第54話
港に到着すると、そこにはやはり誰もいなかった。
恐らくは漁師たちが使っているのであろう船が何隻か水の上をふわふわと動いているだけである。
「ここまでもほとんど人がいなかったが、ここはなおさらすごいとこだなあ」
寂しさを感じさせる景色を眺めているミズキがぐるりと見回すが、誰もいないし、誰かがいた気配も感じられない。
「まあ、これの方が好都合だがな……」
一息ついてそう言うと、ミズキは港の端に移動して地面に手を当てる。
「なにをしてるの?」
きょとんとしたユースティアからの当然の疑問に、ミズキは答えずに魔力を集中させていく。
「俺の魔力がどこまで広がるか……」
島を完全に覆うほどの範囲で魔力を流すことができれば、少なくとも海の状況だけでも改善することができる。
そうなれば、他の者も船で近づくことができるはずだ、と。
「いくぞ!」
地中の水分を魔力でつなげて地面をつたい、魔力が海へと入ると一気に広がっていき、魔法で輝いた海の色がどんよりとしたものから青い美しいものへと変化していく。
それはかなりの速度で広がっており、このままいけば海が完全に浄化されるのではないかとさえ思わされる。
「わっ……すごい!」
驚きに口元を押さえながら感激したようにユースティアは目をキラキラと輝かせる。
だがそれはある一定の距離まで行ったと思うと、輝きを失って再びどんよりとしている。
「……ダメだ」
海は広く、深く、完全に掌握するには、さすがにミズキ一人の魔力では足りなかった。
綺麗になった海の水も、すぐに逆侵食されて元の色へと戻ってしまった。
「あー、ダメかあ……」
上手くいっていたと思っていただけに、ユースティアはがっかりと肩を落としている。
「まあ、一か八かだったからな。ダメだということがわかれば、次の俺たちの行動は決まっている」
状況把握も兼ねての博打に出ていただけだと割り切っているミズキはすぐに立ち上がって肩にいるアークへ視線を向ける。
ぶわりと羽を広げたアークがミズキの肩から飛び立ちながら本来のグリフォンの姿へと戻る。
「そういうことだな、アーク頼んだぞ」
ミズキは優しくアークの頭を撫でていく。
「くるるるる」
この姿で頭をなでられるのは久しぶりであるため、気持ちよさそうにアークは目を細めて喉をならしていた。
「あ、あの、私も乗せてもらっていいのかな?」
その質問にミズキとアークは首を傾げる。
「ちょ、ちょっと二人してなんでそんな反応なの! だ、だって、洞窟に行くときは気絶してたから、乗せてもらったけど……今回は最初からだから……」
許可なく乗っていいのかと、ユースティアは不安に思っていた。
グリフォンという魔物は高ランクにあり、そう簡単に人を乗せることをよしとしない生き物であるため、自分もいいのかと迷っていた。
なんでそんな質問をするんだといわんばかりの二人を見てユースティアはわたわたと焦っている。
「ははっ、そういうことか。不可抗力なら仕方がないけど、今回は……ってことだな。気にしなくていいさ。そもそも嫌だったら、あの時点で乗せてない。そうだろ?」
「ピー!!」
気にしなくていいと軽く笑ったミズキの問いかけに、アークはそのとおりだと大きなひと鳴きを聞かせる。
「ほら、わかったら早くのるぞ」
ふわっと笑ったミズキは既にアークの背中に飛び乗っており、ユースティアへと手を差し出す。
「う、、うん……」
緊張に表情を硬くしたユースティアは恐る恐るながらも、ミズキの手を取ってアークの背中に乗った。
「わ、わあ、すごいね。前の時も思ったけど、アークはすごいふわふわだね!」
その感触に一瞬でユースティアの顔は蕩けていた。
「気持ちはわかるが、ここからは気を引き締めていくぞ。さっきの海の浄化で俺の魔力が届ききらなかったってことは、かなり強力な魔素が海にまで流出しているってことだ。もし、元凶があの島の上だとしたら……」
真剣な表情のミズキの言葉に、ユースティアは再び緊張で顔を固くする。
海ですらこの状況であるならば、島の上は相当に魔素が濃くなっており、洞窟よりも危険な状況であることが予想できる。
「ま、悩んでみても状況は変わらない。とりあえず島に近づいてみよう。アーク、頼んだ」
「ピピー!」
大きくひと鳴きすると、アークは翼を大きくはためかせて上空にあがっていく。
空を飛べることは大きなアドバンテージであった。
視界があっという間に高くなり、海一面を見渡すことができた。
「これは、すごいな……」
「こ、こんなことになっていたなんて……」
ミズキたちはそんな状況を改めて認識し、差異はあれど二人とも愕然としていた。
港から見た時には気づかなかったことだが、上空から見ると確実に海が魔素によって浸食されているのがわかる。
「くっきり色が違うな。にしても、ここまで範囲が広いと、俺の魔力が届かないのもよくわかるよ。恐らくは広いだけでなく、深いんだろうな」
海底がどれほどなのかわからないが、そう考えるとかなりの水量が魔素に侵されているのがわかる。
「早く、なんとかしないと……」
ざわつく心を抑えるようにぎゅっとこぶしに力を込めたユースティアの顔に焦りの色が浮かぶ。
洞窟は確かにミズキたちの力で改善したが、もし海がこのままであればいずれ海に繋がっている洞窟にまで届いてそこから再び浸食が広がっていくのは目に見えていた。
「あぁ、いくぞ!」
「うん!」
「ピー!」
アークは速度をあげて、まっすぐ島へと向かって行く。
当初予想していたとおり、島へ近づいてきたところで、前方に魔物の姿が見えてくる。
「ピイイイイイイイ!!」
それらを威嚇するように、アークが雄たけびをあげる。
視認できる魔物は、大きな鳥の魔物、ワイバーン、ガーゴイルなどだったが、アークの雄たけびを聞いてピタリと動きを止めた。
「グルルルルル!」
ひるんだ魔物たちへ向けてアークは更に牙をむいて、ギロリと強く睨みつける。
同時にただ睨むだけでなく魔力を込めた威圧も放っていた。
数秒ほどにらみ合うが、じりじりと高まるアークの気配に怯えをなした魔物たちが散り散りになっていく。
「す、すごい!」
アークの強さの一端を感じたユースティアは感動すら覚えていた。
「ユースティア、油断するなよ。あいつらは、少し睨んだ程度で逃げる魔物たちだ。それよりも、これから出てくる魔物たちはやばいってことだ……空で攻撃されても面倒だから、島に降りてくれるか?」
「ピー!」
「きゃっ!」
アークが勢いよく島に向かって行くため、危険地帯に真っすぐ突入していく感覚にユースティアは思わず声をあげてしまう。
「ん? ……アーク!!」
その途中で何かに気づいたミズキが右側を見ながら大きな声を出す。
「ピー!」
声をかけられてアークもこちらに魔法が放たれているということに、すぐに気づいた。
しかし、この状態から回避するのは難しい。
「アーク、俺が防ぐ。ユースティアを頼んだぞ!」
俺に任せろ、といわんばかりに構えたミズキはアークの背から跳躍して魔法へと向かって行く。
向かってくる魔法は火の初級魔法のファイアーボールだったが、視認する限り込められた魔力は中級魔法以上であり、直撃すればかなりのダメージを受けてしまうだろうことは想像に難くない。
「”水壁”」
それを瞬時に察したミズキは水壁を数枚展開して、それを受ける。
大きな爆発とともに、ミズキ、そしてユースティアとアークは二手に吹き飛ばされた。
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