第50話


 衛兵は屋敷の玄関まで案内し、そこからは家付きの執事が担当を引き継ぐ。

清潔なスーツ姿で出てきた執事は若い人族の男で、口数は多くないが仕事をきっちりこなすタイプのようで淡々とミズキたちを案内した。


「それではこちらへどうぞ。旦那様は応接室でお待ちです」

 ミズキとユースティアは頷いて、執事のあとに続いていく。


 長い廊下を歩く中、ミズキが周囲を見回すが、家の中は掃除が行き届いており、チリ一つ見当たらない。

 屋敷全体は荘厳で静かな雰囲気ではあるが、暗くはなく、大きな窓からの光、花や装飾品によって穏やかさがあった。

 このあたりから、ミズキは領主の性格が表れているのではないかと予想していた。


「こちらでございます。旦那様、お連れしました」

『うむ、入ってもらえ』

 中から低い声音の返事があると、執事は扉をあけ、中へ入るように促して下がっていく。


「それじゃ、入るか」

 開いた扉を前に、ミズキは軽い調子で入っていく。


「……えっ、はやっ!」

 相手が知っている人物とはいえ、ユースティアは久しぶりの再会のため、ここまで来たところで緊張が出て来て、まさか心の準備の間もなく入室することに少し驚きながら身だしなみを確認しつつ落ち着きなく彼に続く。


「ようこそ。私がこの地方の領主を務めているマクガイアだ。まあかけてくれ」

 そこにいたのは、整えられた顎鬚を蓄えた男性だった。シックな色合いの貴族らしい服を身に着けている。

 髪などの毛の色は薄い赤で火属性であることがわかった。


 そんな彼は領主というだけあってガッチリした体格で貫禄があり、表情は穏やかな顔だが、目の奥ではミズキとユースティアのことを探っているのが伝わってきた。


「あ、あの、おじ様。お久しぶりです、ユースティアです!」

 言葉のとおり、彼と会うのは久しぶりであるため、ユースティアは緊張していた。

 焦りと緊張から声が大きくなってしまっていた。


「あぁ、久しぶりだね。今日はユースティア君に会えるとのことで、招き入れたんだが……なにか重要な話があるのだろう?」

 静かに頷いたマクガイアはそう言うと、チラリとミズキに視線を送る。


「俺は冒険者のミズキだ。この肩にいるのは相棒のアーク」

「ピー!」

 特に領主相手だからと気を遣うことなく淡々としたミズキは自分とアークの紹介を手早く済ませると、遠慮なくドカッと近くのソファに腰掛ける。


「……で、どうする?」

「えっ? どうするって……ミズキが説明してくれるんじゃ?」


 わたりをつけるのはユースティアの役目。説明するのはミズキの役目。

 彼女の中ではそういった役割分担をすでにしていたつもりだった。

 すでに自分の役割は終わっていると思っていたため、意外そうな表情できょとんとしている。


「あぁ、俺でいいのか。それじゃあ、一応先に言っておくが俺の冒険者ランクは一番下のFだ。よその街で活動していたが、今日この街にやってきた」


 ギルドマスターのシーリアの反応を見てからというもの、ミズキは自分のランクを正直に言うことにした。 

 それで、相手が話を聞く気にならなかったしたら、それまでだという考えだった。

 ただでさえ自分の髪や目の色を見てがっかりされることが多いため、ランクと合わせて二重でがっかりされるのは御免だったのだ。


 この街をなんとかしようという気持ちはなくはないが、それでも実際に住んでいる者たちの協力が得られなければそれも難しい。

 これはミズキがある意味で初めて会った領主の気概を確かめている発言でもあった。


「ふむ、なるほど。ランクが一番下なのには恐らく理由があるのだろう。君から感じられる魔力は相当なもののようだ。ランクだけでは実力は測れない」

 じっと探るようにミズキを見ていたマクガイアは緩く首を振ると静かにそう答えた。


 このマクガイアの言葉にミズキは意表を突かれる。隣にいるユースティアを見ると小さく笑顔で頷いている。

 ユースティアの嘘を見抜く力をもってしてマクガイアの発言が本心であると伝わり、この男なら信用してもいいと思わされていた。


「そうか、なら説明をしていこう。俺はこの街の近隣で色々な問題が起きていることを冒険者ギルドで聞いたんだ。で、今動ける冒険者がいないということなので、俺がなんとかしようと思ったんだが……まあ、Fランクということで……ギルドマスターからは相手にされなくてな」

 一瞬、ギルドマスターシーリアの対応について言うか言うまいか考えたが、事実であるため話すことにする。

 そのことでマクガイアの眉がピクリとわずかに動いたが、彼は黙ったまま話を聞いていた。


「で、仕方なく一人で動こうとしたところで彼女から協力したいと声をかけられたんだ。このあたりの地理に詳しくないから、彼女の協力はすごく助かった。それから二人でまず東の洞窟の調査に向かった」

 マクガイアがちらりとユースティアへ視線を向けると、ミズキの発言が合っていると、隣で彼女は何度か頷いている。


「洞窟の中はかなり魔素が濃かったな。普段の洞窟は……」

「あんなに濃くないね。うん、いつもはもっと綺麗な空気の場所だよ」

 ミズキの確認にユースティアが回答する。

 こうやってミズキが知らない普段の情報をユースティアが補完していく。


「でまあ、進んでいくと魔物にでくわした。キマイラが三体」

「っ――キマイラが三体!!?」

 ミズキの説明にそれまで静かに話を聞いていたマクガイアが驚いて立ち上がった。

 キマイラという魔物はこのあたりに出てくるような魔物ではなく、もっと魔素の濃い危険地帯にいるものである。


 それが現れたとあっては領主として黙っていられなかった。


「そいつらに関しては俺が撃退したんだが、次が出て来た……デカイゴーレムだ。キマイラもかなりでかかったが、それを遥かに上回るサイズだった」


 ミズキのこの説明に、マクガイアは腰を下ろす。

 驚いていないのではなく、ありえない事実に驚いて力が抜けていた。


「まあ、それもなんとかなったんだが、そこに獣人が現れてな。そいつが巨大ゴーレムを操っていた」

 話を聞いているのを確認したミズキは続けて口を開く。


 ここでマクガイアは息をのんだ――ついに黒幕が現れたのか、と。


「まあ、そいつも俺が倒したんだけど……問題はそのあとだった。背が高くて、キマイラくらいの背だったな。んでもって顔が白いやつが現れた。そんじょそこらの魔力ない、かなり強力なやつで、そいつが獣人を連れていった」


 ここまでの説明に要した時間はわずか数分程度である。


 しかし、マクガイアは頭の中でぐるぐると考え込んでいた。

 キマイラ、巨大ゴーレム、それを操っていた獣人、それを連れて行った謎の長身の白い男。


「で、まあ俺たちの本来の目的はそいつらを倒すことじゃなく、洞窟の状況を改善することだったから奥に向かって行った。そこにいくつかの魔法陣があった」

 ミズキがマクガイアの混乱をよそに話を進めていくため、マクガイアもなんとか頭を切り替えていく。


「一つは魔素を生み出す魔法陣。その周りには一定の魔素量が貯まったところで魔物を召喚する魔法陣だな」

「なんと!?」

 そんなものがあれば、洞窟の危険は増す一方である。

 しかも、入り口あたりまで魔素が充満していたともなると、かなり前から設置されていたことになる。


「恐らく、あいつらのどっちがやったんだとは思うが……とりあえず魔法陣は全部壊して、洞窟内の魔素は浄化させて、強そうな魔物たちは倒しておいた。これで報告は終わりだ」

 洞窟に関して、当面の問題は消えた――それがミズキからの報告だった……。

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