第72話
「――は?」
そんな間抜けな声を出したのはアレアレアだった。
尋常ではない数の水の矢。
アレアレア自身が生み出した無数の火の矢など目でもないほど視界を埋め尽くさんばかりの量だった。
それはまさに降り注ぐ雨のごとき数であり、その先端が全て自分とバジリスクに向いている。
「”水球”」
水の矢だけにとどまらず、拳サイズの水球も大量に作り出す。こちらも数は千を超えていた。
「それから”水弾丸”」
無数の水の矢に水球。
ミズキがそれに追加したのは水でできた弾丸であり、こちらも数千発は用意されていた。
「キシャ……」
さすがのバジリスクも、目の前に繰り広げられているありえない光景に動きを止めていた。
「降れ、飛べ、撃て」
短いミズキのこの言葉とともに、矢・球・弾丸が一斉にすさまじい勢いでバジリスクたちに襲いかかっていく。
「こ、これは――フ、フレアアロー!」
アレアレアもただそれを見ているだけではなかった。
先ほど作り出した炎の矢をぶつけて対抗しようとアレアレアは魔力を込めて矢を追加していく。
しかし、それでも瞬時に出せたのは二千ほどであり、どうあってもミズキの魔法の数に及ばない。
「キ、キシャアア!」
バジリスクも少しでもミズキの攻撃を撃ち落とそうと毒液を吐くが、矢も球も弾丸もそれを回避して向かって行く。
そして、次の瞬間、降り注ぐ雨のように矢が身体に次々と突き刺さっていく。
「シャ、シャアア」
一本一本の矢のダメージは少ない。
しかし、それが数万ともなれば激痛に変わっていく。
「カ、カ……」
しかも、それだけに終わらず、水球が腹にぶちあたっていた。
密度を持った硬い球は、まるで鉄球を全力で投げつけられたかの感触であり、呼吸ができなくなっている。
水球によって皮膚がぼこぼこに打ち付けられ、柔らかくなっていた。
そこに弾丸が打ち込まれることで、この攻撃が終わることとなる。
柔らかくなった皮膚を突き破り、内臓にまで達した弾丸は更に背中を内側から突き破って貫通する。
「ガ、ガハ……」
腹と口から大量の血を吹き出し、バジリスクはそのまま倒れていく。
「こ、こんなことが、バジリスクがたった一人の魔法にやられるだなんてことが……」
「あるさ」
バジリスクの巨体の横で目を見開いて驚いているアレアレアの耳元すぐ近くから声が聞こえる。
「!?」
魔法とともにミズキは動き出しており、アレアレアのすぐ近くまで移動していた。
地面を踏みしめ、拳には魔力を込め、今まさに正拳突きを繰り出そうとしている。
「声をかけたのは甘いですよ……えっ!?」
ミズキが返事をしたことで位置を知ることができ、彼の行動を甘いと評しようととしたアレアレア。
彼は、ミズキから距離をとることで攻撃を回避して次の攻撃に移ろうと考えていた。
「甘いのはどっちかな?」
想像通りの反応を見ることができてニヤリと笑うミズキ。
アレアレアが後ろに飛んで逃げるのはもちろん想定しており、彼に気づかれないように水の壁を作り出して逃げ道を塞いでいた。
「魔族相手ならこれが効果的だろう?」
魔力を集約した拳に覆うは聖なる水の力。
「あ、ああぁ、あああああ!」
ミズキが使おうとしている技の名前。
彼が纏う聖なる魔力。
魔族にとって最大の弱点を突かれ、もう、終わりが近づいているとアレアレアは感じ取っていた。
「”聖水拳”」
放たれた一撃は素早く、力強く、そして美しい。
アレアレアの胸を撃ち抜いた拳。
彼の胸元には大きな穴が開いていた。
魔族の彼は、聖なる力をその身に受けたことでみるみるうちに身体が焼かれていき、浄化されていく。
「あ、あなたは、何者なんですか……き、危険すぎ、る。これを、なかまに……」
「はあ、はあ、はあ……まだ、なにかする、つもりか」
全力の攻撃を放ったミズキは疲労で、反応が鈍くなっている。
瀕死のアレアレアは何とかギリギリの状態でかろうじて小さく右手をあげると、そこから溢れた小さな闇がコウモリを形どって飛んでいく。
そこには今回の戦いの記録が詰め込まれていた。
「いきなさい!」
アレアレアは最後の力を使ってコウモリを空へと放つ。
速度は本来のコウモリのそれではなく、まるで鳥であるかのようなスピードで飛んでいく。
「エアウォール!」
「サンダーボルト!」
しかし、そのコウモリは飛び出していったその瞬間、風の壁によって動きを止められ、雷によって身体を撃ち抜かれ黒焦げになった。
「エリー、やったね!」
「ティア、ナイスです!」
それは、イコに乗ってかけつけてくれたユースティアとエリザベートだった。
彼女たちはミズキが戦っているのを見て、いつでも加勢できるように魔力を練っていた。
ミズキはさすがであり、バジリスクとアレアレアを相手にしても一歩もひかず、ついには双方を打倒することに成功した。
二人の助力は必要なかったかと、安心したところでアレアレアがなにか不審な動きをしたため、彼女たちはすぐに魔法を準備していた。
それは見事的中し、最期の伝書コウモリを倒すこととなる。
「あ、あぁぁああああ!」
決死の思いでコウモリを飛ばしたというのに、それをあっけなく倒され、無念の思いから断末魔の叫びをあげて、アレアレアはボロボロと崩れ去っていった……。
「ふう、終わりだな。はー……」
ミズキは呼吸を整えるために深呼吸をしていく。
その間にエリザベートとユースティアが急いで彼のもとへとやってくる。
「ミズキさん、お疲れ様でした。少ししてから、ここになにかあるかもしれないと思って来てみたんですが……」
「ふふっ、来た時にはほとんど終わっちゃってたねっ。さすがミズキ!」
二人の労いにミズキはふっと笑う。
「まあ、いつもどおりさ。それより、最期のコウモリを倒してくれて助かったよ。あいつがあのまま飛んでいったら、俺の情報が筒抜けになっただろうからな」
疲労をにじませた表情のミズキは肩を竦めながら言うが、聖なる水の使い手、水魔法の強力な使い手がいるという情報がばれるのはなるべく先にしておきたかった。
「お役にたててよかったです。ティアが動きを止めてくれたので、しっかり狙うことができました」
「いやいや、私の魔法なんて大したことないよ。それよりも一撃で確実に仕留めたエリーの魔法のほうがすごいって」
二人が互いを褒めあう姿は微笑ましく、ミズキはそれを暖かく見守っている。
「あ、あの、た、倒したんですか……?」
そんな彼らに声をかけてきたのは、部隊長のアイアンだった。
ミズキの戦いの足を引っ張らないように陰に隠れていた。
「あぁ、みんなもご苦労だったな。とりあえず、みんな集まってもらって、こいつの解体でもするか」
ミズキは後ろ向きのままバジリスクを親指で指し示す。
「は、はい。しかしながら、解体道具がないので、何人か取りに戻らせます。おい、誰か!」
アイアンはすぐに動ける部下へと指示を出していく。
「それじゃ、俺は下処理をしておくか……」
このままでは毒液や石化の眼がそのままであるため、安全のための処理をミズキが行うことにした。
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