第57話
爆発するような激しい大きな音がミズキの向かっている進行方向から聞こえてくる。
「あれは、ユースティアたちがいる方向か!」
アークがいてもあれだけの音を発するほどの戦闘とあればなにか危ない目にあっているのではないかと焦りをにじませたミズキは魔力を集中させて、更に移動速度をあげていく。
恐らくは敵と思われる気配がユースティアたちに向かって行った。
つまり、敵かユースティアかどちらかになにかが起こっているということである。
そのなにかがわからないため、ミズキの焦りは募っていく。
「くそ、無事でいろよ!」
アークがいるから、ということだけを落ち着く材料にして自分に言い聞かせながら急ぐが、その表情は次第に険しいものになっていた。
「──見えた!」
誰かがいるのを確認することができたミズキは、そのままの勢いで全員を確認できる位置に行く。
そこには人相の悪い男、倒れたユースティア、ヨロヨロと苦しそうなアークの姿があった。
「ユースティア!」
大きな声で呼びかけるが、彼女から反応はない。
「ああん、誰だてめえは? あいつの仲間か?」
男は額に青筋を浮かべながらミズキに振り返る。
男の手は岩に覆われているが、それは元々の剣の形を保っておらずボロボロに砕けている。
水覚でユースティアを探ると、どうやら彼女は気絶しているだけで無事であることがわかり、ほっと胸をなでおろす。
「ミズキさん!」
ミズキと、男と、気絶したユースティアと、アークしかいない状況で自分の名を呼ばれたため、彼は声がする方向に視線を向けた。
「……エリー!」
それはミズキが実家に連れて帰って、そこで修業を積むことにしたエリザベートだった。
彼女は二本角の生えたバイコーンにまたがって、上空にいた。
「あの男がそこの彼女に斬りかかろうとしたので、武器を破壊させてもらいました! アークさんが庇おうとしていたので、多分味方ですよね?」
状況から推測したため、念のためエリザベートは確認をとる。
彼女は森で、ミズキ、グローリエル、ララノアと修行をしており、かなり実力が上がっている。
だからこそ、確実に武器を壊すというようなことができた。
「あぁ、よくやってくれた。俺は遠い場所に飛ばされてな、すぐに来ることができなかったんだが……エリーが来てくれて助かったよ」
戦える仲間が増えたことで、一気に形成が逆転した。
「お前らよう、俺がいるっていうのにピーチクパーチクおしゃべり楽しみやがって、お前らは鳥かっつーんだよ! あぁ、うぜえうぜえ! 俺はよう、鳥ごときに睨まれて、こんなよええガキに魔法使われて、お前らがうるさくてイライラしてんだよおおおおおお! だからさぁ……死ねや」
苛立ちから周囲に当たり散らした男は地面を蹴って、まずは地上にいるミズキとの距離を詰める。
「お、早いな」
しかし、その速度はミズキには見切られている。
「飛べ、”水刃”」
男の進行方向に構えるように水の刃を撃ちだす。
「ちっ、見えてんのかよ! でも、それくらいなら……なっ!?」
一射目の水刃は軽々と避けることができたが、ミズキはそれを二十連発で間髪入れずに撃ちだしていた。
「お前、くそっ! アイアンウォール!」
さすがにこれを避けることはできないと判断した男は足を止めて、岩の壁を作ってミズキの魔法を遮断しようとする。
「おぉ、素早い魔法展開だ。なかなかやるな」
判断の早さ、魔法発動までの速さをミズキが称賛する。
「でもな……」
そのミズキはニヤリと笑っていた。
男が魔法で作り出した岩の壁はまるで熱したナイフでバターを切るかのようにスムーズに切られ、その隙間から魔法が男に降り注ぐ。
「お、おおおぉ? うおおおおおお!」
ミズキの魔法の前に、この程度の壁は意味がなく、魔法全てを受けてしまうこととなった。
信頼していた壁が切られた瞬間しか見えていない男からすれば、なにが起きたのかわからずに、ただただダメージを喰らってしまった。
水しぶきで男の周辺が見えなくなっているため、それが晴れるのをしばらく待つことにする。
数十秒後、そこには男が腕をクロスにして立ちはだかっていた。
「はあ、はあ、はあ、はあ、な、なんなんだ、お前の、魔法は……」
とにもかくにも、やばいという直感だけを頼りに、ボロボロになった男は息も絶え絶えに全魔力を防御に回すことでミズキの魔法を防ぐことを選択して何とか生き残っていた。
だが、全てを防げたわけではなく体中に刃による傷を負っていた。
「なんだって言われてもな。ただの水魔法だ。今のなんて、そんなに強力なやつでもないからな。数だけはちょっと多めにしたけど」
むしろ、この程度で驚かれたことにミズキは怪訝な表情になっている。
「……ただの、水魔法? 強力なやつでもない?」
強力じゃないただの魔法でこの威力、そしてその魔法が最弱といわれる水魔法であることに、男は混乱をきたしている。
「お前は水魔法のことをどれだけ知っているんだ?」
試しにミズキはこんな質問を投げかけてみる。
「水魔法? そんな腐った魔法使うやつが未だにいるとは驚きだ! これだけの魔力を持ったやつは特にな……」
「なるほど……お前は水魔法の真実を知っているみたいだな」
ミズキの顔がスーッと冷たくなった。
先ほどまでは戦いを楽しんでいたミズキだったが、感情がなくなったかのように冷たい眼差しを男に向ける。
水魔法がなぜ衰退しているのか? なぜ最弱と呼ばれるのか? なぜ、自分はこの世界で不遇な目に合わなければならなかったのか?
これをわかっているという事実だけで、ミズキはこの男を殺す理由を十分にもらっていた。
「じゃあ……死ね」
先ほど男が口にした言葉を今度はミズキが口にする。
「”一つ水の魔力持て、二つ麻痺の魔力持て、三つ毒の魔力持て、四つ聖なる魔力持て、五つ神なる魔力持て!”」
ミズキはセグレスを倒したこの魔法を使うため、淡々と詠唱を始める。
しかも怒りによって魔力がいつもよりこもった魔法が出来上がっていた。
すると目の前に巨大な竜が姿を現していく。その首の数は五つ。
「”五首の竜(ヒュドラ)”」
魔法名と共に、ヒュドラが男へと襲いかかっていく。
「くっそがああああああ! てめえみてえなガキ相手にこんなことになるなんてなああ!」
ミズキの魔力のふくらみを感じ取った男はボロボロになりながらも苛立ちを吐き捨てつつ魔力を全力で高めて、なんとかミズキの魔法に対抗しようとする。
強力なミズキの攻撃魔法、決死の男の防御魔法がぶつかり合った。
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