第60話


「まあ、中央の魔法陣はエリーが解除してくれて、森のほうもやってくれた。海の洞窟は俺のほうがやったから、とりあえずは一件落着といったところだな」

 これで恐らくはあの街の周辺環境は改善していくと思われる。


「つい昨日までは、なにも変わらない、衰退に向かう日々が送られているだけだったのに……」

 それがミズキが来てから、たった一日程度で一気に問題が解決している。

 ずっと停滞していた状況が一変したことで嬉しさよりも驚き戸惑いが勝っていた。


「本当にできるとは思ってなかった……。でもミズキが戦って行く中でもしかしたらいけるかもしれないって思ってた……でも、この島で一瞬で相手に踏み込まれてもう終わるかと思ったのに命がまだある……」

 そこまで言って、みるみるうちに目に涙いっぱい貯めたユースティアはブルブルと身体を振るわせる。


「う、うぅ。生きていてよかったああ……うわああああああん!」

 死を覚悟したあの瞬間を思い出したユースティアは一気に恐怖が襲いかかって来るのを感じていた。


「大丈夫、大丈夫ですよ。もうあいつはいませんし、いても私たちがいます。私はもちろんですが、ミズキさんはもっともっと強いですからね」

 ふわりと聖女のように微笑んだエリザベートはユースティアを抱きしめて、軽く背中を撫でていく。


 ミズキは頼んだ、と視線で合図するとアークのもとへと移動する。


「少しは痛みがひいたか。悪いな、完全な回復魔法っていうのはまだ使えなくてな。にしても、今回はよくやってくれたよ。俺がいないところで、ユースティアを守ってくれたんだろ?」

 ミズキの言葉自体は嬉しかったが、それでも最後の一言でアークは肩を落とした。


「ピー、ピピーピ」

 でも、守れなかった。

 最終的にユースティアのピンチをなんとかしたのは、エリザベートの雷魔法である。


 素早く発動ができて、威力が高い、そして正確な彼女の魔法が相手の武器を奪った。


「ピーピー……」

 だから、アークは弱弱しく首を横に振っていた。


「そうか、まだまだってことだな」

 彼の気持ちを感じ取ったミズキはそんなアークの言葉をしっかりと受け止める。


「だったら、どうする? ただ落ち込むか? それとも、もう俺と一緒に旅はしないことにするか?」

「っ……ピピー!」

 そんな選択肢はない、とアークが力強く首を横に振った。

 羽根を大きく広げて必死にアピールしている。


「だな、だったらあとは一つ……強くなろう。俺もあいつらを逃がしてしまった。だからもっと強くならないといけない」

 ミズキも自身がまだまだであり、まだまだ伸びるとも思っている。


 だからこそ、もっと強く、大きな男になれるように成長を胸に誓う。

 共に成長できる仲間がいるということは心強かった。


「さて、誓いを新たにしたところで、ユースティアが泣き止むまで少し休憩をしよう」

 そう言うと、アークはゆっくりとしゃがみ、ミズキはそんな彼を枕にして横になる。


 強力な魔法を何発も発動しており、さすがに疲労感を感じていたため、少し休憩をしたかった。


 その様子はエリザベートにも見えていたが、何も文句があるはずもなく。

 聞こえないように、口パクで『おやすみなさい』という言葉だけ投げかけていた。


 それから十五分ほどしてユースティアは少し落ち着きを取り戻して涙が止まる。


「ユースティアさん、大丈夫ですか? これを飲んで下さい。身体が温まりますよ」

 エリザベートはどこからか紅茶を取り出して彼女に渡す。


「あ、ありがとう……」

 泣き終わって冷静になると、とても恥ずかしいことをしてしまったとユースティアは反省をしている。


「……もし、怖いと思うのが弱いと思っているのであればそれは誤解ですよ。私も戦いはいつも怖いと思っています。私が死ぬかもしれない、ミズキさんが死ぬかもしれない――そんな可能性はどこにでも転がっていますから」

 ミズキと肩を並べているということは、それなりの実力の持ち主であるとわかる。そんな彼女でも戦いが怖いという。


「私はそんなに強くないです。強くないから頑張ってます。ユースティアさんも怖いと思える気持ちを大事にして下さい。慢心せずに進めればきっと強くなれますから」

 私そうだったように、とニコリと笑うと彼女はイコのもとへと移動して行く。


「やっぱ、すごいなあ……」

 ユースティアはこんな言葉が自然と口から漏れる。


 心はどこか晴れやかな気分だった。


 すごい人たちも、悩んで苦しんで、それを乗り越えて戦えっている。

 その事実は彼女に、自分もすこし頑張ってみよう、と思わせるのに十分な話である。


 それから更に五分ほど経過したところで、ミズキが目を覚ましてやってくる。


「ふわあ、いやあ眠った眠った。ユースティアも元気になったみたいだし……領主のとこに行くか!」

「うん!」

「ピー!」 

 ミズキの言葉にユースティアとアークが即答する。


「えっ?」

 一人固まってしまうのはエリザベートだった。


「ちょ、ちょっと待って下さい。領主さんから依頼を受けたのですか?」

 ギルドを飛び越して、その上のこの地域の責任者に会いに行くという、やはりいつも規格外のミズキだなと、エリザベートは驚きながらも感心している。


「あぁ、ちょっとここの街のギルドマスターは頭が固くてな。俺がFランクだって言ったら、それまでの態度を翻して話すら聞いてもらえなかったよ。だから、領主に話をとおしておくことにしたんだよ」

「あー……なるほどです」

 理由を聞けば納得できるものだった。

 エリザベートも冒険者ギルドでの活動はあってないようなものであるため、ミズキの状況に理解がおけた。


「とりあえず、港まではアークとイコで移動して、着いたらそこから徒歩で行くぞ」

 一気に乗っていくと、相手が警戒してしまうゆえの配慮である。


「わかりました!」

「了解!」

 ミズキはそのままアークにのり、ユースティアは女ということもあって同性のエリザベートの後ろに乗せてもらうことになった。


 まだ、島や洞窟や森の変化を知っているものはおらず、街は変わらずに閑散としている。


「ちょうどよかった。グリフォンとバイコーンに乗って降りてきたら騒ぎになるかもしれんからな。とにもかくにもまずは……報告だ!」

 そうして、ミズキたちは領主の館へと向かって行った。


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