第68話


 ミズキはアークに乗って、エリザベートとユースティアはイコに乗って、それぞれ島と森に向けて先頭を進んでいる。


 珍しい魔物に乗った彼らを見た騎士たちは、部隊長たちが言っていたようにミズキたちは普通とは違う特別な存在なんだと改めて認識した。


 事前に部隊長に説明された内容、この幻獣種に騎乗している姿。

 どちらもが、ミズキの水属性を現す髪と目を見たとしてもうかつにからかうような気持ちを騎士たちから奪っていた。


「ねえねえ、エリーはずっとミズキと住んでるの?」

 森へと向かう道中、ユースティアが興味本位でそんな質問を投げかけてくる。


「えーっと、ずっとというわけではないですね。同じ家で暮らし始めたのは半年前くらいです。ここからは遠いですが、森の一軒家に四人で住んでいるんですよ。私とミズキさんと、お師匠様と姉弟子の四人になります」

 彼女の無邪気な問いかけに、エリザベートはさらりと説明するが、さすがにエールテイル大森林の名前を出すのは控える。


「なるほどねえ……それで、エリーはミズキのこと好きなの?」

「……えっ? そ、そそそ、そんなことは……」

 ドストレート過ぎるユースティアの質問に、それまで恋バナになれていなかったエリザベートは酷く動揺して頬を赤らめている。


「あー、やっぱ好きなんだあ」

「そ、そんなことは……」

 続けざまのユースティアの言葉に、エリザベートは先ほどと同じ言葉を返す。


 だが、表情は先ほどよりも暗さをはらんでいる。


「――そんなこと考えたこともありせんでした。ミズキさんは私が間違った道に進んでいたのを正してくれて、新しい道を見せてくれました。それも、自分の意志で決めるようにと、強制するようなことも決してしませんでした」

 そうやって話す彼女からは恋に夢中な少女の雰囲気はない。

 聖堂教会に所属していた頃の自分を思い出しながらふっと表情を緩めて話していく。


「一人ぼっちになった私をミズキさんが連れていってくれた場所には、お師匠様たちがいて、二人とも私にとても優しくしてくれてまるで家族のようにすごく楽しい日々を送らせてもらっています」

 ミズキとの出会いから始まったこの毎日を、エリザベートは大事に思っている。


「今回は、ミズキさんを手伝うためにあとから来たんですけど、少しでも力になれていることが嬉しいんです!」

 これが恋愛感情なのか、感謝の想いなのか、家族愛なのか、幼いころに家族にないがしろにされ、聖堂教会で修行ばかりしていたエリザベートにはわからなかった。

 それでも、ミズキが頼ってくれているという事実はエリザベートにとって、なによりも幸せなことだった。


「ふーん……なんだかいいね。うん、すごくいいよ!」

 ユースティアはなにかに納得したらしく、うんうんと何度も頷いてた。


「そういうティアはどうなんですか? こちらに来てからミズキさんとずっと同行されていたようですが……」

「……ふ、ふえ!?」

 思わぬ反撃がきたことで、ユースティアは変な声を出してしまう。


「う、うーん、私かあ……」

 こちらも考えたことがなかったため、エリザベートの後ろで腕を組んで考え込む。

 ミズキと初めて会った時から今まで過ごした時間は短かったが、濃厚な体験ばかりだったなと思い返す。


「どうだろ? 頼りになるなあとか、色々知ってるなあとか、こう、おじ様と話をしていてもすごく落ち着いて考えて話しててすごいなあとかは思うけど……」

 それは尊敬であり、恋愛感情かといわれると首を傾げるものだった。


「あっ、でもあれだよ。さっきのエリーのいうことはわかるよ。役にたちたいとか、力になりたいとか。ミズキってとんでもなくすごいから、こっちばっかり助けられちゃうんだよね」

 とんでもなくすごい――それはおかしな言葉だが、エリザベートもミズキを表すにはピッタリな言葉だと思っており、彼女の言葉に賛同するように頷いている。


「だから、少しでも恩返しはしたいと思ってるんだ。今はそれくらいかな」

 ただただすごい存在を目の前に一緒についていきたい、その気持ちが強いのは二人の共通認識だった。


 三人はまだ歳若く、十二から十三歳といったところであり、色恋を意識するのはまだもう少し先のことだった。


「ブルル」

 森までまだ距離があったが、急にイコが足踏みをするように足を止めた。


「ど、どうしました? なにかありましたか……」

 質問しながらエリザベートはイコが見ている方角に視線を向ける。


「あれ? なにか、なんだろ? ねえ、エリー。あれってなんか黒い柱みたいなのがない?」

 ユースティアがじっと森の奥を見て指をさす。


 まだだいぶ先にある森。

 その中央あたりから一筋の黒い光の柱が立ち上っていた。


「みなさん、あれに見覚えがある方はいますか?」

 エリザベートは振り返ると騎士たちに質問する。

 その表情は真剣なものであり、この質問が重要なものだとわかる。


「い、いや、私は……」

「私もだ」

 カッパーとニッケルの両部隊長が首を振る。

 部下たちに視線を送るが、彼らも同様に首を横に振っていた。


「誰も見覚えがない、ということは明らかに普段とは違う現象ということですね。みなさん、私たちは先に森へ向かいます。全力で追いかけて下さい! 飛ばしますね!」

 一瞬で危ないことが起こっていると判断したエリザベートはイコの背中を軽くたたく。


「ヒヒーン!」

 すると、イコは羽を広げると空高く舞い上がり、森へと飛んでいく。


「……すげえ」

 誰ともなく漏れた言葉。


 バイコーンという謎の多い幻獣種。

 しかし、馬と同じ身体をしているた、め足が速いくらいのものだろうと騎士たちは判断していた。


 しかし、イコには飛行能力があり、ものすごい速度で森へと向かって行った。


「お、おい」

 呆気に取られていたカッパーが我に返ると焦ったようにニッケルへと声をかける。


「そ、そうだな。みんな聞いたな! 全速力で森へと向かうぞ!」

 焦りながらも彼女に言われた言葉を思い出したニッケルは全力で馬を走らせ、部下たちもそれに続いていく。



 先を行くイコはかなりの速度で空を疾走していく。


「あれは、森の中央あたりから出ていますね」

「みたいだね……もしかして、魔法陣があったのって?」

 ユースティアの問いかけにエリザベートが頷く。


 確実に壊したはずの魔法陣。恐らくはその位置から光の柱が出ていた。


 これがこの場所だけのことなのか、洞窟と島でも同じことが起こっているのか。

 エリザベートの心臓が不安から早鐘を打っている。


 森だけの問題であれば、エリザベートがミスしたことになる。

 他の二か所も同じことが起きているのであれば、更に大きな問題なることが予想される。


「大丈夫、大丈夫……」

 不安を打ち消そうと、ぎゅっと手に力を入れながら言い聞かせるように汗をにじませたエリザベートが呟く。


「大丈夫だよ。エリー、私もイコもついてる。今は離れているけどミズキもいる。大丈夫!」

 そんな彼女の気持ちを感じ取ったユースティアはなるべく明るい声で、エリザベートの不安を拭っていく。


「ティア……はい!」

 自分は一人ではないとユースティアの声で心が温かくなったエリザベートは程よく緊張が解ける。

 なにが起こったとしても全力で対処するだけであると心を決めると、エリザベートの顔から不安の色が消えていった。

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