第66話
「…………ティア、ユースティア!」
「ほえっ?」
朝日が差し込み、小鳥が朝を知らせる声が響く中、眠れないと緊張していたはずのユースティアは深い眠りについていた。
ミズキの呼びかけの一度目は届かず、少し大きめの二度目はユースティアの耳に届いたが、反応としては変な声を出すというものだった。
「朝だぞ。朝飯食ったら調査に行くんだ、忘れたか?」
「うー……」
少し呆れたように笑うミズキが今日の予定を説明していくが、寝ぼけまなこのユースティアは七割夢の中にいるらしく、声が聞こえてはいても頭に入ってこないようだった。
「あ、ミズキさん。ユースティアさんは私が連れて行きますので、先に行っていて下さい」
これ以上彼女の寝起きの姿をミズキにさらすのはかわいそうだと思ったため、エリザベートは手伝いを申し出てふわりとほほ笑む。
「そうか? まあ、そうだな。先に行って説明しておくよ、ぼかした感じでな」
さすがに単純に寝坊と答えるつもりはないと、念のため言っておく。
「お願いします――ユースティアさん、ほら起きて下さい!」
ミズキを目線で見送った後、エリザベートは彼女の身体をゆすりながら声をかけていく。
「うー……ん、世界が、ゆれるううう……」
まだまだかかりそうだなと、ちらりとユースティアたちのことを一瞥したミズキは一足先に食堂へと向かって行った。
「――こっち、だったか?」
部屋には夜中に案内されていたため、朝の明るさとは印象が異なり、一人で部屋を出たミズキは食堂までの道がわからなくなっていた。
すると、そんなミズキに声をかけてくる人物がいた。
美しい栗色の髪をアップにして後ろで上品にまとめている、おっとりした雰囲気の緑色のドレスが似合う女性だ。
年齢でいえば、ミズキよりも、ララノアよりも少し年上くらいである。
「あら、可愛いらしい子……あー、あなたがミズキさんですね。食堂に行こうとしているのかしら?」
「あ、あぁ……あんたは?」
頬に手を当ててほほ笑む彼女にミズキは見覚えがなかったため、警戒しながら問いかける。
「ふふっ、私も行くところなので、一緒に行きましょう。さあ、こちらですよ」
しかし、それには答えず、笑みを絶やさぬ彼女は強引にミズキの手を引いて食堂へと向かって行く。
「ちょ、ちょっと」
少し引っ張られる形になってしまったため、領主の館にいる女性とあれば無下に突き飛ばしたり振り払ったりするわけにもいかず、ミズキは慌てて早足で彼女をおいかけていく。
食堂にはすぐに到着し、彼女はそこでぱっと突然手を離す。
「それではこちらが食堂になります。お入りください」
先ほどまでの強引な態度からは打って変わって上品にほほ笑んで恭しく礼をすると、彼女は扉を開いた。
「――ん? おぉ、ミズキ君か。それに、ベッキー。お前が案内をしてくれたのか?」
どうやらマクガイアはその女性のことを知っているようで、親し気にベッキーと愛称で呼んでいる。
「はい、お父様。廊下を困った様子でいらしたので、こちらにご案内しました。ふふっ、ミズキさん。自己紹介が遅れました。マクガイアの娘のレベッカと申します。どうぞ、ベッキーとお呼び下さい」
彼女はいたずら好きであるため、ミズキのことをからかっていたようだった。
「なるほどな。それじゃ……俺はミズキ、冒険者をしている。ここまでの案内は助かった。ありがとうな、ベッキー」
「はい、どういたしまして」
いたずらが成功して嬉しそうにしているレベッカはくすくすと笑いながら言うと、自分の席に移動していく。
「ご苦労だったな。それで、あとのお二人は?」
エリザベートとユースティアの姿が見えないため、マクガイアが質問する。
ミズキの右肩にはアーク、左肩にはイコが乗っていたのをみて不思議そうにしている。
「あー、二人は準備に手間取っているようだ。なにせ、昨晩は疲れてぐっすりだったからな。油断した状態だったから、時間がかかっているんだろうさ」
質問に対して、寝坊という言葉は一つも使わずに彼女たちの状況を説明していく。
「ふむ、それでは少し待つとしよう。全員揃ったらまずは食事を、その後食休みをとって今日の予定を説明ということで」
「わかった。昨日のアレでしっかり、俺の強さが骨身に染みていてくれると楽なんだがな……」
四人の部隊長を吹き飛ばした時のことをミズキは思い出している。
「う、うむ、あのあと彼らと話をしたんだが、何をされたのかわからなかったそうだ。あんな魔法は見たことがないとな、彼らに君への反発心はないように思えたから、部下にもしっかり話してあると思うぞ」
マクガイアは、ミズキたちがいなくなったあと、部隊長四人としっかりと話し合い、ミズキたちのことを再度伝えてどれだけ重要かを説いていた。
主である彼にそこまで説得されて、反発するような者はいない。
もちろんミズキの実力に関しても身をもって知ったからにはむやみなことも言えないとわかっている。
いま彼らは出発前にそのあたりの説明を懇切丁寧に部下たちへとしていた。
「……まあ、問題があったら同じことをやって見せるだけだけどな」
しれっとそう言ったミズキも自分の席についている。
昨日のあの場面を見たマクガイアからすれば気が気でない。
「あら、ミズキさんはそんなにすごいものをお見せになったのですか? お父様ばかりずるいです。私にも見せて下さいな」
「お、おい、ベッキー。やめないか、失礼であろう?」
そのすごいことをここでやられては、とんでもないことになってしまうため、マクガイアは慌ててレベッカを止める。
「いや、別に構わないぞ。ほら”水鳥”」
ミズキは手のひらに水でできた鳥を作り出して、それをレベッカに向けて飛ばした。
ゆっくりと水鳥がレベッカのほうへと飛んでいくが、翼をはためかせていて、まるで本物の鳥のようである。
「わぁ、す、すごい!」
「”水鳥””水鳥””水鳥”」
更にミズキは追加で三羽の水鳥を飛ばした。
四匹がくるくると遊ぶようにレベッカの周りを飛んで見せる。
「どうだ? 少しはわかってもらえたか?」
と、言いながら指を開かれた窓に向けると鳥たちは外に飛び出して、霧散していった。
細かい霧状になった鳥たちは、光を反射して一瞬だけ虹を見せた。
「ふわあ……」
その光景はどこか幻想的であり、うっとりと見とれているレベッカは放心しながらそれを見ていた。
「お、お待たせしました」
「遅れてごめんなさい!」
そのタイミングでエリザベートとユースティアが食堂に現れ、焦ったように大きく頭を下げていた。
「話をしていたから大丈夫だ。余興はこれにて終わり、さあ朝食にありつこうじゃないか」
その余興程度の魔法で、ミズキは完全にこの場の空気を掌握していた。
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