第44話


「どうするんだ?」

 まだ戦うのか? ミズキはじっと魔物の目を見て、その意思をあえてキマイラに確認する。


「ガ、ガルル……」

「ガル……」

 ミズキの圧倒的までの存在感に打ちのめされた二体ともが気弱そうな鳴き声を出しており、半歩ずつ、じりじりと後ろに下がっていく。


 心の中をミズキに対する恐怖心が支配しており、これ以上戦いたくないとすら感じていた。


「ガアアア……!」

「ガ、ガウウ……」

 しかし、次の瞬間キマイラたちの頭が簡単に吹き飛ばされる。


「おいおい、こいつはデカイのが来たもんだな」

 ゆらりと身体を動かしながらそこに現れたのは巨大なゴーレム。

 頭が天井につくほどの身長で、先ほどのキマイラたちよりも大きい。


 このゴーレムは手にした剣で乱暴に腕を振り払い、キマイラたちの首をはねていたようだ。


「ゴーレムって明確な意識はなくて、決められた行動を続けると言われているよな……」

 しかし、先ほどの行動に関しては、おじけづいたキマイラたちを処分しようとしていた。


 本来、魔法によってつくられるゴーレムの行動設定は難しく、細かい内容までは指定できない。

 例えば侵入者を排除、という命令ならシンプルであるため、行使することができる。


 しかし、魔物がおじけづいた場合にはその首をはねろという命令は難しい。

 おじけづいたかどうかの判断をするよう命令に組み込む必要があるためだった。


「……つまり?」

 離れた場所でユースティアが首を傾げている。


 指定できない命令をゴーレムがこなしているのであれば、その命令は実は設定できるのではないか? というのがユースティアの考えである。


「つまり、命令をしている誰かが近くにいるんじゃないか、ということだ! ”水弾丸”」

 何かを考えるような表情をしていたミズキは言葉を最後まで口にしたのと同時に、水魔法を発動する。


 水によって作られた弾丸は、誰もいないはずの壁に向かって飛んでいく。


「――ちっ、見つかったか」

 水の弾丸は何もないはずの空間で何かに当たったようにぱしゃりと弾けて水が滴る。

 そこに魔道具で身体を隠していた『誰かが』がいるのを完全に暴くこととなる。


「そうだなあ、最近は滅多に侵入者が来ることはない。しかし、その久しぶりのやつらが来たから様子を見に行こう――そんなとこだろ?」

 ミズキはその誰かの行動をも透けて見えていると、ニヤリと笑う。


「貴様、何者だ? 近くの街にお前ほどの実力のある冒険者はいなかったはずだぞ」

 隠れていた何かは姿を隠したままミズキへと近づいてくるのが声からわかる。

 低く響くその声は男のようで、その人物は指摘に怒るでもなく、反対に質問を返す。


 次第に一歩一歩と近づいてきて、相手の姿が露わになる。


 虎の獣人であり、細身の男性だった。

 身長はおよそで180センチそこそこでマントを羽織った長身であり、その手には何やら魔石の塊が持たれていた。


 魔物の心臓となるのが魔核。魔石は自然界に存在する魔力を多量に含有した鉱石のことである。


「俺はよそから来た冒険者だ。ランクは低いが、まあなかなかやるだろ」

「あぁ、かなりの実力だ。しかもそれが忌むべき水魔法の使い手とはな……なぜお前のようなやつがいる?」

 この場合、なぜと聞かれれば洞窟の様子がおかしいから調査に来たと答えるのが正解だが、虎獣人が聞きたいのは恐らく違う意味を持っているのだと言葉から感じ取れた。


 それを聞いてミズキはニヤリと笑う。


「――あんた……色々知ってるみたいだな。もしかして、教会の一味か?」

「っ……!?」

 鋭いミズキの指摘に、なぜだという様に虎獣人が目を見開き、アークの後ろに隠れながら話を聞いていたユースティアは首を傾げている。


「その反応、やはりそうか。どうやら聖堂教会のやつらは何か秘密を抱えているらしい……まあ、大体知ってるけどな」

 虎獣人の反応にやれやれと肩をすくめたミズキは驚きもせずにため息交じりに呟く。


 そのあたりは以前セグレスと戦った時や、グローリエルと話し合った内容に含まれていたからだ。


『聖堂教会には魔族がいる』


 だが、それがどこまで食い込んでいるのか。

 聖堂教会全体が果たして悪なのか。

 そこまで確信を持てていないためのカマかけをミズキは行っている。


「ふん、知っているならば俺が口にすることでもないな」

 しかし、虎獣人はどうやらミズキがなにか企んでいると察して、自分から情報を出さないように口を閉じた。


「おー、そこでポロっと零さないのはあのバカとは違うところだな。さて、おしゃべりはこのへんにして……やるか?」

 感心したようにふっと笑ったミズキが挑発するようにボクシングのファイティングポーズをとると、硬い表情の虎獣人もゆっくりと距離を詰めてくる。


「悪いが、俺は強いぞ……いけ!」

 そう言った虎獣人が魔石を強く握りしめると、それまでおとなしくしていた巨大ゴーレムが突如ミズキに向かって動き出す。


「おぉ、やっぱり近くにいるとそうやって命令が出せるんだな。それはなかなか便利だ」

「余裕ぶっているところ悪いが、こっちは俺もいる。せやあああ!」

 前方からゴーレムが手にしている剣を振り下ろし、側方からは虎獣人が体術を使って拳を繰り出している。


 虎獣人の男は地面をしっかりと踏み込み、身体を回転させ、肩からひねりを加えることで回転の力を拳に伝えている。

 さらに、その拳には手甲が装備されており魔力が込められていた。


「それは、なかなかすごいな」

 魔法ではなく、魔力をここまで上手く使っている相手にあったのは家族以外では初めてのことであり、それなりに戦えそうな相手を目の前にミズキは思わず笑顔になってしまう。


「なにを、笑っているかあ!」

「それはこれが理由だ! ”水拳”」

 戦闘を楽しむ余裕を見せながらミズキはその拳に自分の拳を合わせていく。

 手甲はないが、それに関しては水魔法で覆うことで対応している。


 そして、魔力で身体強化を行うのは小さい頃からやっているため、ユースティアがやるものよりも効率も効果も段違いで、それはかなり年季が入っていた。


「やああああ!」

「うおおおおお!」

 ミズキと虎獣人の拳がぶつかり、余波で空気が揺れる。


 その間にも巨大ゴーレムの剣がミズキに振りかかろうとしている。

 それをわかっているため、虎獣人もどこか余裕を持っていた。


「ピイイイイ!!」

 しかし、その剣の腹をキッと強くにらむアークが勢いよく蹴り飛ばす。


「な、なに!?」

「気がそれたな。”水拳”」

 ユースティアを守るためだけにいると思っていたアークが突然動き出したことに虎獣人は一瞬意識をとられる。


 その隙をついてミズキが繰り出したのは拮抗している拳ではなく、反対の左による拳。

 ミズキは左利きであるため、こちらのほうが威力が高い。


「うごおおおおおお!」

 その拳は見事に虎獣人の腹のあたりにめり込んで、そのまま吹き飛ばし、洞窟の壁に衝突させた。

 指示を失ったゴーレムは沈黙を保っている。


「言ってなかったが、こっちも一人じゃないんだよ」

 戦いに割り込んできたグリフォンであるアークは魔物の中でもかなり強い種であり、ミズキたちに鍛えられているため、同種と比較しても何段階も上の実力を持っている。


「ピピー!」

 これくらいはね、とアークも得意げな表情になっていた。

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