第71話
「うおおお!」
負けそうだと思っていた状況で現れた巨大な水竜を見た騎士たちが歓声をあげる。
「っ――止まるな! さっさと離れろっていっただろ!」
そんな彼らをミズキが叱咤する。
強力な攻撃魔法を用意しているが、バジリスクがいつ周囲に手を出すかわからない。
「な、なんだよ。勝てそうじゃないか……」
怒鳴られると思っていなかった騎士は不満そうな顔で思わず愚痴を漏らしてしまう。
そんな騎士をミズキは強くにらみつけて再び魔法に集中することにした。
「わかった、忠告はした。お前たちが石になっても放っておくことにするし、戦いに巻き込まれても俺は知らない……そんな余裕もなくなるだろうがな! いけ!」
ミズキがそう言ったのを合図にするように大水竜がバジリスクに向かって行き、そのあとを追いかけるようにミズキは走りだす。
「キシャアアアア!」
大きく羽を広げて口を開けたバジリスクは、水竜にしたのと同じように、毒液を大水竜に向けて噴き出した。
「それはもう見た」
属性を自らと同じ毒にすることで、ダメージを受けないようにしようとしている。
それを予想していたミズキは大水竜には先手を打っていた。
「シャシャ!?」
毒液がかかった大水竜が先ほどの水竜にしたのとは明らかに違う反応を見せたことでバジリスクは動揺を隠せない。
大水竜の色はミズキが創り出した時と同じ、透き通るような水のままだった。
「蛇と同じで、竜も脱皮する……のかどうかは知らないが、爬虫類のイメージはこうだろ?」
その言葉のとおり、毒液がかかった大水竜の表面の水が皮一枚ずるりと落下した。
毒液交じりの水が地面にバシャリと落ちる。
「呑みこめ」
咆哮を放つように大きな口を開けた大水竜がバジリスクを頭からパクリと丸のみにしていく。
「ガボガボガガ」
水に囲まれて呼吸のできない状態に陥ったバジリスクは大水竜の中でもがき苦しんでいる。
目覚めたばかりで、邪魔な人間たちがいた。
そいつらのうちの何人かは簡単に石になった。
しかし、この魔法を使った人間は違う。他の人間は一捻りにできたのだからと油断していた。
目の前の小さな人間は、なにがとは言えないが、明らかに他のやつらとはなにかが違う。
水に溺れるバジリスクはそんなことを考えながら意識が遠くなっていく。
「ガ、ガババ……」
声も、息も止まろうとしている。
もがこうともどこにも逃げられず、もがけばもがくほどに水が襲い掛かる。
バジリスクの巨体はすっぽりと大きな水の塊に包み込まれていた。
「いやあ、それはさすがに早すぎですね」
もう少しでバジリスクが力尽きる、そう思った瞬間、嫌らしい男の声がミズキの耳に飛び込んできた。
その声の主にミズキは聞き覚えがある。
洞窟や島で出会った青白い顔の男だった。
しかし、彼がいつの間に現れたのか全くわからなかった。
「相変わらず強力な魔法を使いますね。でも、このままではバジリスクが死んでしまうので――解除!」
わざとらしく困ったようなしぐさをしている男は大水竜が生み出した水の玉に手を触れると、多量の魔力を流し込んで思い切り弾き飛ばす。
「キシャー、キシャー……」
びしょぬれになりながらもやっと呼吸ができる状態に戻ったため、バジリスクは必死で呼吸をして体中に空気を送り込んでいた。
「お前は……」
そこまで言ったところで、ミズキは相手の名前を知らないことに気づいて言葉が止まる。
「そういえば、自己紹介をしていませんでしたねえ。私の名前はアレアレア。ふふっ、おかしな名前かもしれませんが、これが驚き本名なのですよ」
アレアレアは楽しそうに言うが、一方のミズキは彼を思い切り睨みつけている。
「おやおや、怖い怖い。……ですが、そんな目をしてもそちらが劣勢なのはかわりませんよ。私一人ではあなたに勝てませんが、足手まといが大量にいる。更にはバジリスクと私を同時に相手どるというのはまさに自殺行為なのではありませんかね?」
形勢は逆転したと、アレアレアは笑って言う。
彼の言葉のとおりバジリスクが敵対心を持っているのはミズキや騎士たちにのみであり、アレアレアは対象外になっている。
実際騎士たちを守りながら戦うとなればミズキもそう簡単にはいかないとわかっていた。
騎士たちはミズキの足手まといになっていると気づき、悔しさに歯噛みする。
「やっぱり、これを仕組んだのはお前たちなんだな。バジリスクの力を手に入れるためにこんなことをやったということか」
彼らにはそれだけの情報があり、手段を持っている――ミズキはこの質問で確証をとろうとしていた。
「ふふふっ……察しがいい、と言っておきましょう。バジリスクは現代では既に滅んだ魔物です。強すぎるがゆえに素材も貴重で、乱獲されたことでついには絶滅した。つまり、これが最後の一体ということですね」
機嫌よく笑ったアレアレアは嬉しそうにバジリスクを見ながらペラペラと説明をしてくれる。
先ほどまで悔しさばかりに気を取られていた騎士たちは、単純に情報だけを聞いて今度は感心したり、驚いたりしているようだった。
「なるほどな。そんなことを俺に説明してくれるということは……」
「ふふ、はっはっは、これはすごいね。そこまでわかっているのか。いやあ、やはり君は面白い。面白くて――そしてすごく邪魔だ。今ここで死んでもらおうか!」
敵が情報を教えてくれる時は、相手を殺すつもりである時であり、それをわかって動揺していないミズキのことを危険因子として捉えていた。
ゆえに、アレアレアから飄々とした様子はどこかに消えて、殺気に満ちた表情になっている。
騎士たちはその殺気に襲われて固まってしまっていた。
「キシャアアアア!」
やられっぱなしではいられないと身体をぶるりと震わせたバジリスクもここで再び動き始める。
「フレアアロー!」
バジリスクの邪魔にならないようにミズキへと向かってアレアレアは魔法を発動する。
炎の矢はシンプルな基本的な魔法であるが、その数が尋常ではなかった。
「おいおいおいおい、これはすごいじゃないか」
ミズキはそれを見て素直に感心していた。
見える範囲に浮かんでいる炎の矢の数はおよそ千を越えている。
「いけ!」
ミズキに向かってくるバジリスク――その周囲にはまるでオプションのように炎の矢が浮かんでいる。
「これはワクワクする!」
ここまで強力な相手と戦ったのは、これほど強者だと思わせる相手は初めてであり、ミズキはゾクゾクと駆け上がる高揚感と嬉しい気持ちが止まらない。
「うおおおおおお!」
これまでのように、遠隔攻撃はせずに、ミズキは自らが立ち向かっていく。
騎士たちはこの判断を無謀だと見ている。
先ほどまでのように強力な魔法で攻撃したほうがいいのではないか。
少年であるミズキと巨体をもつバジリスクとでは体格差が大きすぎるなんてものじゃないほどに大きすぎる。
毒はどうするのか。石化はどう防ぐのか。
問題しかないと騎士たちは何もできない状況の中でミズキから目を離せないでいた。
しかし、そんな心配はどこ吹く風と、気負うことなく戦いに集中していたミズキは拳に水を纏わせて地面を滑るように移動しながらバジリスクとの距離を詰めていた。
「キシャアアアアアアアア!」
そんなミズキめがけて毒液が噴き出された。
「”水箱”」
ミズキは水でできた小さな箱を作り出し、毒液を囲い込む。
ただの箱ではない、ミズキの魔力が込められたそれは外に毒を漏らすことなく完全に封印していた。
それと同時にある魔法を展開する。
「”雨矢”」
その昔、盗賊を倒すために使ったこの魔法。
しかし、あの頃とは段違いの威力を持っており、その数、万を超えた。
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