第45話


「それで? あんたは強いんだったか?」

 あっけなく吹き飛ばされた男を目を細めて見ながらミズキがあえて挑発するようなことを口にする。


「ぐ、ぐぬぬ……」

 痛みに顔をゆがめた虎獣人の男は腹を抑えながらなんとか立ち上がろうとしていた。


「”水刃”」

 そんな男に向かって、容赦なくミズキは水の刃を撃ちだす。

 日本刀をイメージしており、それに足るほど研ぎ澄まされているため、かなりの切れ味を持っている。


「ぬおおおお! ゴーレム!」

 それを瞬時に見抜いた虎獣人の男は、慌ててゴーレムに腕で防がせようと命令を下す。


 なんとか魔法が到達するまでに巨大ゴーレムの太い腕が虎獣人の男の前に振り下ろされ、間に合った。


「甘いな」

「ぎゃあああああああああ!」

 が、その腕はあっさりと水刃によって切られ、勢いを殺せなかったそれはその後ろにいた虎獣人の男の腕すらも断ち切っていた。


「そんな石のゴーレムごときで俺の魔法を防げるわけがないだろ?」

「ぐぅ……く、くそっ! き、貴様は一体何者なんだああ……!」

 血をぼたぼたと流す虎獣人の男の悔し気な咆哮は、洞窟中に響き渡る。


「……いや、何者って言われても、さっきも言ったがよそから来たFランク冒険者だ。名前はミズキ。それ以上でもそれ以下でもない」

 冷たい目でそれだけを言うとミズキは口を閉じる。

 それ以上だったが、あえてそれを男に説明する義理はないと思っていた。


「ば、馬鹿しやがって……!」

 本当のことを全て言ってないのはわかりきったことであり、冷たい笑顔のミズキに対して虎獣人の男は強い苛立ちを覚えていた。


「こうなったら、奥の手を……がはっ」

 何かをしようとしたため、ミズキは構えたが、なぜか男は急に意識を失って倒れてしまう。


「やれやれ、こんなところでそんなことをしてもらっては困りますよ」

 虎獣人の男が倒れたと思った次の瞬間、涼し気な声が洞窟に響く。


 それはいつの間にかいた。

 少なくともミズキの魔力感知にはひっかかっていない。視界でもとられていない。


 それはアークも同じだったようで、驚いた顔で警戒している。


「あー、あなたたち。今日はこの人の腕一本で勘弁してあげて下さい。彼は連れて帰りますから、見逃してくれるとありがたいです……特にそこの君、すごく強そうですね」


 丁寧な口調のその人物は、虎獣人の男よりも更に細身で、身長も更にたかく三メートルに近いくらいに高い。

 青白く、人ではなさそうな、まるで死人のような男。

 目も細く、開いているのか閉じているのか判別がつかない。表情も薄いが、軽く笑っているように見える。


「いーや、そんな俺に気づかれることなく急に現れたあんたのほうが強いんじゃないかな」

 青白い男が現れてから、先ほどまでの余裕はなくなり、相手から感じる気配にミズキはずっと警戒態勢をとっている。


 迫力だけであれば虎獣人の男のほうが圧倒的だったが、底の見えなさ具合では青白い男のほうが群を抜いていると思ったのだ。


「はっはっは、まさかそんなそんな。それほどのことも……あるかもしれませんねえ。でも、今は彼を連れて帰るのを優先したいと思います。あなたはまだ若いようだ。だから、もっと強くなって下さい。そして、私にとっての脅威になるのを楽しみにしていますよ」

 自分よりもずっと重そうな獣人の男を軽々と担ぎ上げながら言うが、明らかにミズキのことを格下に見た発言だった。


「それはそれは、期待してくれているようで嬉しいよ。まあ、次があればだけどな。”水竜”」


 即座に発動できるミズキの使える強力な魔法。

 それは壁際を流れている水を利用しているため、素早く生み出すことができる。


「ほうほうほう、それはなかなか面白い、痺れますねえ」

「いけ!」

 青白い男は軽薄な笑いを浮かべてミズキの魔法を見ていた。そんな男めがけて水竜が大きな口を開けて向かって行く。


 大きく開けた鋭い顎がそのまま青白い男を飲み込もうとする。


「ふふっ、これはこれは面白いですが、私には効きませんよ」

 その瞬間、男は何のモーションも取らずに分厚い土の壁を作り出すと、ミズキの魔法を防ぐ。


 土壁の中には、地面の中にある金属や石が含まれており、水竜を防ぐだけの力をもっていた。


「やるじゃないか」

 ミズキは自分の魔法が防がれるという、こちらの世界に来てから初めての経験に高揚感を覚え、ニヤリと笑う。


「あなたこそなかなか面白いですね。見たことのない魔法、しかも属性は水……恐らくあなたはこの世界における特別な存在なのかもしれませんねえ。私が本気でお相手をしてもいいのですが……」

 そう言いながら白い男はそれまで空いているかわからなかった細い目をぐわっと大きく開いてニタリと笑う。


 同時に、強い魔力を伴った覇気が周囲にまき散らされる。


「はっ、それがお前の本当の顔ってところか」

 びりびりと感じられる覇気を意にも介さず、ミズキはそんな男の力を面白いとすら思っていた。


「これくらいはまだまだ入り口といったところですけどねえ。そんなことよりも、お友達が辛そうですけど大丈夫ですか?」

「!?」

 からかうようにそう言われて、ミズキは慌てて視線をユースティアに向ける。


「ぐっ、こ、こんなの、初めてだよ……きついね……!」

 そこには胸のあたりを抑えながら苦しそうにうずくまっている彼女の姿があった。

 アークがとっさに駆け付けるが、それでも直接覇気を浴びてしまったユースティアは耐えられないようだ。


「私は彼を連れて行きます。あなたはお友達を心配するといい。それでは!」

 視線を逸らした一瞬のうちに青白い男は虎獣人を連れて姿を消していた。


 最後に聞こえた声は遠く、既にかなりの距離をとっていることを表しており、青白い男にしてやられた形となった。


「ふう、まあいいか。それより……ユースティア大丈夫か?」

 ミズキが慌てて彼女にかけよると、ユースティアはなんとか右手を挙げて大丈夫だと応える。


「ふうふう、だ、大丈夫だけど、少し、休ませてほしいかな……」

「わかった。”水壁”」

 相手の覇気に当てられたユースティアの顔色は悪く、このままの態勢でいるのが辛そうだった。

 ゆえに、ミズキは水で作られた壁を作り出して清浄な空間を作り出す。


「あっ、柔らかくて気持ちいい。それにひんやりしてていいね……」

 呼吸がしやすくなるのを感じたユースティアは目を閉じたまま水壁のクッションに身を預けていく。


「具合が悪くなったとしても、あれだけの覇気を受けて気絶しないのはさすがだな」

 気遣う様にミズキがそう声をかけるが、ぐったりしているユースティアは口元に少し笑顔を浮かべるだけで、力ない笑顔のまま、しばらくの間休憩することにした……。

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