第58話


 ミズキの予想では、ヒュドラが男を飲み込んでそれで終わりというものだった。


「おー、すごいな」

 しかし、ヒュドラはのみこむどころか、男が作った防御魔法と衝突したところで止まっている。


 双方の魔法は力強く拮抗していた。


 もちろん、ミズキはここで終わるつもりなどなく、これに対して追加の行動を行っていく。


「”六つ氷の魔力持て、七つ魔なる力持て、八つ竜たる力持て”」

 ミズキの詠唱によって、五つだったヒュドラの首が八つに増える。


 竜は既に水だけでなく、多くの属性を持っており、更には実体化までしている。


「”八岐大蛇(ヤマタノオロチ)”」

 水、麻痺、毒、聖なる力、神の力、氷、魔なる力、竜の力――それらが一体となって男に襲いかかっていく。


「ぐああああああああ!」

 さすがにこれに耐えるのは難しく、男は全ての属性をその身に受けて飲み込まれてしまった。


「トールハンマー!」

 更にそこにエリーの雷魔法が打ち込まれた。


「ぎゃああああああああ、あ、あ、あ……」

 水で濡れていることで、雷が男の身体に完全に流れ込んで、真っ黒こげになる。


「……エリー、酷いな。まさか、黒焦げにするとは」

 あまりの結果にちょっと引いた表情をしているミズキが呟く。


「えっ、そ、そんな! ミズキさんの魔法のほうが強力だったじゃないですか! それに、倒す時は徹底的にやれって、ミズキさんとお師匠が言ってたから……!!」

 二人の教えを貫いたのに、酷い言われようだとエリザベートは焦ったように不満をぶつける。


「ははっ、冗談だよ。それに、おい……黒焦げになったのは表面だけなんだろ?」

 一瞬笑ったのちにスッと冷静な表情になったミズキが話しかけると、既にこと切れたはずの男の黒焦げ死体がピクリと動く。


「えっ? あ、あれで生きているんですか……?」

 倒したと思っていたエリザベートは、ミズキの発言に驚いている。

 それほどに、魔法はクリティカルに決まっていた。


「セグレスの時を思い出せ。恐らくはアレと同じだ……」

「──魔族!?」

 セグレスの正体はただ教会所属の者というだけでなく、魔族という側面を持っていた。


「き、きひひひひ、きひひひひひひひ!」

 すると真っ黒こげになっていた男の身体にピキピキとひびが入っていき、気味の悪い笑い声が聞こえてくる。


「はははははは、ぎゃっははははははああああああ!」

 ヒビはミズキが言ったように表面にできた焦げにはいったもので、それが割れるとぬるりとぬめりを伴いながら青色の身体が現れる。髪の色は闇を映したような真っ黒だった。


「俺が生きてるってよくわかったなあ? 人間にしちゃやるじゃねえか。さっきの魔法も少しばかりあせったぜええええ!」

 爬虫類のように長いベロをしならせながら伸ばして、ケラケラとミズキをバカにするかのような顔を見せる。


「そうだな、人間ごときに押されすぎだろお前。魔族だなんていっても所詮はその程度ってことだ。しっかり自分を戒めて、人に迷惑をかけないようにすることだ」

「……ああん?」

 あきれ交じりのミズキの言葉に、魔族の男はピタリと動きを止めた。


 明らかに馬鹿にして、下の者に言い聞かせるような口調のミズキの言葉が聞き間違いかとすら思っていた。


「はあ、わからないのか? 弱いやつが吠えるなって言ってるんだよ」

 今度はシンプルな挑発。はっきり言わないとわからないのかといわんばかりにやれやれと肩をすくめている。

 口調も魔族の男をバカにしたようなものであるため、魔族の額に青筋が何本も浮き出した。


「ガキがあああああ、てめえ少し水魔法が使えるからって調子にのりすぎだろおおおおおおがああああああ! 魔族を舐めすぎなんだよ、死ね死ね死ねえええええ!」

「語彙力の少なさ、やはりバカか」

 鼻で嘲笑ったこれが止めとなって、魔族の男は怒りの頂点に達し、無言で動き出す。


 先ほどまでのような、地面を蹴る際に魔法でブーストするような様子はない。


 しかし、それよりも素早い動きで飛び掛からんばかりにミズキへと襲いかかる。


「すいじ……間に合わないな」

 ミズキは同じく水刃を複数撃ちだそうとしたが、それを許すほどの隙はみられず、目の前に魔族の男が迫りくる。


「死ねええええ!」

 脱皮した時に伸びた鋭い爪が更に尖り、ミズキの心臓をひと突きに貫こうとする。


「だから、語彙力が少なすぎるだろ、って! ”水拳”」

 つまらないことを言うなとため息交じりのミズキは拳に水を纏わせ、自らの魔力を流して魔族の男の爪を迎撃しようとする。


(馬鹿め、俺の爪はどんな金属をも貫く鋭さを持っているんだぞ!)


「悪いが、俺のほうが上だ」

 高をくくっていた男の爪とミズキの拳が衝突した瞬間、高い金属音が周囲に響き渡ったと思うと男の爪がそのまま折れて吹き飛んだ。


「は?」

 なにが起こったのか魔族の男には理解できていない。

 自分の手から流れる血と痛みに気づいていないほどだった。


「悪いが、これで終わりだ。”聖水拳”」

 呆然とする魔族の男へミズキは聖なる力を込めた水の拳を相手の胸の急所を狙って繰り出す。


「――ひっ!」

 水の力を纏ったこの拳はまずい、男の直感がそう強く言い聞かせている。しかし、避けるだけの余裕も手もない。


 死を覚悟した男の頭の中に走馬灯が流れていく。

 これまでに殺した人間の顔、などは思い浮かばず、ただただ自分が暴れてきたことだけが思い浮かんでいる。


 長かったように感じられた走馬灯とは裏腹に、実際は一秒にみたない時間で魔族の男はミズキの拳が直撃して死ぬ。


 次の瞬間、突然魔族の男の身体が消えた。


「……はあ、邪魔をするなよ」

 その理由はミズキにはわかっており、空振りした拳を戻すと視線を横に動かす。


 そこには洞窟で戦った、青白い顔の男がいた。


「はっはっは、さすがにあのままでは彼が死んでいましたからねえ。やはり、あなたは少し強すぎますよ」

 相変わらずの長身で、軽々と小脇に魔族の男を抱えている。


「まあ、死ぬのが少し遅くなっただけだ。お前たちは少し街の人たちに迷惑をかけすぎているし、なにやら企んでいるんだろ? そいつが魔族ってことはお前もそうかもしれない」

 冷たい眼差しを向けながらミズキは情報を引き出せるように質問を織り交ぜて、男に話しかける。


「ふふっ、私から自然と情報を引き出そうとしているとは――やはりあなたはなかなか面白いですね……一応言っておきますが、私は魔族ではありませんよ。この人はあなたがいう様に魔族ですけどね」

 ミズキの態度を気にもしていない様子で青白い顔をした男は楽しそうに笑う。


 この男の言う通りならば、こいつらの組織は魔族だけでなく、様々な種族がいるということである。


「もう一つ質問、お前たちは聖堂教会の所属か?」

 この質問には上空のエリーも緊張した面持ちになる。


「うーん、それは……秘密、ということにしておきましょうか。できれば我々のことは見逃してほしいのですが」

「――ダメだ」

「と言っておりますが?」

 二人でやりとりをしている状況で、青白い顔の男は誰か別の人物に話しかけた。

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