第56話


「よし、行くぞ!」

 ミズキは周囲にある水を自分の周りに集めて、水の上にのって滑るように移動して行く。


 地面の摩擦に関係なく進んでいくため、彼が走るよりもかなり速く移動できている。


「まずいな……」

 残った気配、恐らく敵だと思われる気配はミズキではなく、ユースティアたちを狙って動き出していた。


「急がないと……ん?」

 もう一つ謎の気配が同じようにユースティアたちを目指して移動している。

 そのことに首を傾げるも、どちらも同じ方向を目指しているのであればミズキもユースティアたちを目指すことにする。




「――さ、さっきのものすごい水はもしかしてミズキのしわざなの!?」

「ピー!」

 大きな波がきた瞬間、アークの背に乗って回避したユースティアは波が過ぎ去った島を見下ろしている。

 自分の目の前で海の大きな波が襲い掛かってくるのを見てしまったユースティアは助かった事実に今も心臓が早鐘を打っており、ドキドキしながらアークに問いかけると、そのとおりだと答えてくれる。


「……アークってすごく頭いいよね。私の言っていることも、ミズキが言っていることも全部わかっているみたいだし、鳥にも変化できるし、グリフォンだから強いし……」

 冷静になって考えてみると、ミズキのとんでもなさに目を奪われがちだが、アークも何気にすごいことに改めて気づいたユースティアは笑顔でアークの背を撫でる。


「ピピー」

 そんなことないよとでも言いたそうであるが、さすがに付き合いの浅いユースティアには伝わっていなかった。


「にしても、あれだけの魔法を使われたらもう島の上には魔物はいないのかな?」

 上空から完全に波にのみこまれた島を見ていたため、魔物が残っているとは思えなかった。


「ピピー!」

 しかし、アークは近づいてくる気配を感じ取っており、ユースティアを降ろして自由に動けるようにするため島に再び降り立つ。


「あ、ありがとうね。あとはミズキを待てばいいのかしら? きゃっ、なに!?」

 気配を感じ取ってないユースティアはそんな風に暢気に構えようとしたが、襟をアークに思い切り引っ張られて、後ろに転んでしまうことになる。


「ああん? こんなやつがあの魔法を使ったのか……? いや、こいつの髪の色は緑だ。っつーことは別に青髪やろうがいるってことか。おい、ガキ。青い髪のバカはどこにいやがる!」

 二人に因縁をつけてきた男は茶色い髪を逆立てて、やや露出の多い服装で、なかなかにファンキーなキャラである。

 怒鳴り散らすように話しかけてきた彼は血走った目でユースティアを睨みつける。


「し、知らないってば!」

 少しいかつい見た目をしている男にビビりながらも、ユースティアはおいそれとミズキの情報を漏らすわけにもいかないため、知らぬ存ぜぬを貫こうとする。


「おい、ガキ! 本当に知らないんだろうな? 嘘だったら……」

 男はそういうと、地面から岩の槍を作り出す。

 どうやら男は土魔法のかなりの使いであり、詠唱もなく岩を隆起して槍を作り出すことができるのは、それだけの実力者であることを示している。


「ひっ……ほ、本当に知らないの!」

 それを見せられてもユースティアは仲間を売るなどということは考えておらず、再び知らないと答えた。


「はあ、俺が冗談で言っているとでも思われているのか? お前のようなガキが死んでも俺はぜんっぜん困らねーんだよ――しゃべらねーなら……死ね!」

 舌打ち交じりで吐き捨てた男は岩槍を手にすると、ユースティアに向けて振り下ろそうとする。


「ピー!」

 もちろんそんなことをむざむざさせるアークではなく、大きく羽を広げて威嚇しながら男を蹴り飛ばそうとする。


「おっと、鳥……グリフォンか。へえ、お前みたいなガキがこんなつええ魔物を使役するとはなあ。面白いもんだ」

 先ほどまでの怒りはどこへやら、男はユースティアからアークへとすっかり興味が移っていた。


「ピピー!」

 話す義理はないといわんばかりに鋭い眼差しでアークが男を睨みつける。


「はっ、グリフォンといえどたかが鳥ふぜいが俺様を睨むのか。あーあー、そうかそうなのか。……いやあ、はっはっはっはっは!」

 コロコロと表情を変える男は急に笑い出す。


「は、ははは……」

 あまりに突然の笑いに、困惑してしまったユースティアも思わず乾いた笑いを漏らした。


「おい、てめえが笑うんじゃねえよ。笑えねえんだよ」

(さっき笑ってたのはあんたでしょ!)

 明らかにおかしな相手であるため、意味が分からないとユースティアは心の中でだけツッコミをいれる。


「こっちの鳥ちくしょうも俺様に勝てると思ってんのか? それは、少しばかり、馬鹿にしすぎだよなああ!」

 大きなため息を吐いた男は、苛立ちをあらわにするように地面を蹴ると一瞬のうちにアークとの距離を詰める。


 これまでに分かるように男の魔法は土属性である。

 今の移動も、地面を蹴る瞬間、地面を隆起させて加速装置のように使っていた。


「ピピー!」

 アークはそれを完全にとらえており、男の動きに合わせて爪を振り下ろした。


「はっ! 見えてんのかよ! そいつはおもしれえが、甘いんだよ!」

 男の膂力は魔物であるアーク相手に全くひけをとっておらず、左手でアークの攻撃を受け止める。


 こんな経験はアークにとって初めてのことであり、驚きバランスを崩してしまう。


「はっ、少しいてえぞ!」

 男は右の拳をがら空きのアークの胸のあたりに撃ち込んだ。

 詠唱なしだったが拳は魔法によって岩に包まれており、強固な拳になっていた。


「ピイイイイイイイ!」

 直撃を受けてしまったアークは十メートルほど吹き飛ばされてしまう。


「まあ、鳥程度じゃそんなもんだよな。さて、そっちのガキも何も知らないなら用済みだ」

 ふんと鼻を鳴らしてつまらないものを一瞥するように冷たい表情の男の右手は岩に覆われ、その岩は巨大な剣をかたどっている。


 先ほどと同じように、一歩踏み出してユースティアとの距離を詰める。


「――えっ!?」

 その動きをユースティアは目でとらえることができず、簡単に接近を許すこととなった。


 この時、ミズキはまだ向かっている途中であり、到着までに二分を要してしまう。


「ウ、ウインドプレッシャー!」

 とっさに距離をとろうとユースティアは強い風圧を生み出して男を吹き飛ばそうとする。


「はっ、そよ風程度だなあ。さあ、死ね!」

 あざ笑うように風を感じながら男は足を固定しており、更には自らの魔力でユースティアの魔法をうち消して、魔法に抵抗していた。


 そして、ニタリと笑って右手を振りあげる。


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