第51話


「なるほど……君たちの話を信じよう」

「ほ、本当ですか!?」

 しばらく考え込んでいたマクガイアの言葉を聞いて、ユースティアは喜んで思わず立ち上がる。


「ユースティア、きっとまだ話は続くから一旦座ろう」

 表情を変えないまま座っているミズキは視線をマクガイアに向けたまま、隣のユースティアへ冷静に声をかけた。


 事実、マクガイアはまだ続きがあると頷いている。

 ユースティアは早合点してしまったことを恥ずかしく思いながらちょこんと座り直した。


 するとマクガイアは静かに口を開いた。


「君たちが嘘を言っているようには見えない。だから、私個人は信じようと思う。しかし、残念ながら私一人が信じたところで状況が大きく変わることはない、と思う」

 何かしたいという気持ちがありながら彼らの望むように動いてあげられないことを悔やむ気持ちが伝わる声音だった。


 実際には領主であるマクガイアが強制的に命令を下せば、多くの人物が動くこととなる。

 しかし、物的かつ明白な証拠がない現状でそんなことをすれば、子どもが話をしただけで動く領主と軽く見られてしまう。


 ミズキたちの報告が正しければ問題はないが、万が一の可能性を考えるとおいそれとは動けなかった。


「ど、どういうことだろ? 私たちのことを信じてくれるのに状況が変わらない……?」

 そんなマクガイアの話を聞いて、ユースティアは混乱に拍車がかかっている。


「つまり、実際そんなことが起こっていて、今回の洞窟も改善している――ということに対して、俺たちの報告以外に確証がないってことだ」

 マクガイアに予想通りの反応をされて淡々と受け入れたミズキはそう話す。


 これまた実績のある冒険者の発言であれば、他の者たちも聞く耳を持ってくれるだろう。

 しかしながら、Fランクの冒険者の言葉には信憑性が伴っていないと判断されてしまうことが多い。


 このミズキの読みは正確であり、マクガイアはそれを聞いて頷いている。


「どう、すればいいのでしょうか……?」

 そこまで聞いてしょんぼりと落ち込んだユースティアは、マクガイアの信頼を得るための方法を尋ねた。


「――私の部下の中から調査部隊を出すつもりだ」

 冒険者ギルドは現在あてにすることができない。

 キマイラのような魔物が出る洞窟に行けるほどのランクではない数人の冒険者がたまにギルドに通うだけであるため、危険と言われている場所の調査に向かえる者はいなかった。


 となれば、領主が抱えている戦力を割いて、向かわせることにする――それがマクガイアの判断だった。


「なるほど、それで確認できれば冒険者ギルドにも情報を流せるということだな。うーん……」

 ここでミズキはなにか考えながらバッグに手を突っ込んでいる。


「だったら、これも信憑性の足しにしてくれ」

 ミズキが取り出したのは、帰り道で回収した魔物の素材の一つ。


「こ、これはまさか!?」

 マクガイアは思わず立ち上がるほどに驚いてしまう。


 テーブルに置かれたそれは、魔物の核である。

 しかも、サイズがかなり大きく、それはつまり強力な巨大な魔物の核であることを指していた。


「そう、俺たちが倒したキマイラの核だ。謎の男や獣人、それに魔法陣に関してはここで証明することはできない。ただ、俺がキマイラの核を持って帰ってきた。それだけは確実な事実だ」


 もちろん、洞窟以外で倒した場合や、どこかで購入した可能性も考えられる。


 しかし、ミズキのソレは傷がほとんどなく、それでいて強い魔物独特の雰囲気がにじみ出ている。

 人の手を渡ったものの場合、大抵細かい傷がたくさんついているが、これにはそれがなかった。

 一目見ただけで高ランクの魔物の核とわかる一品で、それを目の前にしてマクガイアは息をのんだ。


「持ってていいし、必要ならやるよ」

「こ、これは……いいのかね?」

 ミズキは何のためらいもなくマクガイアにキマイラの核を渡す。

 手にしたことでよりサイズ感を再認識したマクガイアは思わずミズキを見てしまう。


 このサイズで、これだけ綺麗となると、売ればかなりの金額になる。

 それをポンとマクガイアに譲ろうとしているミズキに、マクガイアの方が戸惑っていた。


「あぁ、別に他にも色々な素材を持っているからな。金もいらない。ただ、洞窟の状況を確認することができたら、一つ理解しておいてほしい――俺たちがいたから問題が解決された、ってな」

 それだけ言うと、もう話は終わりだとミズキは立ち上がる。


「そ、それはもちろんだが、君たちはこれからどうするんだ?」

 マクガイアにはまだ聞きたいことがあったが、ミズキが立ち去ろうとしているため、慌てて確認をする。


「この街の近隣の問題っていうのはあの洞窟だけじゃないんだろ? 他の場所の解決に向かう。次はどこだ?」

「うーん、そうだねえ。まずは南西の森かな……森には冒険者の人もよく行ってたし、街の人も行ってたから結構重要な場所だと思う。あとは……」

 そう答えたところで、ユースティアの表情が曇る。


「このへんで一番危険なのはやっぱり海の上に浮かんでいる島だね。あの島と、周辺の海に危険な魔物がたくさんいるって聞いたよ。船で近づこうとして、何隻も沈没したって……」

 その中には彼女の知り合いもいたため、そう話すユースティアは悲痛な面持ちだ。


「なるほどな。で、どうする?」

 ひとつ頷いたミズキは抽象的な質問をマクガイアに投げかける。


「……どう、とは?」

 それだけでは何の話をしているかわからなかったマクガイアは困ったように問いかける。


「洞窟、森、島の三か所に問題があった。その一つである洞窟は俺たちが解決して、あんたが調査部隊を派遣する。さて、残りは二か所。どうする?」

 状況を改めて整理して、再度質問を投げかける。


「もっとわかりやすく言おうか。俺はこの街の冒険者ではない。もちろんここの出身でもないし、知人が住んでいるわけでも、思い入れがあるわけでもない。そんな俺が洞窟の問題を片付けて、他の二か所のどちらに向かうか考えている……で、あんたは、いや街のやつらはどうするんだ?」


 部外者が解決するのを待つのか、それとも自分たちも動くつもりがあるのか、ミズキはそれを確認していた。


 前者であれば、邪魔がいなくて楽だと考えている。

 後者であれば、それが道理だとも思っている。


 どちらに転んでもミズキは動く――それだけは決定事項だった。


「う、うむむ……正直なところを言えば、街をあげて解決に向かいたい。しかし、戦力が足りないのも事実なのだ。街から冒険者はほとんどいなくなった。そして、私の持つ戦力も最低限で完全とはいえない状況だ」

 他所から来たミズキばかりに行動はさせられないが、その気持ちとは裏腹にマクガイアの表情はさえない。


 中には実家に帰った者や、魔物との戦いで命を失った者もいる。

 街の問題だとは言っても少人数で下手に動いてこれ以上の損失を出したくないという気持ちがマクガイアのはっきりしない態度に出ていた。


「洞窟の調査は頼むとして、森と島、どっちを解決してほしい?」

 解決できる前提にミズキが質問する。


 彼は強い力を込めた視線をマクガイアに向けている。

 ここで嘘や遠慮などを言うなよ? という念押しの意味が込められている。

 もし嘘をついたらユースティアが見破るだろうが、ミズキは領主としてのマクガイアの本当の気持ちが知りたかった。


「……島を頼む。森は……」

 もどかしい気持ちにぐっと拳を握りながら硬い表情のマクガイアはなんとかそれだけ絞り出す。

 我々がなんとかする、と続けたいが、そう簡単には言葉が出ない。


「あぁ、わかってる。まずは島を優先する。あんたたちは解決までいかなくても、森の魔物が街にやってこないようにだけ注意を払ってくれればいい」

 二か所が潰されれば、新たな動きをするかもしれないため、森への注意を任せておきたかった。

 ミズキはマクガイアの気持ちさえわかればあとは自分が動けばいいと思っていたため、覚悟を決めた彼の気持ちをしっかりと受け止めていた。

 ユースティアも領主であるマクガイアの気持ちが聞けて嬉しそうに何度も頷いて気合を入れていた。


「あぁ、もちろんだ」

 二人の頼もしい若い冒険者に背中を押されたマクガイアのこの返事には迷いがない。

 

 こうして、ミズキたちは領主のお墨付きがあるような状態で動き始めた――。











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