第64話


「なんなんだ? 明日から調査に行くから早く休みたかったのに……」

「まあまあ、領主様の命令ですから」

「ふわあああ、ねむい」

「なにするか誰も聞いてないのか?」

 夜の静けさが漂う中、調査に出発する予定の四人の部隊長は、敷地内にある屋内訓練所に集められていた。


「諸君、中には既に休もうとしていた者もいると思うが、夜遅くに集まってくれて感謝する」

 マクガイアが深々と頭を下げるのを見た部隊長たちは、さすがに不満を口にするのはまずいと思い、焦って姿勢を正す。


「いえ、我々はマクガイア様にお仕えしている身であります。緊急の集合要請とあれば、いついかなる時でも集まる所存です!」

 気合の入った声音で代表して一人が言うと、それに合わせて残りもびしっと敬礼をした。


「ははっ、これはすごいな。さすが領主様お抱えの部隊といったところか」

 そんな様子を見て感心しているミズキを見る部隊長たちの視線は厳しいものだった。

 マクガイアに呼び出されるのには異論はないが、子供のミズキがなぜここにいるのか理解できない様子だった。


「コホン――今日集まってもらったのは他でもない。明日からの調査だが、彼らに同行してもらうこととなった」

 このマクガイアの言葉に、四人はざわつく。


「なんであんな子どもたちが……」

「足手まといが増えても困りますね」

「はー、面倒だなあ」

「質問です、なぜ彼らが一緒に行くのですか? 我々の部隊だけであれば統率がとれていますが、彼らが加わるとなると、それが乱れてしまいます!」


 つまりは、誰もがミズキたちのことを邪魔ものだと思っている。

 彼らの反応は予想通りのものばかりで、ミズキは内心ため息をついていた。

 こうなるのが嫌だったため、ミズキは先に釘を刺していたのだ。


「わかっている。だが彼らが何者なのかわかれば、連れていく意味があるとわかるはずだ。最近、洞窟、森、島で問題が起きていた。多くの強力な魔物が現れて、我々が手出しできなかったのをみんなも知っているはずだ」


 マクガイアの言葉に全員が頷く。

 領主である彼がその影響で心を痛めていたのを知っていたからだ。


「――それを解決してくれたのが、ここにいる彼ら三人になる」

 マクガイアの言葉に部隊長たちは揃ってミズキたちを順番に見た。

 退屈そうにあくびをしているミズキ、ふわりとほほ笑んだエリザベート、見られることに慣れていないユースティアがちょっと恥ずかしそうにして並んでおり、アークとイコは小鳥サイズになっている。


「……質問ですが、それは本当のことなのですか? 全員が若いようです。しかも、そのうちの一人は」

 一人の部隊長が手を上げて質問した。

 四人の部隊長の視線はミズキの髪の毛に集まっていた。


「ふむ、やはりこういう展開になるのか。いや、君の言うとおりだったな。これは、私の監督不行き届きというものだ。申し訳ない」

 彼らの対応について、マクガイアがミズキに頭を下げて謝罪する。

 髪や目はその者がもつ魔法属性を表すため、水属性を現す色をしているミズキの髪を見て部隊長たちは明らかに嫌悪感を示していたためだ。


「いや、いいさ。わかっていたことだからな。この髪の色で産まれた時から、こんな反応はよくあることさ……まあ、だから少し俺の力を見せようかな」

 髪の毛を少しつまんで仕方ないと肩をすくめたミズキは数歩前に出る。


「うむ、彼が同行するに相応しい実力を持っているかどうか、今ここで、そして君たちの目で実際に確認してもらいたい」

 マクガイアが宣言するが、四人は戸惑っている。


「いや、そう言われても……どうすればいいのか?」

 戦うのか、魔法を見せるだけなのか、なにか特別なことをするのか。なんの説明もないため、困惑の渦中にいる。

 いくら最弱といわれる水属性といえど、領主がここまで言う存在となると実力が未知数のため、そろって訝しげな表情をしていた。


「あー、そうだな。これから俺は魔法を使う。あんたたちは、そこに置いてある武器を使ってもいい、魔法を使ってもいい、なにをしてもいいから俺の魔法を防ぐか、俺に明確な一撃をいれてくれ。俺が勝てばなにも文句を言わずに同行させてくれ。もし、俺が負ければ同行せず、大人しく待っている」

 この言葉に四人は怒りを覚える。


 こんな子どもが、たかが水魔法の使い手が自分たちに勝てると思っている。

 それは、これまでマクガイアに仕えて来た自分たちを舐め切っている、と。


 彼らもプライドを持って部隊長という仕事に取組み、やりがいを感じて働いていた。

 ここに上り詰めるためにそれ相応の努力をしてきたつもりのある者たちであり、子供に負けるとは思ってもいなかった。


「ふむ、条件もわかったな。部隊長たちは武器を手にするといい」

 怒りがこみ上げながらもなんとかこらえていた部隊長たちは、仕えているマクガイアにそう言われ、自分たちの実力を本気で示そうと硬い表情でそれぞれが得意な武器を手にしていく。


「始まる前に確認。この部屋のものが壊れても、俺に責任はないってことでいいか?」

「……あぁ、もちろんだ」

 先ほどのミズキの魔法をマクガイアは味わっているため、とんでもないことが起こると予期していたが、それでもここで頷く以外の選択肢はない。


「そろそろ準備はいいようだな」

 マクガイアは四人が武器を持ってミズキと対峙したのを確認してそう言う。


 それぞれが頷いたことで、いよいよ戦闘が始まる。


「それでは……はじめ!」

 宣言と共に部隊長たちはそれぞれ走りだす。


 ミズキが魔法を使う前に、さっさと倒してしまおうという作戦である。

 基本的に魔法使いは詠唱が長く、その間に倒せると踏んでいた。


「”水竜””水竜””水竜””水竜”」

 即座に四体の水竜を呼び出したミズキは、それを部隊長たちに向かって放つ。

 ぐわっと大きく口を開いた水の竜が勢いよく飛び出してそれぞれの部隊長めがけて襲い掛かった。


「なっ!?」

 あまりの詠唱の短さに部隊長たちが驚いた瞬間には、目の前に迫ってきており、水の竜に飲み込まれる。


「ぐあああああ、がぼがぼ……!」

 水の中では呼吸もできず、声も出ない。


 四人のうち、一人は最初に水を大きく飲み込んでしまい、既に水中で気絶していた。


 水竜は四人を訓練所の壁に押しやり、水浸しにすると空に向かって飛び立ち、霧散した。

 部隊長たちは瞬く間に起こった事態に理解が追い付かず、呆然と座り込んでいる。


「……これでどうだ?」

 月明かりに照らされながら淡々とした表情で振り返ったミズキは十分な結果だったろ? とマクガイアを見る。


「さすがです、ミズキさん!」

「やっぱり、ミズキはすごいね!」

 女性二人がミズキのことを褒めるが、マクガイアは想像以上の魔法威力に固まっている。


「さてと、あのまま寝かせておくわけにもいかないから連れてくるか。アーク、頼む」

「ピー!」

 彼らの水を吹き飛ばした後、ミズキの言葉に反応して、飛び立ったアークがくるりと回転して本来のグリフォンの姿に戻った。ミズキが起こした風に乗って部隊長たちのほうへと飛んでいく。


「イコさんもお願いします」

 こちらはエリザベートの指示で、バイコーンに戻ったイコも倒れた彼らのもとへと向かう。


「…………は?」

 ミズキの魔法に加えて、グリフォン、バイコーンという幻想種が突如現れたことで、部隊長たちの固まりは更に持続されることとなる。


「あとは、あいつらの説得を頼むぞ。俺はやることはやったはずだからな」

「あ、あぁ……」

 なんとかミズキの言葉に反応したマクガイアだったが、部隊長たちと一緒で、あまりの実力を目の当たりにして未だに事態を完全には飲み込めずにいた。

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