第43話
洞窟の中は広々とした通路が広がっていた。いたるところに水が流れている。
湿り気を帯びた石でできており、自生するコケがぽつぽつと淡い光を放っていた。
話を聞いていた通り、ところどころ草や花も生えており、最近人の出入りが少ないためかそれらは自然のまま伸び放題しているように見える。
「ほんっとうにごめんなさい……!」
静かに足音が響く洞窟を歩きながら、もう何度目かの謝罪を涙交じりのユースティアが口にする。
先ほどの失敗を生かして今度は魔力操作に十分に気を付けているため、先ほどまでのようにすぐに倒れることはないだろう。
「ピー」
これまた何度目かの、気にしていないというアークの返事。
「もうそろそろいいだろ。それよりも、洞窟内の魔素がだいぶ濃いのに気づいたか?」
その流れを断ち切るようにミズキが神妙な面持ちで質問すると、彼女も真剣な表情で頷く。
「問題が起こる前は、もっと澄んだ空気の綺麗な場所だったんだけど……」
その頃とは明らかに様子が違い、状況がおかしくなってから一度来た時よりも更に悪化しているため、ユースティアは困惑といった表情になっている。
「なるほどな……ちっ、これだと俺の魔法でも奥を探るのは難しいな」
水分の多い洞窟は水魔法を得意とするミズキにとって普通の場所より有利に行動できるかと思っていたが、魔素が濃すぎてそれが阻害されていた。
そのせいで水覚でこの先の状況を探ることができないことに苛立ちを見せた。
「すごい便利な魔法を持ってるね。いいなあ……」
私もそんな風に、と続けようとしたが、ミズキが肩に手を置いて制止してきたため、彼女の動きと同時に言葉も止まった。
「……な、なに?」
「魔物のお出ましだ」
小さな声で問いかけるユースティアに、表情を変えず端的にミズキは答える。
彼の視線の先、洞窟の奥から数体の魔物がゆっくりと姿を現してくる。
淡い光を放つコケのおかげである程度の状況把握はできるが、それでも中は薄暗い。
濃い魔素に覆われているせいでミズキが得意とする水覚もうまく働かない。
そのため十メートルほどの距離に近づくまで魔物の存在を確認することができなかった。
「あれは……キマイラ!? なんでこんな場所に!」
ここにいるはずのないランクの魔物を目の前にユースティアは驚きと恐怖を感じていた。
キマイラはライオンの頭に、ヤギの頭と身体、そして尻尾が毒蛇という魔物。
力が強く、毒や炎のブレスを吐き、魔素が特別濃い遥か東の森などにいると言われている。
通常の冒険者が束になっても敵わず、それこそ最上位のSランクやAランクの冒険者でなければ一対一で戦うのは難しい――それどころか命を捨てる無謀の挑戦そのものである。
「しかも三体も同時にいるのは笑えてくるな」
強敵を目の前に言葉のとおり、ミズキはニヤリと笑っている。
ゲームや物語の中でしか見たことのない有名な魔物と対峙しているのが楽しくなっていた。
「いや、笑えないって、笑えないよ! ど、どうしよう、今から逃げてもダメかな? 絶対こっちに気づいているよね? どどど、どうしよう!」
強い魔物がいるという話は聞いていたものの、ここまで凶悪な魔物がいることを想定しておらず、ユースティアは混乱しきっていた。
「はあ、あんまり慌てるなって。なにもユースティアに戦えとは言ってない。ここは俺に任せておけ。アークは万が一を考えてユースティアの護衛を頼んだ」
「ピー!」
指示を出すと、ミズキは歩を進めてキマイラたちに近づいていく。
改めて対面するとわかってくるが、キマイラの身体は通常のライオンやヤギよりもはるかに大きく、ミズキが見上げるほどの身長だった。
「ミ、ミズキ……!」
ユースティアが思わず声を出すが、それはアークに止められる。
他に誰かがいるというのがキマイラの意識に強く刻まれれば、こちらまで攻撃の手が回るかもしれない――それをミズキは望んでいない。
「うぅ、ごめんなさい……」
アークが首を横に振ったため、ユースティアは素直に謝罪をして視線をミズキへと戻していく。
「ガルルルル……!」
自分たちのテリトリーに入ってきたミズキに対して、低くうなりながらキマイラたちが牙をむく。
「こうやってみると、なかなか迫力のある魔物だな」
「フシュウウウ!」
ミズキが興味深そうに見ていると、一体が毒液をミズキに向かって吐き出した。
「”水壁”」
しかし、それは厚い水の壁によって防がれる。
弾き飛ばされた毒液は洞窟脇の壁に当たるとじゅわっと音を立てて流れ落ちた。
「いやあ、この洞窟は魔素が濃いからこうやって魔法を使うのには向いてるなあ。しかも、海に繋がっているみたいだから、水も豊富」
ミズキは自分の魔法がいつもよりも強く、発動もスムーズであることに気分を良くしていた。
水が多いこの環境は、水属性のミズキにとってはうってつけの場所だった。
「ガアアアア!」
続いて二体が炎ブレスをミズキへと吹きつける。
「”水柱”」
手を伸ばし、今度は二本の水柱をブレスの進行方向へと作り出す。
ブレスは両断されながらもミズキへと向かって行く。
かと思われたが、そこには既にミズキの姿はなかった。
「それは、目くらましだ」
水柱で相手の視界を一瞬塞ぎ、さらに炎で蒸発することで水蒸気を生み出していた。
「”血爆”」
ミズキは毒液を吹き出したキマイラの隣におり、その背中に手をあてて魔法を発動させる。
しかし、何も起こらない。
「ガ、ガル?」
キマイラたちはこの時点でミズキの防御魔法や動きを見て、油断ならない相手だと判断していた。
にもかかわらず、攻撃ではなにも起こらないというお粗末な魔法に首をひねっていた。
「ははっ、それはそういう反応にもなるわな。だが、その魔法は……動く!」
「ウガ!?」
次の瞬間、キマイラの動きが固まった。
この血爆という魔法は、触れた相手の血を暴発させて血管を破るというものだったが、一瞬触れただけではさすがに身体全体に魔力を流すのは難しく、一部の結果にだけダメージを与えるだけだ。
しかし、ミズキは爆発のタイミングを遅らせることで、魔法自体を触れた場所とは別の……。
「それこそ心臓とかまでな……爆破!」
急所となるような場所まで移動させて、そこで爆発させた。
外から見れば、キマイラはなんの傷も負っていないように思える。
「ガ、ガガ……」
しかし、どくんとキマイラの心臓が潰れ、大きく開いた口からごぼりと血を流すとそのままこと切れ、ドサリと倒れた。
「――さて、どうする? 強力なブレスがどちらも防がれ、更に奇妙な得体の知れない攻撃をしてくる子どもを相手にまだやるつもりか?」
あっという間に一体倒され、動揺する二体のキマイラにミズキは好戦的に問いかける。
キマイラはこれまで自分たちとまともに戦える冒険者がいた記憶がなく、小さな子供であるミズキなど敵に値しないとなめてかかっていた。
しかし、今は立場が完全に逆転しており、この場を支配しているのはミズキだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます