第47話


「にしても、この洞窟はなかなか雰囲気がいいな。魔素さえ濃くなければ……」


 ぼんやりと周囲を照らす苔、そしてあたりを流れる水。

 それらが幻想的な雰囲気を醸し出しており、ミズキは早くここの環境を元に戻して、完全に綺麗な光景を取り戻したいと思っていた。


「そうだねえ。前に来た時はすっごく綺麗だったよ……うぐっ」

 真剣な表情で魔力操作の練習をしているユースティアはミズキと会話をしようとするが、そのことによって気がそれて魔力の流れが乱れてしまう。


 彼女は魔力を少量ずつ循環する訓練を行いながら歩いていた。


 白い男の覇気も、全身に魔力を流して対抗していればあそこまでのダメージを受けることがなかったとミズキに説明を受けており、少しでも成長しようと歩きながらも訓練を欠かさない。


「難しいようだったら、最初は落ち着いた場所でやるといいんだけどな。でも、やりづらい環境だからこそいい訓練にもなるな」

 彼女の頑張りをミズキは認めており、応援しようとも思っていた。

 アークも歩きながらユースティアが倒れた時には力になろうと気にかけている様子だ。


「そう、なんだよ、ね。なかなか、難しい、けど……だいぶ、よくなった」

 話していると、そちらに意識を引っ張られてしまうが、ユースティアはそれでもなんとか魔力を途切れさせずに循環を続けている。


 最初に魔力操作の方法を教えて実践させた時から彼女の実力を感じ取っていたミズキは、これからの成長に期待できると柔らかく微笑む。


「ははっ、今回の件が全て片づいたら、かなり成長してそうだ……」

 ミズキは弟子の成長を見守る師匠のように、ユースティアの頑張りを温かく見守っていた。


 道中で魔物が出た時には、ミズキかアークが撃退する。

 そしてミズキたちは洞窟を奥へ奥へと進んでいき、ついに一番奥へと到着する。


「これが、今回の問題の種ということか……」

「なんでこんなものが……あぁ、あの人たちが」

 そこには巨大な魔法陣が設置してあり、それを囲むようにいくつかの召喚の魔法陣も同じように並べられている。


 ミズキは魔法陣が魔素を生み出しているのを見て、そして召喚によってキマイラなどが呼ばれたのだろうと推測している。

 また、厳しい表情をしているユースティアはこれを仕掛けたのはさっき会った白い男と虎獣人なのだろうと、こちらも自然な流れで推測していた。


「じゃあ、さっそく魔法陣を壊そ……きゃっ!」

 言いながらユースティアが近づいていくが、その肩をミズキに掴まれて後ろに引き戻された。


「な、なにするの!?」

「あれを見ろ」

 睨むように前方を見るミズキにつられるように前を見たユースティアは思わず息をのむ。

 今も魔法陣からは魔素がふきだしている。更にその周囲に目を向けると、魔素の影響からか、地面の色が黒く変色していた。


「あれはかなり危険だ。洞窟内に充満しているのは、拡散されたことで薄くなっているが、あの元のやつを吸い込んだら身体にも影響があるはずだ」

 それを見たユースティアはゴクリと息をのむ。


「しかも、これだけ大掛かりな魔法陣を組んでおいて、何もカウンターを用意していないはずがない……とりあえず、俺が様子を見るからユースティアは下がっていてくれ」

「わ、わかった」

 ミズキのことを心の中で師匠認定しているユースティアは彼の指示に従って、おとなしく下がっていく。


「それじゃ、まずは”水仮面”」

 手を顔のあたりを覆うように当てたミズキは水でできた仮面をあてることで、外部の空気を吸わずに済むように対応する。

 皮膚にも影響がないように、全身に水の膜を薄っすらと張っている。


「……すごい」

 さらりと魔法で対応をしていくミズキを見て、ユースティアは改めてそのすごさを感じる。


 決して派手な魔法ではないし、威力の高い魔法でもない。

 しかし細かいコントロールが必要な魔法であるため、制御がかなり難しい。


 魔力コントロールの訓練を始めたからこそ、ユースティアはこのすごさが理解できていた。


「んじゃ、まずはこっちのでかい魔法陣から壊していくか」

 なんてことないように支度を整えたミズキはしゃがんで一つ目の魔法陣の端に手を当てると、自らの魔力を流し込んでいく。


 黒い光を放っている魔方陣がミズキの魔力の青い色に侵食されていく。

 双方の魔力がぶつかりあっているため、バチバチと火花が見える。


「これくらいなら余裕だろ」

 幼い時からひたすらに研究と鍛錬を重ねたミズキに魔力量で対抗できるような者は世界にいるかどうかというほどであり、なにより既に設置されている魔法陣がそれだけの力を持っているはずがなく、あっという間に全て青になる。

 魔方陣がパンッと青で埋め尽くされた瞬間、周りの淀んだ空気が薄らいだように思えた。


「これで、この魔法陣の所有権は俺にあるわけで、それを破壊!」

 自分のものになった魔法陣を暴発させて破壊させるのは容易であり、ぱちんと指を鳴らしたミズキによって魔法陣は完全に形を崩されて崩壊していく。


「あ、あの、今のは?」

 何をやったのかわからないと、ユースティアが質問する。


「これは……そうだな」

 答えを教えるのは簡単だが、少しは考えてもらいたいと思ったため、もう一つの魔法陣の前に移動してから、ユースティアを手招きする。


「ストップ、そこで止まって。そこなら影響はないはずだから、そこで見ていてくれ」

 ミズキは薄い水の膜を張って、ユースティアへ影響が出ないようにする。


「今から、さっきやったのを再現する。ゆっくりやるから、ユースティアは何をやったのかを考えてみてくれ。ちなみに、俺の魔力は青い」

「う、うん。わかった!」

 ミズキの言葉を受けて、ユースティアは身を乗り出さんばかりの勢いで目を大きく見開いて魔法陣を注視していく。


「それじゃ、いくぞ。まずは……」

 黒い魔法陣に対して、ミズキは自らの魔力を流していく。


 すると、徐々に徐々に魔法陣の色が青くなっていく。

 先ほどよりもゆっくり行っているため、外から見てもその状態変化がよくわかる。

 違う魔力同士がぶつかりあうバチバチという音も先ほどよりわかりやすい。


「でもって、もっと強くしていくと……」

 ミズキが込めた力の総量に合わせて力強く進む青がだんだんと優勢になっていき、完全に魔法陣の色が青へと変わっていた。


「どうなったかわかるか?」

 ここでミズキがユースティアへと質問する。

 まるで実験を見せている教師のようでもあった。


「えっと、間違ってたらごめんだけど……」

 見当違いのことを言って、怒られたら、機嫌が悪くなったら、とユースティアは心配をしてしまう。


「はぁ……あのなあ、初めて見たんだぞ? しかも魔力操作を学んだのもさっきだ。もちろんわかるならそれがいいが、わからなくても俺が説明するだけだ。間違っていても気にしないでいいさ」

 ため息交じりにそっけないミズキの言葉だが、その中にある優しさを感じ取ったユースティアから浮かない表情を取っ払った。


「う、うん!」

 明るい表情に戻ったユースティアは、改めて今起こったことを頭の中で冷静に整理して、順を追っていく。

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