それをエリザベートはあの場においてもしっかりと守っていた。 


「さすがだな。それはグローも喜ぶはずだ」

 ミズキは優しい眼差しでエリザベートを見ながら、兄弟子として、その対応について頼もしさを感じていた。

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