第65話


「それじゃ、そろそろ寝るか。明日は何時ごろ出発するんだ?」

 なんだかんだ疲労があったミズキは、そろそろベッドにもぐりこみたかった。


「そう、だな。朝食を食べて休憩をしてから出発としよう。昼もこちらで用意させるので安心してくれ。誰か、誰か!」

 マクガイアが二度の拍手と大きな声で廊下に呼びかけると、すぐにメイドの一人がやってくる。


「マクガイア様、お呼びでしょうか」

「ほう」

 どこかで待機していたのか、一糸乱れぬ様子のメイドにミズキは感心していた。


「あぁ、フユ。すまないが、みなさんを客間に案内してもらえるか?」

「承知しました。それではみなさん、ご案内しますのでこちらへどうぞ」

 暗めの髪色に白と黒をメインとしたメイド服を着たフユと呼ばれた少女は表情一つ変えず静かに会釈すると、ミズキたちを先導していく。


 早すぎず、遅すぎず、絶妙なペースでミズキたちを案内してくれているフユを後ろから見ていたミズキはふと疑問が思い浮かんだ。


「…………」

 しかし、それを口には出さずに、ただフユの後頭部をじっと見つめていた。


 すると、階段を上がる手前でフユがピタリと足を止めた。


「申し訳ありません、ミズキ様。私がなにかしましたでしょうか?」

 あまり表情は変わっていないが、少し困ったような雰囲気をにじませた彼女はそう問いかけた。

 ずっと視線を感じていたらしく、何かしてしまったつもりのないフユはいよいよそれを聞かずにはいられないくらいには気になっていた。


「あー、いや、ちょっと気になることがな。フユって言ったよな? もしかして、このへんじゃなく、遠くの出身だったりするか? もしくは、親がそうだとか」

 ミズキは最初に彼女の名前を聞いてから『フユ=冬』という意味を持った名前なのではないかと疑問に思っていた。


 つまり、日本的考えをもってつけられた名前なのではないかと考えていた。


「……もしかして、髪の色でしょうか?」

 彼女の色は茶色ががっているため、恐らくは土属性である。

 しかしながら、その色は黒に近い茶色であり、日本人の髪色から少し色が抜けたようにも見えた。


「あー、それもそうなんだが、名前もな。このあたりじゃ聞きなれない名前だと思って」

「そういえば、そうですね。綺麗なお名前です」

「確かに、知り合いの中にもいないかも」

 ミズキの言葉に、エリザベート、ユースティアも同意する。


「あ、名前ですか。そうなんです、私の母が遥か東方の出身でして、そこでは四季という四つの季節があるのです。私は寒い時期に産まれたのでフユと……」

 それを聞いたミズキは、心の中でガッツポーズをとっている。

 よく創作物などでは日本と東方は近しいものがあると描かれており、これまで東方の出身の者にあったことがないミズキは興味津々だった。


「へえ、東方の国か。少し、その国の話を聞かせてもらってもいいか?」

「……え? は、はい、それはもちろんです。では、お部屋に向かいながらお話しますね」

 思わぬ食いつきにフユは面を喰らいながらも、廊下を進む間の世間話の一つとして母の故郷のことを話していく。


 彼女は母がこちらに来てから産まれた子どもであるため、フユ自身は行ったことがない。

 あくまで聞いた話だけであるという前提で話している。


 故郷の国の名前はクニモトという。

 先ほど話したように、春、夏、秋、冬という四季がある。

 小さな島国であり、魔法よりも別の技術が発展している。

 主食としてライサという食べ物が好まれている。

 海に囲まれているだけあり、海産物が豊富である。


 などなど、彼女の知る知識の中からクニモトの紹介がなされていく。


「あ、到着しました。話の途中となりましたが、私はこれで失礼させて頂きます。ごゆっくりお休み下さい」

 部屋までの話だと割り切っていた彼女は大きな扉の前にたどり着くと深々と礼をして立ち去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。二つほど質問してもいいか?」

「はい、なんでしょうか?」

 もちろん断るフユではなく、どんな質問かとただ静かに待ち構えている。


「その、ライサという食べ物はどういうものなんだ?」

「私も聞いただけで見たことはないのですが、こう、小さなもちもちした粒? のようなものがたくさんあって、それを蒸したり焼いたりして食べるのだとか……」

 これを聞いて、ミズキは再度ガッツポーズをとる。


(それは多分米でご飯だ! ライスだ! 彼女の話から察するに、そうそう帰れるような近い場所ではなさそうだな。エリザベートとユースティアの反応を見る限り、彼女たちも知らなそう……つまり、このあたりでは有名ではないということか……)

 そんな風に考え込んでいるミズキのことを、フユはきょとんとして首を傾げている。


「ミズキ様、一つ目の質問はそれでよろしいのでしょうか?」

「おっと、すまない。一つ目に関しては満足だ。ありがとう」

「いえいえ」

 ミズキが満足してくれたことで、フユは首を振って次の質問を待つ。


「もう一つなんだが……もしかして、俺たち全員で一部屋か?」

 ここにはミズキ、エリザベート、ユースティアの三人がおり、案内された部屋は一つだけだった。


「はい、みなさん仲がよろしいようなので一つの部屋でと旦那さまから言われております。それと、みなさんがお泊りになるこちらの部屋は広めに造られていますので、決して狭いと思うようなことはないかと思われます」

 フユはそう言いながら大きめの扉をゆっくりと開き、ユースティアが一番に部屋を覗く。


「うわ、すごい広いよ! ベッド三つあっても、かけっこできるくらいだよ!」

 彼女が驚きながら手招きするため、ミズキとエリザベートも中を覗いてみる。


「本当だ……」

「すごい広いです……」

 二人もユースティアと同じように驚いていた。


「もし、なにか不都合なことがありましたら一階に警備のものがおりますので、お声がけ下さい。それでは失礼します」

 今度こそフユは案内の役目を終えて、戻って行った。


 彼女にもまだ仕事があるため、そちらに取りかかりたかった。

 しかし、それを一ミリたりとも見せなかったのはさすがのことだった。


「まあ、俺はいいんだが……二人とも大丈夫か?」

 案内されたのはこの部屋だけとはいっても、ミズキは一応確認する。

 まだ子どもだとはいえ、男と一緒に一つの部屋で寝ることについて、彼女たちが嫌がらないか心配していた。


「私はもちろん構いません。いつも一緒の部屋だったので、特別気にすることもないかと」

 ミズキの実家――つまりエールテイル大森林のあの家では四人が一緒の部屋で寝ていた。

 そのため、エリザベートは特に違和感なく笑顔で大丈夫だと頷く。


「……なっ!? だ、だったら私も大丈夫!」

 二人が深い仲だと感じ取ったユースティアは、なぜだかこのままでは仲間外れのような疎外感を感じ、ここで一緒にいなければまずいと、勢いよく手を上げてそう宣言した。


「そうか? まあ、だったらいいか。それじゃ、綺麗にしたら寝るか」

 ミズキは二人に近寄るように手で合図すると、魔法で自分を含めた三人を綺麗にして、そのまま大きなベッドで床についた。


 ユースティアだけは、初めて男性と同じ部屋で過ごすということで落ち着かず、しばらくは眠りにつくことができなかった……。

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