第46話
「にしても、あいつらは何者だったんだ……?」
ユースティアが少し落ち着きを見せて来たところで、ぐっと眉を寄せながらミズキは先ほどの虎獣人と白い男のことを考えていた。
水魔法についてなにか知っていることから、もしかしたら聖堂教会のメンバーなのではないかと予想はしている。
しかし、ここで何をしていたのかまではわからなかった。
「そう、だね、あんな強い魔力を持った人を見たのは初めてだよ……」
回復してきたにもかかわらず、ユースティアはうかない表情をしている。
「どうした? 気になることがあるなら言っていいぞ」
そう言われて、ユースティアは一度顔をあげる。が、すぐに下を向いた。
なにか言いたいことがあるが、それを口にするのは憚られる――そんな様子だった。
「……さっきの戦い」
「ん? あぁ、あの獣人か?」
小さくぽつりとつぶやいたユースティアにミズキが問いかけると、彼女は首を横に振る。
「じゃあ、あの白い男か?」
これまたユースティアは首を横に振った。
「それじゃあ……」
ゴーレムか、キマイラか、と話を続けようとしたが、いろんな感情が押し寄せて混乱と怒りをにじませたユースティアがガバっと顔を挙げたため、思わずミズキは言葉を止めた。
「っ、全部だよ! キマイラもゴーレムもあのおかしな人たちも、全員! なんで……」
「あ、あぁ、確かにこんな場所にいるのはおかしいな。この洞窟って恐らくはこんなに強い魔物はでないだろうから……」
「違います!」
ミズキが話を合わせようとしたが、じわりと涙を浮かべながらユースティアは強い口調でそれを遮る。
「なんでミズキはあんなすごい魔物たちと普通に、ううん……余裕で戦えるの? Fランクなんだよね? それなのに、おかしいよ!」
理解できない気持ちを持て余したユースティアは声を荒らげる。
出会った時からミズキからは言葉にできない強さを感じ取ってはいた。
しかし、それは経験の浅い自分よりは強いはずというもので、これほどに桁違いの実力を持っているとは思ってもみなかった。
「あー、まあな……ふう、確かにそう感じるか。俺はさ、本当にFランクなんだよ。でもまあ、そこには色々と事情があってな……実は」
彼女の前では嘘はつけないのだと思い出したミズキは困ったように軽く笑いながらため息交じりにどう説明すれば彼女に伝わるか考えた。
先ほどの戦いでユースティアもあの男たちに面が割れているため、情報をある程度共有しておいたほうがいいだろうと、ミズキは以前にあった聖堂教会のメンバーとの揉め事について説明することにした。
「――そ、そんなことが……」
一通り話を聞いたユースティアは絶句したように口元を押さえながら呆然とする。
聖堂教会とは名前のとおり、聖なる経典のもとに集まった者たちの組織のことである。
そこに魔族がいたなどということは、ありえない、許されないことである。
「まあ、そんなわけで俺のランクは上がらずじまい。でもって、あの街でそのまま活動するわけにもいかないから、反対側にあるこの海辺の街に来てみたんだよ。せっかく立ち寄った街に問題が起きてるみたいだから首を突っ込んでみようって思ってな」
これらの説明を聞いて、ユースティアは自分の想い違いに項垂れてしまう。
「じゃあ、もともと私なんかの力なんて必要なかったってことなんだね。少しでも街を救う助けになればと思ってたんだけど……」
独りよがりの考えだったことにユースティアは肩を落としている。
「……そうだな」
「……っ」
そんな彼女に対してミズキが選んだ言葉がこれであり、それはユースティアをさらに落ち込ませることになる。
ユースティアは悔しさと悲しさからぐっと唇をかみしめた。
「基本的に俺はそれなり以上に強い。それと相棒のアークもグリフォンな上に、俺と一緒に修行してたからかなり強い」
顔を下げたままのユースティアに構わず、淡々とミズキは事実を列挙していく。
自分から首を突っ込んだが、これ以上ミズキの話を聞きたくない気持ちも沸いてくるのを感じながらユースティアは潤む目をぬぐうこともせず、ただ静かに話を聞いていた。
「――だけどだ」
話はこれで終わらない。まだ続くと、彼は口を開く。
「俺はこのあたりの地理に詳しくない。現地の冒険者の協力を得たいと思っていた。だが、この街で活動している冒険者はいないと思っていたんだ。そこに現れたのが勇気ある女性冒険者だった」
そう言ってミズキは優しい眼差しでユースティアを見る。
顔を上げた彼女もハッとしたように目を見開いてミズキのことを見ていた。
「……私のこと?」
その問いかけにミズキは優しく頷く。
「それなりに大きな街で、恐らく冒険者も多くいたはずだ。もちろん、俺が来る前になんとかしようと動いていたやつらもいただろう。その中で命を失ったやつもいるはずだ。そんなことが身近に起きればどんどん心が折れていくのも、よそに出て行くのも当然だと思う」
これまで、そんな冒険者を見てきたことを思い出したユースティアは涙目になりながら頷いている。
「それでも、ユースティアは残っただろ? しかも、俺みたいな得体のしれないやつに声をかえて一緒に動こうとしている。さっきの戦いについていけないと思うのはわかる。だけど、それは現在のユースティアであって、成長したユースティアもそうだとは限らないはずだ」
ふっと優しい笑みを浮かべたミズキはユースティアが持つ可能性を感じ取っていた。
「わ、私にもできるってこと……?」
ミズキと同じように戦えるのか? と彼女は一縷の望みにすがっている。
「同じようにかはわからないが、ユースティアの戦い方というのができるはずだ。ここに来るまでの道中で、魔力操作の練習をしただろ? あれだってその一環だ。俺はあれをもっとずっと小さい頃からやってる。ちなみに、今こうやって話している間も身体の中を魔力が駆け巡ってるんだ」
そういってトントンとミズキは自分の身体を軽くたたく。
常在戦場、いつどんな敵が現れるかわからない。そして、いつ安全に練習できるかもわからない。
だからこそ、常に対応できるようにミズキは準備をしていた。
「す、すごい……でも、私も強く、なれるかもしれない?」
感動と期待を胸にしたユースティアのこの問いかけには、ミズキは自信を持って頷く。
「俺はできないやつにやり方を教えようとは思わない。それに、ユースティアの属性は風だろ。俺より適任の師匠がいるから、本気で強くなるつもりだったらあとで紹介してやってもいいぞ」
「お願いします!」
ミズキの提案に間髪入れず、ユースティアは頭を深々と下げながら願う。
「いや、ここからかなり遠い場所に行くことになるが……いいのか?」
「もちろん!」
今度もユースティアは即答する。
新しい自分の目標を目の前にして、ユースティアはこれまで以上のやる気を出していた。
「ははっ、気合が入ってていいな。わかったよ、それじゃこの街での問題を解決したら行くとしよう。まずは、奥に進みたいと思うが……いいか?」
「うん!」
先ほどまでの元気のないユースティアはどこかに消え、涙をごしごしと乱暴に拭って気合の入った表情になった彼女は率先して先頭を歩き始めていった……。
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