第52話


 ミズキが領主の屋敷から出ると、彼のもとへ一羽の小鳥がやってくる。

 それは偶然近寄ったのではなく、目的をもってミズキに近づいてきたようだった。


「お、来たか。ってことは……それも手だな」

 小鳥を優しく肩へと導いたミズキは一枚の紙を取り出すと、そこに何かを書き記して、小鳥の足に結びつけた。


「それじゃ、頼んだぞ」

「ピピー!」

 ミズキが人差し指で軽く頭をなでると、小鳥は嬉しそうに返事をして飛び去って行った。


「今のはアークのお仲間さん……?」

 きょとんとした表情のユースティアは、ミズキと小鳥のやりとりがあまりになれた様子であったため、思わず問いかけた。


「あー、仲間といえば仲間だけど、種は別だな。森で一緒に色々遊んだ奴なんだけど……まあ、ちゃんと紹介する時もあるだろうから、詳しくはその時にな。とりあえず、俺たちは島のほうに集中しないとだな……一応ギルドに顔を出してみるか」


 洞窟に行く前はなしのつぶてだったが、情報だけなら教えてくれるかもしれないとミズキは淡い期待を抱いている。


「うーん、どうだろうねえ。何をするかは言わずに、情報だけ聞くのはありだろうけど……」

 ミズキが相手にされなかったという話を聞いていたため、何とも言えない表情のユースティアはまるで自分がそんな態度をとられたかのように感情移入をしていた。


「そうなったらそうなったで、適当に切り上げて俺たちで島に向かえばいいさ」

 対して気にした様子もなくミズキがさらっとそこまで言ったところで、ユースティアは暗い表情になる。


「ん? どうした?」

 この短時間の間にそこまで気分を落とすようなことがあったか? と、訝しげな表情のミズキは自分が口にした言葉を思い出している。


「んーとね、洞窟の時はね、私が場所を知っていたから案内っていう意味でも多少は役に立ったと思うんだけど……」

 島は港まで行けば方法を示すことができる。

 ただそこに一緒についていっても、今度は足手まといになってしまうのではないかと、ユースティアは自己嫌悪に陥っていた。


「あほ」

「いたっ!」

 ミズキは軽くユースティアの頭をコツンと小突いた。

 もちろん痛みはなく、彼女も反射で言っただけである。


「あのなぁ、洞窟でだって最後のほうはユースティアだって戦っただろ? 徐々に徐々に成長していってるのは自分でも感じてるはずだ。それに屋敷を出てからも、ずっと魔石に魔力を込めてコントロールの練習をしているじゃないか――だからいいんだよ」

 呆れた表情のミズキはやれやれとため息交じりだ。


 そもそもがミズキが勝手に一人でやろうとしていたところを、この街に思い入れのあるユースティアが参加してくれたことで意味を持つこととなった。


「俺一人に任せたら、途中で面倒臭くなって帰るかもしれないぞ?」

 ここまで来たらユースティアは完全に関係者であり、今から抜けるなどということはさせるつもりなどなく、ちらりとユースティアの方を見ながらミズキは半分本気の冗談を口にする。


「そ、それは困るよ! だ、だって、領主さんにも話しちゃったし……」

「いや、俺は別に困らないぞ。そもそも、この街の住人じゃないし、この街を拠点に活動してたわけでもない」

「む、むむむ……!」

 確かに全てミズキの言うとおりであり、この街を救う義務は彼にはなかった。

 困ったように頬を膨らませてじっと恨めしそうにミズキを見るユースティアだが、ミズキは飄々としている。


「でもな、ユースティアが一緒に行くなら別にやってもいいぞ。あの島をなんとかするのをな」

 少なくとも誰か一人くらいは、この街のことを知る、この街を愛する人間が参加してほしいというのはミズキの想いである。


「あー、もうわかったってば! もともと行くつもりだったしね。ただちょっと自信を無くしてただけで……うん、大丈夫! 島に行くよ、行きます!」

 ミズキに乗せられていると気づいたユースティアは自分に言い聞かせるように大きな声で宣言していた。


「よし、それじゃまずは冒険者ギルドに行ってみるぞ」

「うんっ!」

 ここまでくるとユースティアも完全に切り替えており、気合の入り直した表情でその足は真っすぐ冒険者ギルドへと向かっていた。






 相変わらず人の気配の少ない街中を進んでいき、二人はすぐに冒険者ギルドへ到着する。


「それじゃ、入って話を聞くか……」

「うん」

 中に足を踏み入れると、ここも前と変わらずに活気がなかった。


「やっぱり人がいないな……。受付も今は空のようだ」

「どうしよっか……」

 人っ子一人いないとは、まさにこの状況であり、これでは話を聞くことはできない。


「……あのー」

「ん?」

 か細い声が聞こえた気がしてミズキが振り返るが、そこには誰もいない。


「こ、こっちです……」

 ミズキが振り返った方向とは反対の、視線を下げたところに声の主はいた。


「うお! こんな近くにいたのか……気づかなかった」

「あー、シルクちゃんだ! 可愛いなあ!」

 ミズキが驚いている横で、嬉しそうに顔を綻ばせたユースティアは声の主、シルクの頭を優しく撫でている。


 少年であるミズキよりもさらに小さいかわいらしい少女といった見た目だが、受付嬢の制服に身を包んだドワーフ族の女性。

 色素の薄い緑色の髪の毛は天然パーマで、ふわふわとしている。

 それを撫でているユースティアは気持ちがいいのかニコニコとしていた。


「ちょ、ちょっとユーちゃん、やめて下さい……! 私のほうが年上なんですからね?」

「えー、だめ……? あっ、でもシルクちゃんいるなら話が聞けるね。なんたってここの看板受付嬢なんだから!」

「なにか、御用でしたか? すみません、今はお給料があまり出せないので、出勤人数も減らしているんです……」

 困ったようにじたばたしているシルクだが、話を聞いてしょんぼりと肩を落としている。


 冒険者が来ないのであれば、受付嬢もいる必要がない。

 それゆえに、彼女は一人きりでここにいたようだ。


「なるほど、人手がいないところ悪いんだが、よければ海に浮かぶ島について情報がほしい」

 ミズキのその一言でシルクの表情が変わる。

 それまでおとなしく優しそうな雰囲気を持っていたシルクだったが、警戒するようにじっとミズキを見ている。


「――あの島の話を聞いて何をなさるんですか?」

 これまでギルドも、何人もの冒険者を島へと送り出していた。

 しかし、誰一人として帰って来ていない。

 そのことがシルクの表情を暗くさせていた。


「もちろん問題を解決してくる」

 隣にいるユースティアも大きく頷くが、ミズキの実力を知らないシルクは微妙な表情になっていた。

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